外資系企業で培った経営視点。殻を破る動力源になることを期待され、シナネンHDへ
社会人になって以来、私はずっと外資系企業で財務・経理の道を歩んできました。外資系を選んだのは、年功序列が根強く残る日本企業の組織のあり方が、自分の性格とは合わないと考えたからです。
最初に入社したのは保険会社でした。監査も含め、財務経理関係の仕事はひと通り経験した後、ヘッドハンティングされてエンターテイメント複合企業に転職。財務とマーケティングのCFOとして5年勤めた後、ゲーム企業を経て、資源開発を手掛ける企業へ。そこでは最終的に副社長を務めました。
実際、外資系企業では、自分の裁量でどんどん仕事を進められるし、成果を上げれば年次や年齢も関係なく役職が与えられるので、とても働きがいがありました。また、若いうちにニューヨークで3年ほど勤務する経験に恵まれ、異なる文化や仕事の進め方に触れられたのも有意義でしたね。
実は資源開発企業に勤めていたころは、60歳になったらリタイアするつもりでいました。ところが、60歳を目前に控えたクリスマスイブに、シナネンHDの前社長で、大学の先輩でもあった﨑村さんに突然呼び出されたんです。家族からは「イブにどこ行くの?」と怪しまれながら(笑)、会社に出向いたところ、「社外取締役を頼みたい」と。
オファーを受けるかどうか、正直なところ、とても迷いました。退職後は家族との旅行や時間を約束していたことと、自分のやりたいことがあったためです。
でもその反面、外から見てきた日本企業の経営と実際の経営のギャップを体験できることと、新しいことへの挑戦には興味を惹かれました。また、シナネンHDは、当時日本に導入されたばかりの監査等委員会設置会社だったため、そこでは意思決定や業務執行がどのように行われるのか、という点にも興味がありました。
そして、信頼できる先輩からの依頼だったことが何より嬉しく、「この人の下でなら」という想いが、最終的には背中を押しました。ただ、入社にあたって、ひとつだけ条件を出させてもらったんです。「自分の意見は忖度なく言わせてほしい」と。私は、自分の意見は必ず言う性分ですし、所属してきた外資系企業でもそれが当たり前だったからです。すると、「そういう人材を求めているからこそ、お前に声をかけたんだ」と﨑村さん。オファーを断る理由はもうありませんでした。
風土改革なくして未来なし。社員一人ひとりの成長・自律を目指す草の根活動
社外取締役となって最初に感じたのは、良くも悪くも、想像していたとおりの日本企業らしい風土だということ。うまく機能している部分はある一方で、上意下達の文化があり、若い社員が声をあげたり、新しいチャレンジを促したりする仕組みがありませんでした。「意見は好きに言わせてもらう」という約束でしたから、就任後は取締役会や当時の役員に対して、忖度せずに意見や提案を伝えました。
しかし、自分の性格上、ただ話すだけでは飽き足らない。社外取締役という立場上、自ら手を動かせないことに歯がゆさを感じるようになっていったんです。そこで、「執行側に回りたい」と直談判し、副社長に就任させていただきました。
﨑村さんから「次期社長を任せたい」という話があったのは、副社長になって間もなくでした。もちろん驚きました。社外取締役のオファーの時と同じで、突然でしたから(笑)。ですが、この会社のこれからを担う若い社員たちの成長の場を作り、その姿を見届けたいという気持ちから、任を引き受けることにしました。
社長に就任して真っ先に取りかかったのが「風土改革」です。年齢や職位、バックボーンを問わず、誰もが自由に発言できて、新しいアイデアが生まれやすい。そんな風通しのいい組織を作ることが急務だと考えたからです。
そのためには、従業員一人ひとりの意識を変える必要がありました。社員全員が主体性を持ち、自分のマーケットバリューを意識しながら、「どういう人間でありたいか」「どう成長をしていきたいか」を考え、行動していかなくてはならない。
全国の事業会社・拠点を回りながら、社員たちと直接対話する機会を設け、改革は会社のためではなく、自分自身の成長に関わることであり、自分事として捉えてほしいと訴えかけてきました。
