数々の作品に自分の“想い”を混ぜ込み、モノづくりに明け暮れた日々

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▲大英博物館の入口で鳩のマネ

幼いころから何かを作ることが好きで、絵を描いたり、お話を作ってみたりと興味の赴くままに、創作活動に励んでいたと話す鈴木。その根底には、自身の慎重すぎる性格があったといいます。

鈴木 「子どものころは、よく『石橋を叩いて渡らない子』といわれていましたね。物事を進めるのに慎重すぎるので、自分のことを表現するのにも苦労しました。たとえば、空腹状態で食事の選択を迫られたときに、『食べたい』と答えればいいのに、相手の様子を窺いすぎてパッと言葉が出てこないんです。

だから、創作活動を通して、言葉にできなかった、行動できなかった“想い”を表現しようとしていたんじゃないかなと」

“想い”をカタチにするために、鈴木が取り組んだ創作活動は多岐にわたります。

鈴木 「図工や美術の授業が大好きで、粘土で作品を作ったり、キャンバスに絵を描いたり。高校では、校内に陶芸用の窯があったので、ろくろを回して焼き物を作っていました。ガレージキットという小規模生産の模型作りにもハマりましたね。それから、社会人になった今でも時間を見つけては、詩や物語を書くことがあります」

ところが、成長とともにひとりで表現しようとすることに、限界を感じ始めた鈴木。大学に進学してからは、演劇研究会に入り、仲間とともにひとつの作品を作り上げる喜びを知りました。

鈴木 「ひとつの舞台をみんなで作り上げることがすごくおもしろくて、どんどん演劇にのめり込んでいきました。大学を出て就職してからも、OBが立ち上げた劇団に参加。都内の小劇場で役者として舞台に立ち続け、公演があるたびに会社を休んで出演していました。

舞台で演じると、舞台監督や演出家、共演者や観客からすぐに反応が返ってきます。その反応が、“想い”をカタチにできた達成感につながっていたんだと思います」

生来の性格が責任感と結びついた結果。働きながら通信制の大学で心理学の学位を取得

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▲鳥取砂丘で天と地を感じた瞬間

大学卒業後、IT企業に入社した鈴木。そこでは、コンシューマー向けプリンターのオンラインマニュアルの制作に携わっていました。

鈴木 「モノ作りに関わりたいと思っていたんですが、これといってスキルもない上に、当時は就職氷河期。なかなか思うような就職先が見つからない中、演劇仲間に誘われて入社しました。

マニュアルの執筆や、端末で正常に表示されるかどうかの検証業務を担当していました。商品の仕様に合わせてテクニカルな記述をする作業は、緻密さと根気強さが必要になるので、慎重な性格の自分に合っていたと思います」

だからこそ13年も続けられたと話す鈴木が、マニュアル制作の業務で学んだのは“寛容な姿勢” だといいます。

鈴木 「メーカのマニュアルなので納期はもちろん、何から何までクライアントのいうことが絶対。こちらの都合はいっさい通りません。クライアントの都合に完全に合わせて仕事をするよう鍛えられました。

リリース直前に変わる仕様、それにともなって対象マニュアルすべてに膨大な量の変更が入る。納期は短期。リソースは常に不足。そんな状況に対応するため、どんな事態になっても受け入れられる体制を整えておくんです。長年培われた精神が、今も私の仕事に向き合うスタンスとして根付いていると思います」

業務が多忙を極める中、プロジェクトのチームリーダーに就いた鈴木。チームメンバーとは気心の知れた間柄で、普段の業務はもちろん、さまざまな相談を持ち掛けられました。

鈴木 「人によって差はありますが、仕事以外のプライベートな部分が充実していると、職場でのパフォーマンスが上がるんですよね。とくにメンタルの部分が安定していると、仕事も安定した進め方になることに気づいてから、リーダーとして業務を円滑に進めていくためには、仕事以外の部分へのケアが必要だと感じ、もともと興味があった心理学をきちんと学んでおきたいと思ったんです」

チームリーダーとしての自覚が、慎重な性格と結びつき、チームを率いてメンバーに寄り添うためにと考えたのが、心理学系通信制大学への編入学だったと語る鈴木。

その翌年に結婚し、大学を卒業すると同時に第1子を出産と、ライフイベントが重なりました。社内初となる産休・育休を取得しますが、待機児童の問題に直面し、復帰まで2年弱を要することに。そこで取り組んだのが、心理系カウンセリングの資格でした。

