2つの道を歩む:製薬会社とNPO法人経営

サノフィ株式会社で薬事薬制本部長を務める北村 奨は、東京薬科大学卒業後、複数の外資系製薬会社で新薬の開発および薬事の専門家としての経験を積む。2020年9月にサノフィに入社すると、日本およびアジアパシフィックの薬事薬制本部を管轄し、医薬品を待つ患者さんのために尽力する、熱きビジネスマンである。その業務は、頑健な薬事戦略に基づいた薬事承認申請、既存薬の変更管理と安定供給、添付文書や資材の管理、当局との交渉と多岐にわたる。

そんな北村は多忙な日々のかたわら、NPO法人「チャレンジドサポートプロジェクト」の理事長を務め、主に知的障がいの方々に共同生活の場(グループホーム)を提供している。

北村 「私は2013年にNPO法人を設立し、以降、理事長として経営に携わっています。グループホームは、一人暮らしが困難な障がいのある方々が、世話人というサポーターの力を借りながら複数名(5-6名程度)で共同生活することで、実家を離れて自立した生活ができるようになることを目的としています。

『チャレンジドサポートプロジェクト』設立の背景には、障がいのある方々のために自分たちが動かなければ、という想いがありました。私の息子は知的障がいを伴う重度の自閉症です。息子が神奈川県立高津養護学校小学部に通っているとき、まずはお父さんたちとのつながりを求めて、2009年に『高津養護学校おやじの会』を立ち上げました。

その後、多くのお父さんたちから賛同を受け、福祉の素人だった彼らと定期的な勉強会を開催。数年間続けるなかで、グループホームの重要性やその数の圧倒的な不足に気づきました。そして、『自分たちですぐになんとかしないといけない』と思い立ち、有志で2013年にNPO法人『チャレンジドサポートプロジェクト』を立ち上げました」

NPO法人の理事長として目指す2つのゴール

▲高津養護学校のイベントでスピーカーとして参加する北村

NPOでの活動に取り組む北村には、目指すゴールが2つある。1つは、知的障がい者向けのグループホームの数を、もっと増やしていくこと。

北村 「知的障がい者のグループホーム数は圧倒的に不足しており、例えば川崎市では3,000人以上の方々が入居できずに待機しています。入居まで10年以上待つケースも数多くあります。そこで、質の良いグループホームを今後、日本、特に都市部で増やしていくために、グループホームを運営する仲間を増やす活動を積極的に行っています。

障がい者の方にとっては、グループホームが増えれば、自分の住む場所を複数の選択肢から『選ぶ』ことができます。また、人生のどのステージからグループホームを利用するのか、という人生設計も立てられます。この点はご本人のみならず、ご家族、特にご両親にとっても重要です。

ご両親は『自分たちが亡くなった後』に大きな不安を抱えており、グループホームの増加は、その不安の払拭につながります。またご家族にとっても、日常生活において障がいのある方本人と少しだけ距離を置くことで、心身ともにゆとりを得ることができると考えます。ご本人・ご家族双方にとって、住まいの選択の自由があるということは、人生の豊かさに直結する重要な点だと考えています」

2つめのゴールは、障がい者の就労先や学びの選択肢を増やすために、大学を設立することだと語る北村。

北村 「特別支援学校高等部を卒業した高校生の大学進学率は現在ほぼゼロで、すぐに福祉的就労などで就職をしているのが現実です。多くの方がキャリアの中で躓きを感じ、最悪の場合、短期間で就労先を退職することもあります。そこで、障がい者の方々に『働くこと』『社会で生きていくこと』について、就職の前に『しっかり』『ゆっくり』学んでいただく場を提供したい。具体的には、職業を選択できるスキルを学べ、また卒業後も就労後の相談や学び直しができるような大学にしたいと考えています。

構想しているのは、既存の大学とコラボレーションして、障がい者もキャンパスライフを楽しめるようにすることです。全国からその大学に入学し、寮に入ったり、さまざまな活動を経験したりすることで、社会に出るスキルを得られる場を提供したい。そして、その先には、大学の近辺に障がい者が働ける場を作るなど、コミュニティ形成も視野にあります。障がい者にとってやさしい街は、健常者にとっても住みやすい街になるはずです」

会社として、個人として取り組むCSR活動の意義

▲在日フランス商工会議所主催のヘルスケアコンファレンスにて

NPOの理事長として組織の責任を担い、ステークホルダーとの関係を築き、職員の声に耳を傾け、ヒト・モノ・カネをマネージする経験を得たことは、製薬会社での仕事や組織をリードする上で非常に役立ったと語る北村。折しもサノフィがダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の一環としてCSR活動を強化する中、社会との関わりは個人、そして組織の成長につながると考えている。 

北村 「個人的には、このような活動を通して大学院での経営学よりもはるかに多くのことを学べたと感じていますし、実際にNPO法人の成長に伴い、製薬会社での職責も徐々に広がっていきました。

今サノフィでは、D&Iの一環として、全社をあげてCSRを推進しています。これは、D&I戦略の中で『多様なコミュニティとの協働』が長期的にサノフィの成長につながると考えているからです。

私自身は、自分の息子がきっかけでNPO法人の立ち上げに至りましたが、シニアリーダーこそ率先してCSR活動に取り組み、これまでのキャリアの中で培ったリーダーシップを地域社会に還元する『責任』があると感じています。それによって社員のボランティア精神を刺激し、一人ひとりの社会貢献意識を高めることができると思います。

また、社員が会社以外のコミュニティと関わることで得た経験や気づきを、ご自身のさらなるキャリア形成の糧にしていただくとともに、組織にも還元してもらいたい。それこそが、サノフィの長期的な成長にもつながると考えています」

NPO活動で得たかけがえのない宝。CSR活動を通じて目指す未来

▲グループホームでNPO法人のスタッフと

NPO法人での活動を通して、「何ものにも代えがたいもの」を手に入れた、と北村は語る。

北村 「一緒に活動できるかけがえのない仲間ができたこと、そして人生の目標ができたことが大きいと思います。『障がいのある方々のため』と思ってやってきましたが、実は自分は彼らから人生の目標や目的をいただいていて、実は自分たちが『障がいのある方々に支えられている』ということを日々実感しています」

今後NPOの仲間たちと挑戦したいこと、実現したいことを尋ねると、北村は「全国にサポーターを増やすこと」だと意気込みを見せる。

北村 「自分たちが運営するホームが10~20カ所と増えたところで、根本的な問題の解決にはなりません。もっと障がい者のためのグループホームに賛同する人が増えて、全国各地で障がい者を支える新たな枠組みができてほしいと思います」

製薬会社のビジネスマン、NPO法人の理事長という「2つの道」を歩む北村。自身のCSR活動を振り返り、キャリア形成について伝えたいことがある。

北村 「もし、仕事以外に成し遂げたいことや関心あるテーマがあれば、私は是非『2つの道』を進むことをおすすめします。仕事以外での活動は、人生の目標とともに、仕事に役立つさまざまな経験やスキルをも与えてくれます。そうした経験は必ずや誰かのためになり、そして皆さんの人生を豊かにすると私は信じています。

今は多様性が認められる時代。働き方もひとつである必要はないはずです。職場で培ったビジネススキルを仕事以外の場面でも活用し、社会に還元することは誰しもができます。そのように、何かひとつで良いので皆がアクションを起こせば、やがてそれが大きな社会の変化となると信じています。そしてそれこそが、サノフィがCSR活動を通して実現しようとしていることなのです」

多様性の時代にあって、仕事とCSR活動を両立する北村。これからも「2つの道」を歩み、自身と周りの豊かな人生を目指していくだろう。