「縁」に導かれて進んだ海上自衛隊への道

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▲自衛隊時代の金井

金井が自衛隊に入隊するきっかけは、あることが始まりでした。そして今振り返れば、その原点があったからこそ、今の自分があると語ります。

金井 「当初は、自衛隊ではなく警察官を目指していました。大学受験の練習として、予備校の先生に防衛大学校の受験を勧められたんです。本命の大学に合格、防衛大学校は補欠合格でした。そして本命の大学へ入学しました。ところが、後から防衛大学校が繰り上げ合格になったことがわかり、家族との話し合いの末、すでに入学していた本命の大学を退学して防衛大学校へ入学することにしたんです。最初から希望していたというより、縁があって入学したのが始まりでした」

防衛大学校へ入学し、楽しむところは楽しむ、学ぶところはしっかり学ぶとメリハリをつけ、全力で防衛大学校の日々を過ごした金井。学生生活の中でも何度も縁を感じてきたと話します。

金井 「通常の大学の授業のほか、防衛学や訓練の単位も取得する必要があります。そのため夏休みが少し短くなるものの、行事があったおかげで充実していました。1年生で遠泳、2年生でカッター競技会、3年生で断郊競技会、4年生では持続走競技会があるほか、毎年の開校記念祭もあります。1年生の遠泳は海で8kmを泳ぐのですが、実は私、泳げなかったんです。入学時の泳力測定の記録は5mです(笑)。

そのため、泳ぎが苦手な人のための補備訓練を受けて、最後には8kmを完泳することができました。実は、受験時の面接で『泳ぐのが苦手だから海上自衛隊以外を希望する』と言っていたくらいです。しかし後々、希望になかった海上自衛隊に進むことになるのですが。

学生生活は、4つに分かれた完全寮生活になるのが特徴ですね。2年生への進級時に、学科と要員(陸海空)が決まります。学科によって寮が再度振り分けられるので、多くの学生が2年生で寮が変わるのですが、私は4年間ずっと同じ寮でした。学科は化学を希望していたので、学科の希望を叶えるために海上自衛隊へと進みました。

全体でももちろんですが、学科ごとにも陸海空の人数枠が決まっていたので、希望が通りやすい海上自衛隊を選択することにしたのです。面接ではっきりと、海上自衛隊以外を希望すると言っていたのに、これも何かの縁です」

幹部候補生学校で過ごした日々。多様な知識と経験はSMITにつながる宝物

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▲防衛大学校時代での登山

4年間しっかりと学んだ金井の学生生活はまだ続きます。幹部候補生として入学したことから、幹部候補生学校に進み、海や船のことを学びました。

金井 「防衛大学校を卒業してもまだ幹部自衛官にはなれません。防衛大学校卒業後、幹部候補生学校、いわゆる大学院のような学校に進みます。ここからは、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊それぞれに分かれます。私は海上自衛隊でしたので、広島の江田島というところで1年ほど、船の運航方法や天文航法など船や海のことを学びました。幹部候補生なので将来部下ができます。部下を持つとマネジメントや組織、評価、労務関係など人事関係の知識も必要になるので、人事管理全般も学びましたね」

その後は実習幹部生となり、遠洋練習航海でより実践的な訓練を受けました。船で国内外を航海しながら訓練の日々です。日本に帰ってくる遠洋練習航海が終わる直前に行われる海上自衛隊の要員発表で、金井は希望通りに航空部隊に入隊し、さらに勉強の日々を過ごしました。航空部隊では、戦術航空士の道に進みました。日々の業務は主に飛行機の中だったといいます。

金井 「海の上をパトロールすることが主な任務です。その他には、地震が起こったときの被害状況確認、あとヘリではなかなか足が届かない硫黄島方面に患者を迎えに行くこともありました。昼夜問わず呼出のある職場なので、時間的拘束が厳しかったです。当然責任もありますし、体力的にもつらかったですが、良い方々にたくさん出会えたので、楽しかったですよ」

ライフプランを見直してキャリアチェンジを決意。背中を押したのは夫の一声

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▲四万十川にてサップを体験

大学から数えると13年もの年月を自衛隊で過ごし、すべてが楽しい思い出だったと金井は振り返ります。SMITへの転職のきっかけとなったのは、ライフプランを見直した夫の一声でした。SMITとの出会いも、すべて自衛隊での学びがあったからこそだといいます。 

金井 「国を守るという業務にずっと携わっていたので、民間企業に転職できるスキルは自分にはないと思っていました。同期ともよく、『転職の考えはないよね』と話していたほどです。だって魚雷を落とす仕事なんてそうそうないでしょ?(笑)」 

海上自衛官としての任務を遂行しつつ、転職活動を始めた金井。夫からのサポートもあり、書類選考を通過し、SMITの面接へと進みました。当初は希望していた人事総務グループの枠で面接に来た金井でしたが、SMITの面接でも二転三転あったといいます。 

金井 「人事総務グループの枠で面接を受けたのですが、合格でも不合格でもなく、『開発管理グループでもう一度面接させてください』と伝えられました。その時は髪も長く、ビシッとまとめていたので、どうやら印象がキツかったようです。

もともと大学では理系専攻だったので、その素地も評価してもらい、開発管理グループへの提案がありました」

想像もしていなかった開発管理グループへの提案でしたが、これも何かの縁だと思い、入社を決意した金井。自衛隊時代と比べ、SMITに入社してから一番変化したのは、生活リズムが安定したことでした。 

これまでの学びを次の世代につないでいく。目指すは若手を育てる環境づくり

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▲SMITの玄関で

2022年現在、金井は開発部技術統括教育グループで教育関係の仕事に携わっています。転職して活かせるようなスキルはないと思っていた金井でしたが、SMITの選考を受けたことで自分に教育に関するスキルが備わっていたということに気づいたといいます。開発管理グループも兼務しているため、直接的に新入社員のサポートをすることもあるが、メインは教育体制の整備です。そんな金井の見つめる先にあるものとは何でしょうか。

金井 「中堅以上の社員に、 OJTのやり方など“教え方”を伝えたいです。人への教え方は決して1つではなく、その人に合った教え方があります。自衛隊時代にさまざまな教え方や、教わり方をしてきたので、『自分がしてもらってよかった』と思ったことなどを軸に、“教え方”を伝えたいです。自衛隊時代に教えてもらった方々に感謝しているからこそ、SMITでは自分が学んできた経験を活かしたいと思っています」

皆で若手を育てる環境を作りたい。そうやって教えられた今の若手社員がいずれ教える立場になって、次の後輩を育てる。そんな環境とサイクルができたとき、金井の仕事はなくなる。そこが自分の目指すべきところであり、自分を育ててくれた恩師への一番の恩返しになると笑顔で語ります。

技術統括教育グループとして、社内研修にもあるSALTやDAISなどの研修も活用しつつ、開発部内のコミュニケーションの活性化にも力を入れていきたいと展望を示します。教育については、開発部内の興味関心を少しずつ実感し、手応えを感じつつあるという金井。今後のさらなる活躍が期待されます。