相手の声に耳を傾ける大切さを学んだ教育現場

▲普段から笑顔を心がけている佐藤

私は昔から、座ってじっと何か作業をしているよりも、体を動かしてどんどん行動することが好きでした。誰かと話すことも好きで、「人が成長し、変わっていく過程に自分も立ち会いたい」と、高校生の頃は保育士を目指していました。ところが、勉強したり、色々な知識を身につけたりしていくうちに、壁にぶつかります。

私には生まれつき、感音性の難聴と視力障がいがあります。保育は人の命に関わる仕事。現状の自分が務めるのはとても難しいと感じて、保育士になることを諦めました。でも、単に諦めるだけではもったいない。考え方を変えて、何か自分にできることはないかと思いをめぐらせ、保育士をサポートする保育補助の仕事に就きました。保育に関わる細々とした事務作業をこなしながら、子どもたちに関わっているうちに、職場の仲間が私の想いを知り、信頼して、現場の仕事も数多く任せてくれました。保育士になれなかったのは少し悔しいけれど、ほとんど同等のお仕事を経験できたと感じています。

保育園にはたくさんの子どもが通っていて、成長のスピードも、好きなことや嫌いなことも本当に一人ひとりまったく違う個性があふれ、苦労したこともありました。でも、子どもが泣いたり、けんかしたり、落ち込んだりするときは、必ず何か理由があるのです。その理由をこちら側で勝手に想像して行動しても良くない結果を招くだけ。だから、「思い込みで動かず、相手(子ども)の目線で声に耳を傾けてよく聞くこと」が大切なのだということを、身をもって学びました。そして、子どもたちと一緒に笑い合い、共感し、一つひとつの小さな喜びを感じ、自分自身もこの仕事をやって良かったとやりがいを感じていました。

保育園の仕事を経験した後は、「20代でしかできないことをやろう」と思い、その他さまざまな仕事を経験しました。大学法人の職員、大手スーパーマーケットの商品管理、イベントスタッフや海外で飲食店のアルバイトなど。自分らしく働けるのはどんな場所だろう?と考えながら、とにかくいろいろな仕事を経験しましたね。

私の価値観を広げてくれた、メキシコ人との出会い

▲価値観が広がるきっかけとなったメキシコ・カンクンのピンクレイク

私がダイバーシティをより意識するきっかけになったのは、海外渡航の経験です。海外渡航のきっかけは、日本で出会ったメキシコ人の方でした。その方は、観光のために日本に来ていて、道に迷っていました。そこを通りかかった私と友人に、「この動物園に行きたいんだけど、切符の買い方もわからない」とジェスチャーで伝えてきたのです。もちろん日本語も喋れないし、英語も喋れない方でした。そこで、私と友人でその方を動物園まで案内することにしたんです。「せっかくだから、写真撮影係として入園してしまおう!」と私と友人も一緒に入園して楽しみました。言葉は通じないものの、メキシコ人の方はとても喜び、感謝してくださって、私たちはとても仲良くなりました。帰国前の別日には海外では珍しい「飲み放題」や忍者屋敷レストラン、東京タワーなどに案内し、帰国後もFacebookでやりとりをしていました。

そのことがきっかけで、今度は私たちがメキシコを訪れることになりました。正直なところ、私は海外には行きたいと思っていたものの、メキシコに行ってみたいと考えたことはありませんでした。でも、このきっかけを大切にすべきだと直感したことと、友人のノリと後押しもあり、偶然に導かれるように、メキシコ旅行を決行し、感動の再会をすることになったのです。

メキシコでの経験は刺激的で驚きの連続でした!とくに、カンクンのピンクレイクを見たときは、「こんなに綺麗な場所があったなんて!世界ってすごいんだな」と自分の世界観の狭さを思い知ることになりました。楽観的で、とても陽気で、「なんとかなるさ」が口癖の人々の雰囲気が、私の気質にも合っていたのかもしれません(笑)。そのときから、アルバイトに切り替え働いてはお金を貯めて、海外に行くということを繰り返していました。思い返すと、これらの海外への渡航経験は、私の「ダイバーシティ」に関する価値観を広げてくれた貴重な時間だったと感じています。

正解がないからこそ、小さな挑戦と変化を起こすべき

▲共創ファシリテーター育成のためのセッションの段取りを行う

数々の職場や海外の経験を経て、2021年春に、「佐藤さんならではの視点で『ダイバーシティ共創センター』をつくっていって欲しい」と、流通経済大学で仕事をすることになりました。1年かけてセンターの開設準備に取り組み、2022年春からは、「誰一人取り残さない」キャンパスを目指し、主に3つの仕事を任されています。