始めた当初は、会社への不平不満も少なくありませんでした。それでも、2年以上続けるうちに、少しずつ建設的な意見も聞かれるようになりました。各事業会社の風土改革をけん引する「変革リーダー」を筆頭に、風土改革を広めようとする有志の「サポーター」「フォロワー」になってくれる社員の数も年々増えてきています。小規模な会社の例ですが、中には社員全員がサポーターとなった、理想ともいえる会社もあるほどです。風土改革の取り組みが、着実に前進していると実感しています。
個人の成長を後押しする取り組みを推進。社内風土が変わりつつある
風土改革を進めるうえでは、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の視点も欠かせません。性別や年齢、社歴や中途/プロパーに関係なく、やる気のある人を積極的に登用することにしています。たとえば、新規事業としてシェアオフィスを始めた際は、若手の女性社員ふたりを責任者に抜擢しました。
中途採用も積極的に行っています。持株会社であるシナネンHDでは、部長やチーム長といったマネジメント職も含め、全事業会社を引っ張っていけるようなスペシャリストを外部から招き入れ、主要なポジションに配置しています。
加えて、人材の教育にも力を入れています。社外取締役の頃から研修に参加し、新卒メンバーを育成する現場を継続して見てきた中で、研修制度に物足りなさを感じていたんです。そこで、2022年8月現在は、当時の4倍ほどの予算を使って研修を充実させています。社員一人ひとりのマーケットバリューの総和こそが、企業価値。人材の教育には、どれだけ注力してもしすぎることはないと思っています。
各事業会社同士の連携強化にも取り組んでいます。持株会社制に移行したことで希薄になりがちだった事業会社間の横のつながりを強化するため、2021年に「グループ連携推進室」を新設。2022年には「成長戦略部」へと改組し、グループシナジーを生かした事業展開も検討しています。
企業として90年以上の歴史があるので、簡単には変わらない部分もありますが、少しずつ手応えを感じています。たとえば、会議では、若い社員の発言が目立つようになってきました。以前は、誰かが一方的に情報を伝達するだけだったのが、「ディスカッションの場」になっていると感じます。
また、風土改革の一環として、私のことを「社長」と呼ばないようにしてもらっているんです。役職名で呼ぶと、それだけで垣根ができてしまいます。メールでも、社内ですれ違っても、今ではHDのほとんどの社員が私のことを「山﨑さん」と呼んでくれます。風通しのいいフラットな風土を作るため、こうした何気ない日常のやり取りを変えていくことも大切にしています。
社員と企業が共に価値を高め合い、成長していけるような組織作りを
2022年度は現在取り組んでいる「第二次中期経営計画」の最終年度ですが、「第三次中期経営計画」でもこれまでと同様、引き続き風土改革に取り組んでいきます。なぜなら、個人の成長に終わりはないからです。
私はよく、“エンプロイアビリティ(employability)”と“エンプロイメンタビリティ(employmentability)”という言葉を口にしています。社員一人ひとりが市場価値を持った人間になっていかなければならないし、企業は「ここで働きたい」と社員が思うような組織になっていかなくてはなりません。そのふたつを両輪で回しながら、社員と企業が共に成長していければと考えています。
今活躍している若い社員たちに期待するのは、自分の目標を明確に定め、それに向かって着実に進んでいくこと。大切なのは、まず「自分が幸せになるための道筋」を知ることだと思っています。
最終的に活躍する場は、社内でも社外でもどちらでも構いません。必ずしも会社が求めるような人材になる必要はないし、出世を目指すことが正しいわけでもない。自分の趣味を極めて幸せになれるなら、それでもいいと思います。他人から押し付けられたことをして幸せになれるなんてことは、絶対にありませんから。
企業が成長していく上で最も重要なことは、社員一人ひとりが成長すること、そして社員の成長を応援できるような組織作りをしていくこと。社員が成長すれば、おのずと会社も、より大きく魅力ある存在になっていくと確信しています。そうやって社員たちと共に、シナネンHDのこれからの成長を目指していきます。