鈴木 「時間ができたので、資格を取ることにしたんです。大学で心理学を学んだといっても、実践で使えるスキルはありませんでした。きちんとスキルを習得した証しに資格を取得して、キャリアに結びつけたいという気持ちがありました」

これまでのキャリアが砂色に。表現できる場を求め、業界専門誌を制作する出版社へ

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▲バリ島で初めて触ったゾウ

職場復帰後、再び大手メーカーに出向してマニュアル制作に携わりながら、2016年に第2子を出産。そして2018年、長く勤めた会社を辞め、転職します。

鈴木 「メーカーのマニュアルはほとんどが機密情報で、徹底した分業ですし、著作権もメーカーにあります。アウトプットするものについて『私がこれを作った』と思えないところに、どれも砂色に見えてくるようになってしまったんです。全体を通して、しっかりと色のついたキャリアを積みたいと転職を決意しました」

転職先となったのは、畜産・食品衛生業界を専門に取り扱う出版社。月刊誌の編集者として記事制作に関われることに、大きな喜びを感じたといいます。

鈴木 「少数精鋭の小さな会社でした。正直なところ、畜産・食品衛生業界への興味は薄かったですが、取材から執筆、編集まで、一貫して関われるところに惹かれました。

現場に行って、音声から書き起こして、記事を書いて、編集して……。出版物となったものを初めて渡されて、『君が書いた記事が掲載されている全国誌だよ』といわれたときは、『私が作ったんだ』という喜びがありました」

やがて出版社の業務と並行して、心理学の領域でコンテンツライティングの仕事をするようになった鈴木。表現することに喜びを感じながらも、関心のない業界に携わることに、もどかしさを感じるようになったといいます。

鈴木 「コロナ禍で取材が減って手が空いたのを機に、ライターを始めました。心理学の論文をわかりやすく噛み砕いて解説するというものだったんですが、それが楽しくて。出版の仕事にはやりがいを感じていましたが、関心のある業界と比べるとまた砂の色になってしまったんですね。人の“想い”を扱う仕事がしたい気持ちがだんだん大きくなり、転職を考えるようになっていきました」

人の“想い”を扱う仕事を求め、PR Tableへ。見える世界が極彩色に

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▲一緒にお出かけしてくれなくなってきた娘の成長を感じる今日このごろ

人の“想い”を扱う仕事を求め、鈴木が出会ったのが、PR Tableでした。転職サイトに登録した直後に、スカウトメールが来たといいます。

鈴木 「当初は、心理系出版社と出会えればいいなという気持ちで登録しました。スカウトメールから募集要項を見ると、なかなかにやりたいことに近いんじゃないかなと。それで応募しました。

talentbookは、働く人の話を聞いて、その人をいかに輝かせるかを考える仕事だと知り、心理学でいうところの、“ナラティブセラピー”(※)と呼ばれるカウンセリング技法に似ているところがあると思ったんです。人の話を聞いて、人と会社を輝かせるtalentbook。人の話を聞いて、その人自身が生きやすいように支えていくナラティブセラピー。どちらも共通するのは、“想い”をカタチにすること。まさに私が求めている仕事だと感じました」

※ナラティブセラピーとは、カウンセラーがクライエントにこれまでの人生の物語を自由に語ってもらうことで、問題を引き起こしている物語の書き換えを行い、症状の除去から人生観の転換に至るまで、幅広い改善を起こさせることを目的とする精神療法の一種

2022年4月にPR Tableに入社を果たした鈴木。コンテンツ制作に関わる中で、自身の“想い”をカタチにする余地も大いに感じているといいます。

鈴木 「どのストーリーを読んでも、とてもキラキラしています。それはタレントの話を聞き、“想い”をカタチにできている証拠だと思います。コンテンツエディターとして、タレントをありのまま輝かせることができたらと思っています。

今はまだインプットすることのほうが多いですが、いずれはタレントが伝えたいこと、ライターが伝えたいことの両方をうまく紡いで、いろいろな色に輝いたストーリーをたくさん作っていきたいですね」

今の目標は、必要に応じて、いつでも周りを支えられるような存在になることだと話す鈴木。念願だった、人の“想い”に関わりながら、“想い”をカタチにする夢は、きっとここで叶える。そう信じて、新たな一歩を踏み出します。