単身日本、そして苦難の働き口の確保へ

▲学生時代、日本での初めてのアルバイト

中学校を卒業すると、台湾では通常3年制の高校か5年制の専門学校へ進学します。

当時私はITに興味があったため、電子工学を学べる専門学校に進学をしました。そのまま台湾の大学に進むつもりでいましたが、受験に失敗……それなら以前から興味のあった語学を本格的に学ぼうと思い立ち、1996年、単身日本へ。最初は短期の語学留学で来日しましたが、翌年留学ビザを取得し日本語学校へ入学しました。

そして2年間日本語を学び、拓殖大学商学部へ進学。卒業後はさらに渡米し英語を学ぶつもりでいましたが、在学中に同じ留学生の中国人の夫と結婚、さらにふたりの娘も生まれたため、そのまま日本で生活をすることを決めました。

とはいえ夫も私も外国籍のため、日本に滞在し続けるためには就労ビザが必要でした。しかも当時は自分が専門的に学んだことに、関連した会社に就職をしないとビザが下りないという厳しい条件に立たされます。狭き門で就職を得るため、苦渋の決断で娘ふたりは一時的に台湾の祖母に預けることに。

大学卒業後は、国際電話を扱う商社に入社することができました。

このとき店舗の店長として働くかたわら、副業で社長代行の通訳の仕事や、ネットを使った商品の仕入れ販売も始めました。

早く娘たちを呼び戻したかったため、時間的拘束のないビジネスで一定の収入を得る必要があったんです。20年近く前だと、珍しいかもしれませんね。

入社から3年、副業のビジネスで多少の収入が見込めるようになり、商社は辞め主婦となり、娘たちとの生活を始めました。

さて、ここからがまた大変だったんです。

通訳やネットビジネスの収入の他に、少額でも一定の収入を得るためパートタイムの仕事を探したのですが、私が外国人である上に幼い子どもがいるということで、その働き口はなかなか見つかりませんでした。

今とは違い、外国人の主婦ができる仕事は限られていました。

文化や価値観の違いを克服して、東京で「天職」と出会った

▲娘ふたりの七五三

中国人の夫と台湾人の私は政治的問題で、当初両家から結婚を反対されていたんです。なので、私たちに帰る場所はなく、「一緒になるならこの東京で生活をしていくしかない、そのためにはなんとしてでもこの地で働き続けなければ」という覚悟を持って生活してきました。

これは良くも悪くも私たちの原動力。だから、いただけた仕事には精一杯向き合う努力をしました。

もちろん、最初は日本の人たちとうまく付き合っていけるか不安でしたよ。でも、「郷に入っては郷に従え」。

これを徹底して、文化の違いや価値観の違いで戸惑うことがたびたびあっても、真心を持って接するよう心掛けてきました。そうすると、時間はかかりますが、仕事でもプライベートでも人間関係が上手くいくことがわかったんです。

子どもたちのために学校行事にも積極的に参加し、小学校ではPTAもやりました。

接客や営業事務など、いくつかパートで働きましたが、そのときの上司や同僚にも優しく接してもらいお客様と仲良くなることもありました。もちろん、外国人というだけで不愉快な対応をしてくる人も中にはいましたが、そこは自分で切り替え心境をコントロールできるようにしていましたね。

日本での生活も軌道に乗り、最初の不安は自信に変わっていきました。多くは語りませんが、いろいろな経験が私を強くしたんだと思います(笑)。

上の娘が中学生になり、子育ても落ち着いてきたので、2012年、太陽生命に正社員として就職。保険の営業を始めました。

実は、学生時代から友人に「おしゃべりだから営業に向いている」と言われていたんです(笑)。でも若いころは自信がなかったんですよね……。でもいつかきちんと学びたいと思っていました。

始めてみたら、友人が言っていた通り、営業は天職だと思えました。保険の営業を始めて4年、そろそろ支部長にと勧められていたところに、信用のおける仕事のパートナーから「RE/MAX Amistad」のオーナーとなる引地 強社長を紹介されたんです。

