高い専門性を活かして入社。自己研鑽を重ねて一人前の設計者へと成長した道のり

▲日本原子力研究所(現:日本原子力研究開発機構)にて

大学時代、椛澤は核物理学を研究していました。研究室で使用していた加速器が偶然、住友重機械工業株式会社(以下、SHI)製のものだったことがきっかけで、入社したといいます。 

椛澤 「博士課程まで進むと、専門性が高くなる分、就職先は限られてしまいます。研究機関への就職も狭き門のため、製造業も選択肢に含めて就職を考えていました。当時、SHIは造船や製鉄以外の事業にも取り組み始めていた時期で、リソグラフィ用の加速器(シンクロトロン)の開発をしようとしていたこともあり、条件にあてはまった私に声がかかりました。今は、ご縁を感じています」

1987年に社長の月原と同期で入社し、すぐに日本原子力研究所(現在の日本原子力研究開発機構)へ出向することになった椛澤。そこでは、巨大なシンクロトロンを含む放射光施設(SP-ring8)の建設という国家プロジェクトに参加し、設計業務に携わりながら経験を積んでいきました。

椛澤 「日本原子力研究所に出向していたころは、自由な雰囲気だったので時間に追われるということはありませんでした。しかし、加速器の物理設計がおもしろくなってきたころだったため、勉強のために夜遅くまで残っていましたね。そうでない日は、みんなで一杯飲んでカラオケに行くか、ゴルフの練習場に行っていました。酔っぱらって練習しても、あまり上手になりませんでしたが(笑)」

椛澤は出向先や次に配属された量子機器事業部(現在の産業機器事業部)でも自己研鑽に励み、一人前の設計者へと成長していきました。そして、入社6年目にしてSMITの前身となる、住友イートンノバへ転属となります。

つらい経験を乗り越えて装置開発に貢献。より高性能な装置作りへの想いが支えに

▲社員旅行にて同期の月原現社長と

ビームラインの設計を担当し、その道30年となる椛澤。これまで、SMITのほとんどの装置開発に関わってきましたが、その過程は順調なものばかりではなかったと振り返ります。

椛澤 「SHXという枚葉式高電流イオン注入装置は、今まで携わった装置の中で開発に一番時間がかかり、苦労しました。

イオンビームをウェハーに注入するときに、スキャナーで振られて角度を持ったビームを平行なビームにするために用いられる『パラレルレンズ』というものがあります。どの角度で入射したビームも、ウェハーの方向に向かう平行なビームとなって出射されるという設計はうまくいきましたが、スキャン平面と直交する上下方向の収束作用の見積もりを誤ったことで、ビームがほとんどウェハーに届かなくなりました。

結局、パラレルレンズを作り直すことになってしまい、数カ月のロスが発生しました。その後も、いろいろな問題が起きました」

高電流の装置では、低エネルギーで高いビーム電流を確保し、制御することは難しいとされています。SMITも苦手としていた分野ですが、SHX-Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと改善を重ねながら、少しずつビーム制御ができるようになったと椛澤はいいます。

椛澤 「 2030年までにさらに高性能な高電流装置を作ることを目標に、課題である高電流ビームの輸送・制御システムの開発は、新しい開発部長や次の若い世代に託します」

2015年、設計者としてさまざまな装置開発へ貢献してきたことが認められ、椛澤は開発部長に任命されました。

開発部の課題解決に向けて全速前進。組織改革に力を注いだ開発部長時代

▲ハワイにて、Axcelis社との会合の後で

今までは一設計者として、目の前の業務に専念できていたという椛澤。開発部長就任後は、マネジメント業務に集中するため、これまでの業務を見直します。相談を受ければ、可能な限り対応できるよう取り組む一方、装置開発業務に関わることは、新装置の方針や方向性の検討を行う程度に減らしました。

開発業務から離れ、開発部全体を見たとき、2つの危機感を覚えたといいます。

椛澤 「まず1つは開発に集中できない開発部となってしまっていることです。どの装置も出荷後に不具合が発生しますし、通常のアップデートやお客様からの改造依頼もあります。設計者は既存装置の対応に時間が取られてしまうため、なかなか新装置の開発に時間を割けないでいました。そこで、既存装置の対応と新装置の開発業務を切り分けて、新部門を立ち上げる組織改革を行い、それぞれの業務に専念できる環境を作りました」

この組織改革によって、開発部として二機種先の装置を見据えて開発に取り組むことができる体制が整うこととなりました。しかし、椛澤はこれで組織改革が成功したとはいえないと語ります。それは、内側の人が変わっていかなければ、外側の組織を変えても意味がないという考えからです。

椛澤 「開発グループの立ち上げは、あくまでも組織改革の第一歩目を踏み出したにすぎません。2つ目の問題としては、教える側が育っていないことが挙げられます。これは組織名が変わっただけでは、解決しない問題です。

現状、既存装置の対応をするグループには、新装置の開発業務を行うグループの倍近くの人員が必要です。まだ新装置開発の人員が充分でない今、品質を上げるためにやるべきことはきちんと教育をすること。技術力を次世代へ引き継ぎ、技術の空洞化を防ぐことで、根本的な部分を解決していく必要があります。

SMITの装置を作りあげる技術分野は物理系、機械系、電気系、ソフト系ととても広く、OJT教育をする上で、まずは教える側を教育する必要があります。そのため、開発部内に教育グループを立ち上げました。新入社員、中堅層と段階別に教育システムを築き上げていくことにより、徐々に改善の方向へ向かっていくと期待しています」

こうした考えのもと、7年間、開発部長として組織改革で問題解決に注力した椛澤は、2022年4月、愛媛事業所長に就任します。

責任者としての覚悟を胸に。目指すは、安全で働きやすい職場環境の構築

▲想いを語る椛澤

椛澤 「所長としての仕事は、愛媛事業所の安全と環境に関する責任を取ることです。そのほか、OB会や市役所といった対外的な対応やサポートなどもあります。安全と環境については、各部門のリーダーがしっかり仕事をしてくれているので、私の出番はほとんどありません。

所長として動かなければいけないということがない。それが一番良いことですよね。所長になって1カ月ほどなので、まだ役目は果たせていませんが、これまでの積み残しの解消をしながら、私だからこそできる業務を見つけていきたいと思います」

最後に、「もし何でも好きなことができるなら何をしたいか」という質問に対し、椛澤は即座にこう答えました。

椛澤 「もし本当に許されるなら、もう一度一設計者として、若手の社員たちとともに設計業務に携わりたいです。私みたいな役職者が一緒だと、若手たちには嫌がられるかもしれませんが(笑)。

昔、携わった、高電流イオン注入装置のビームライン設計に本腰を入れて、完成させたいという思いは今でもあります。ビーム輸送の課題は、次の世代に託すといいましたが、やはり自分で課題に取り組まないと心残りに感じますからね。若い世代にはもちろん育ってほしいし、任せていきたいのですが、まだまだ設計に関わっていたい気持ちも大いにあります」

若い世代にも負けない、設計への情熱を持つ椛澤。これからは、その情熱を愛媛事業所の安全と環境を守るために注いでいきます。