負けず嫌いのサッカー少年は、やがて目標達成の達人に

物心がついたころから勝負好きで、大の負けず嫌いでした。兄弟げんかをしても絶対に勝つまで諦めない。そんな性格を活かして打ち込んだのが、小学校から高校3年まで熱中したサッカーでした。

とくに印象に残っているのは高校時代。私が通っていたのは公立高校だったのですが、当時大阪の強豪校といえば私学ばかりの時代。そんな中 “公立が私学を打ち負かす”という雑草魂のような想いを胸に、3年間ボールを追いかける毎日を過ごしました。チームメンバーとぶつかることもありましたが、“常勝校であったライバルチームに勝つ””という目標を皆で掲げ、切磋琢磨したのは今思い返しても良い思い出です。

合わせて、サッカーの練習で無意識に行っていた「課題を克服するための練習」が今になって役に立っているとも感じています。コーチの教えを元に “自分のありたい姿”からやるべき課題を逆算し、いま必要な努力を重ねることを大切にしてきました。ただがむしゃらに練習するのではなく、「こんなプレーができるようになりたい。そのためには何をすればいいか」を起点にしていたんです。この考え方は今の仕事への取り組み方において、根底をなしていると思います。

違う景色が見てみたい。成長できる環境を求め、リクルートスタッフィングへ

卒業後は、衣料品を扱う商社に営業職として入社。勝負好きな性格を自覚していたので、業績と格闘しながら、自ら進んで動いていくという営業の仕事が、自分には向いていると思ったからです。実際、店舗をまわって販路を広げていくのはとても楽しかったし、成績も悪くありませんでした。

ところが、2年目を迎えるころ、「ここで続けていても、今後自分がどうなりたいのかが描ききれないな……」という思いに襲われました。今後のキャリアビジョンが、どうしてもイメージできなかったのです。扱っていたマーケットの規模が大きくなく、このままでは井の中の蛙になってしまうのでは、という不安もありました。

引き続き営業職を続けることを前提に、転職活動を開始。最終的にはリクルートグループの会社に的を絞りました。契約社員としての入社を検討したので、3年間という期限が設定され、時間的な制限があるほうが、自分の能力の伸びしろを測るのに好都合だと考えたんです。

そして挑んだリクルートスタッフィングの面接。他社でも面接を受け転職活動に慣れてきた頃だったので、さほど心配もしていなかったのですが、ここで洗礼を受けることになります。面接官であった当時のユニット長 吉田 達哉さんから、僕の考えが「引くほど甘い」といったことを言われてしまったのです……。

吉田さんは「あなたの営業スキルは、実はそんなに高くない。すごく良いものは持っているけど、同年代と比較して特段優れているわけではないよ。そして未来のビジョンもすごくぬるい」と言われました。そして面接の最後に、「宮本さんが考える未来のビジョンを1週間考えぬいて、もう一度アウトプットしてください」と言われ、翌週再度会うことになりました。

この1週間は、今振り返っても、とても気づきの多い貴重な時間でした。自分の仕事観、これからのキャリアについて改めて考えましたね。前職にいた頃、このままここにいたら井の中の蛙、天狗になってしまいそうという話をしましたが、このときには恐らくすでに天狗になってしまっていたことにも気づきました。

改めて、リクルートスタッフィングへの入社動機は商談周期のスピード感と、成長できる仕組み・環境であることに気づくことができました。リクルートスタッフィングをおいて他にこれほど多くの経験値が得られる場所はないだろうと確信のようなものも持っていました。

そして意気揚々と面接に臨んだのですが……。吉田さんの反応は、「このレベルか……」というリアクションではありましたね(苦笑)。でも一人の応募者にこんなに真摯に向き合い、耳の痛い話をしてくれる。ここで働くことができれば絶対に成長できると確信し、「リクルートスタッフィングに入社したい、絶対にここでがんばるのだ」と確信したのです。その想いが伝わり、吉田さんからも足りない部分も含めて期待をしていると言ってくれ、2017年に契約社員として入社をしました。

目標の設定と達成が自己の成長の鍵。斜め上をいく活躍を支えた職場環境

入社直後から、誰よりも早く営業スキルを身につけ、業績を出したいという想いは強く持っていました。そのため、研修が終わるとすぐにこれから自分が実現したい目標を設定し、具体的なアクションに落とし込んでいきました。

改めて自分で言うのは恥ずかしいですが、たとえば半年後には“関西ユニット内で営業TOP3に入ること”、1年後には“だれよりも最短で正社員登用されること”などです。そして、そのためにはいつまでにどれだけの成果をあげる必要があるのか、それを実現するためにはどうしたらよいのか……。そうやって、会社から求められる目標値の120〜130%程度のハードルを、これまで自分に課してきました。

こんなことが実現できたのは、挑戦を後押しするリクルートスタッフィングの風土があるからこそ。真摯に仕事に取組み、やりたいことに手をあげると応援してくれる人が本当に多い会社です。できない理由を考えるより、やりたいことがあるのであれば、出来る方法を考えようとしてくれます。入社から3年半後の2021年度は、多くの周囲の方に支えて頂き、入社以来目標にしていた、全社No.1の営業になるという目標も達成することができました。

今でも毎年、年度始めに「年度末にありたい姿」を決めています。苦しい時期を迎えたときは、その姿をできるだけリアルにイメージすることでゴールに向かって進んでいることを思い出し、自分を鼓舞するようにしています。

キャリアとしては、1年半後の2019年に地域限定正社員、その1年後の2020年には正社員への登用を果たし、2021年、念願だったマネジャー職に就任しました。理解ある上司やチームメンバーに助けられたおかげで、安心して自分の持てる力を最大限に発揮してこれたと思っており、心から感謝をしています。

社員の育成に取り組むことが、派遣の価値を高めることにつながる

2022年4月からは、マネジャーとして神戸支社に着任します。派遣事業はその地域の働く人・企業に深く関わるため、エリアによって特徴はさまざま。きっとこれまでやってきた大阪とは異なることがたくさん出てくるでしょう。どんな時でも共に働くメンバーと知恵を出し合い、ひとりでも多くの神戸で働く人、企業の皆さんにリクルートスタッフィングを知って頂ける様、営業活動に尽力していきたいです。

私が考える派遣サービス最大の価値は、「流動性多様な選択肢」を提供できることです。働く期間、働く場所、担当する業務……。そういった様々なことを働き手である派遣スタッフ・受け入れ側の企業双方が自由に選択できる仕組みだと思っています。

そんな人材活用のあり方や利用価値は、本来であれば、営業が提案していくべきこと。ところが、日々の業務に追われ、それがなかなかできていないのも現実です。なので、少しオーバーからもしれませんが、神戸からそういった現状を変えていきたいなと思っています。

派遣サービスの利点や意義について、営業メンバーが自分の言葉で話すことができれば、クライアントや派遣スタッフに対して今よりさらに高い価値を提供できるのではないでしょうか。そうやって「派遣」と言う働き方のファンになって頂ける方をひとりでも増やしていきたいと思っています。

また、後進のためにキャリアの道を開拓することもこれまで以上に意識していきたいと思っています。入口がどうであれ成果を出し、やりたいと手をあげれば、平等にチャンスのある会社。私自身も新しい環境でチャレンジを続けますが、同時に周囲で働くメンバーと共に、派遣スタッフの皆さんのありたい姿が実現できる様に、日々関わらせて頂きたいと思っています。