この出会いが、私の新たなステップの第一歩となることになりました。

RE/MAXでの新たな挑戦。1+1=2ではないと実感

▲保険営業時代の上司と

引地社長は出会ったころから、いつもフラットに接してくれていて、とても居心地の良い方でした。不動産も以前から興味があり、将来のため不動産投資を含め勉強し始めようと思っていたところに、RE/MAXのエージェントの話。

加えて保険営業で現場から離れなければならない立場になりそうだったタイミングと、引地社長についていけば自分がまた変われるのでは?と考え、あまり迷うことなく加盟を決めました。RE/MAXが世界的フランチャイズであることに安心感もありましたしね。

不動産業は初めてだったので、知識については勉強必須。ただ、営業としての基本は保険業で身につけてきたので、そこを存分に生かしています。ファイナンシャルプランナーとしてお客様のライフスタイルに合ったご提案もできます。

実はRE/MAXならではというか、少しおもしろい働き方をしていて……。

私には心から信頼できる親友であり、パートナーがいるんです。彼女は保険営業の元同僚で、今は同じRE/MAX Amistadのエージェントです。私たちはどの仕事もペアで取り組んでいます。

私は今も通訳の仕事をしているので、海外にいてお客様の対応できないときには彼女にお願いをしているんです。もちろん彼女が困っているときには私が対応します。

ペアで仕事をすると、仕事の幅は確実に広がります。1+1って2じゃないんですよね。それ以上の効果を感じています。

不動産の仕事はスピードが重要なので、助け合え信頼できるパートナーが常にいることは、お客様にとっても最適なサービスの提供ができる──だからこれからも続けていきたいですね。

RE/MAXでは自分の生活スタイルにあった働き方ができるので、本当にお勧めしたいです。

昔、外国人であることと子育てとの両立が足かせとなり、働く難しさを感じていましたが、むしろRE/MAXではこれが強みになっています。

日本ではまだ外国の方のほうがRE/MAXの認知度が高く、信頼性も理解されている。だから話が早い。また居住用不動産は主婦としての視点が役立つことも多いんです。もう言うことなしですね(笑)。

努力する。そして私は夢を必ずかなえる

▲RE/MAX Amistad のエージェント仲間

仕事をする上で心がけていることがあります──それは努力すること。知識を増やす勉強はもちろんですが、お客様から信頼してもらえるにはどうすべきかを常に考えています。人の性格や好み、求めていることは千差万別なので、対応の仕方も多種多様。不快にさせないよういろいろな引き出しの準備をするようにしています。

たとえば、私は不動産売買後のフォローは欠かしません。

外国人のお客様も多いので、ビザ関係の手続きや戸籍謄本の翻訳、入国管理局や法務局に提出する理由書等の作成もお手伝いします。もちろん無料です(笑)。ときに、旅行中の家の換気や電気代の支払いをすることもしばしば……(笑)。

困っている人がいて、私にできることなら、積極的にお手伝いしています。努力をすれば必ず成功するとは限らないですが、自分が想い描く未来を得るためには必ず努力をしなければいけないと思っています。取引後もお客様とのご縁が続くような関係を、今後も築けるように。心ある対応を心掛け、困っているときに頼られる人間でいたいですね。

今はエージェントとして活動していますが、もっと力をつけ、実はオフィスオーナーをやってみたいとも思っているんです。目指すは現オーナーの引地さんのような、芯のあるオーナーです。簡単なことではありませんが、欲がないと成長しませんからね。

そして不動産投資も勉強し、将来的には自分で投資物件を所有して、キャッシュフローをうまく回し、収入を得ながら世界中を旅したいと思っています。

夢を持ち、その夢をかなえてより大きな幸せを手にできるよう、これからも前を向いて努めていくつもりです。RE/MAXのエージェントとして心あるサービスを提供し続けていけば、この夢は必ずかなえられると信じています。