1つ目は、共創ファシリテーター育成のためのセッションの段取り。ダイバーシティ推進のため、多様な方の意見を傾聴し、プロジェクトを進めていくための事務局を担当しています。時には、自分も「こうしたらもっとセッションが上手くいくのではないか」と、意見することもあります。

セッションを開催する中で嬉しい出来事もありました。セッションに参加したとある外国人留学生。最初は緊張して自信のない様子でうつむき加減でした。場の雰囲気を和ませ、お互いが打ち解けるには体を動かすのが一番と、レクリエーションを行いました。以降、彼の表情がどんどん明るくなって、自信を持って発言する様子も見られるようになりました。さらに、ある時には、セッション前にぽつんと一人座っていた学生に自ら話しかけに行く場面もありました。小さなことではありますが、私たちの取り組みが、目標に向けて変化を起こしていると実感できました。

2つ目の仕事は、現在のキャンパスの抱える課題を探るため、学生や教職員の方々の話に耳を傾けることです。私が心掛けているのは、「話をしやすい雰囲気や場づくり」。年下の学生さんは、年上の私や教職員に話しかけたり、何かを質問したりしづらいと思うんです。ですから、普段から笑顔で挨拶をしたり、ちょっとした会話をしたりするよう心がけています。普段から何でも話しやすい環境を整えておけば、一人ひとりの困りごとやキャンパスの課題は自然と耳に入ってきます。だからこそ、「場づくり」はとても大切にしています。

3つ目は、障がいのある立場として、課題を見つけ、解決に導くこと。私もかつて、別の大学在学中に、キャンパスで不便を感じることがありました。その経験を活かして、障がいのある学生が、より自然体でキャンパスライフを送るには何ができるか、日々考えています。たとえば、今取り組んでいる障がいのある方の入学手続きの簡略化。障がいとひとくくりに言っても、必要なサポートは一人ひとり違います。極力、準備していただく書類はシンプルにして、その分、本人の希望や困りごとに耳を傾けて、環境を整えていくことができたら良いなと思っています。

「ダイバーシティ」という言葉は、最近よく耳にするものの、実際にはまだまだ理解されていないのが現状です。私自身、何を多様性ととらえ、一人ひとりに対してどこまでサポートをすべきなのか判断がつかないし、仕事の正解も正直なところ見つかっていません。周囲から「ダイバーシティ共創センターって何をやっているの?」と言われることもあります。行動を重ねていくうちに道は見えてくるものと思っています。小さなチャレンジで変化を起こしつつ、正解を探りながら取り組んでいきたいです。

「ダイバーシティ」という言葉を使わないのが最終的な理想

▲佐藤さんが手掛けたダイバーシティ共創センターの看板の書

近年、「ダイバーシティ」という言葉が少しずつ社会に浸透してきています。言葉で表現して伝えなければいけないという現状も理解していますが、言葉を強調しすぎることで、かえって当事者が過ごしにくくなってしまう場面もあります。

「ダイバーシティ」という言葉を使わなくても、すべての人々がお互いの違いを自然体で理解し、受け入れ合える状態になることが私の理想ですね。

ダイバーシティ共創センターの看板の書は、私が書きました。当初は、なんだか照れくさい気持ちが大きかったのですが、ある時センター長が、「どうしてこのような書き方をしたの?」と尋ねてくれたんです。私は多様性を文字に表したくて、「ちょっと曲がっても良いじゃないか」という想いを込めて、軸をずらしてみたり、「すべての人に鋭い感性を持って生きていって欲しい」という思いを込めて「共」の字を表現したりしていました。書に込めた、私なりの考えや想いを聞いたセンター長が、「なるほどね。見た人が気づかなかったとしても、一つひとつの仕事に想いを込め、表現していくことはとても大切なことだよね」と言ってくれたんです。自分が言いたくても言えなかった想いに気づき、聞いて、認めてもらえたことがとても嬉しくて。このプロセスこそ、まさに「誰一人取り残さない」キャンパス実現に必要なことだと思い、自分が実行していきたいことです。

自分の人生を豊かにしているのは、私に関わるたくさんの方々です。話すことで新しいことを知り、世界が広がっていきます。だからこそ、毎日私に挨拶をし、話しかけてくれる学生や教職員、すべての方に感謝をしています。相手が自分のために時間をわずかでも割いてくれているのは、本当に貴重なことなんです。

私の好きな言葉に「Change and Challenge」という言葉があります。これは、高校のとき、朝礼で校長先生が言っていた言葉です。社会に出て、保育の仕事に挑戦したり、海外に行ってみたりしたことが、私の人生を豊かにし、変化を起こしてきました。これをモットーに、ダイバーシティ共創センターの一員として、挑戦と変化を重ねていきたいですね。