幼少期の目標はあの世界的キャラクター。教育問題に関心を抱いた原体験

▲幼少期の野作

接する人に、明るくポジティブ、そして気さくな印象を与える野作。しかし、幼少期は内気な性格だったといいます。  

野作 「幼少期は、人と打ち解けるのが苦手でした。さらに、体調を崩しやすかったので、幼稚園には週1回程度しか通えず、友達もあまりできなかったんです」  

そんな野作は、小学校進学に際して自分を変えることになります。ロールモデルにしたのは、世界中で愛される人気キャラクターでした。  

野作 「小学校進学にあたって、当時は世界で愛されている、とあるキャラクターを目標にしました。リーダーシップが取れて、多くの人に慕われるところに憧れたのだと思います。  

このようなロールモデルを持ったためか、心をすぐに開いて、人に話しかけられるようになりました。当時住んでいたマンションの人たちと毎日遊んだり、児童館で、知らない先輩に話しかけて一緒に遊んだりなど、初対面の人とすぐに打ち解けることができるようになったんです。  

加えて、学級委員やまとめ役を積極的に引き受けるなど、性格が180度変わったように思います」 

小学校進学に際して自分を変えることができた野作。しかし、幼少期の原体験が消えたわけではなく、教育問題に関心を寄せるきっかけとなりました。  

野作 「当時、目標を持ったり、幼稚園の課題や目の前の勉強を頑張ったりすることが難しい状態でした。経済面も含め、安心感がないと日々の生活に集中できないんだなと実感したんです」  

中学校時代にも、教育問題にさらなる関心を寄せる出来事がありました。  

野作 「私が通っていた中学校には、さまざまな経済的バックグラウンドを持つ生徒が少なくありませんでした。お弁当を持って来られない同級生、授業中に寝ていて勉強に集中できない同級生もいたんです。

そこで、教育関連の文献などを読んで勉強し、本人の怠惰を超えた格差の存在を意識するようになりました」  

幼少期に抱いた教育問題に対する関心は、高校進学後も変わりませんでした。考えを深める中で、教育問題の中でも特に"格差"への関心が強いことに気づき、進路を定めます。

無料塾、NPO、就活──大学時代の活動の根底にあった「教育」という軸

▲無料塾での授業の様子

2018年、お茶の水女子大学文教育学部(人間社会科学科)へ入学した野作。教育社会学と教育方法学を専攻し、ゼミでは教育格差のおこるメカニズムなどを分析する一方、無料塾の先生として、教育現場にも身を置いたのです。無料塾は、野作にとって教育格差を解消するために自らが今できることでした。

野作 「無料で勉強を教える、無料塾でのボランティアを大学1年生の4月から始めました。そこでは貧困世帯、不登校など何かしらの問題を抱えた子ども達に接して、文献だけでは学べない多くの気づきを得たんです。そうした無料塾での気づきは、卒業論文としてまとめることができました」

無料塾での活動で大きな成果を得た野作ですが、彼女の活動はこれだけにとどまりません。大学4年生のとき、メンターとして所属したNPO法人 en-collegeでは、機会創出セクション長を務めていました。

野作 「en-collegeは、キャリア教育支援を軸の1つに掲げているNPOです。メンターは、第二新卒・第三新卒などの就活生の指導役として、サポートを実施します。

なかでも機会創出セクションは、企業イベントと就活生をつなぐセクション。私は機会創出セクションのまとめ役として、就活生のイベント参加促進を担いました。就活生に対してインターンや本選考へ参加してもらうにはどうすれば良いか、というマーケティング的な視点も必要でしたね」

教育に関わる現場に身を置き、人の変化を応援したい。その気持ちは、野作の活動の根底に常にあるといいます。NPO法人 en-collegeの活動では、リーダーやマネジメントも経験し、教育について、さらに多くの気づきを得ました。 しかし、PR Tableでのインターンシップは、教育とは異なる視点で決めたのだと語ります。

野作 「大学2年の3月に、就職活動をスタートしました。その際、自分自身にガクチカ(学生時代に力を入れたこと)が何もないと思いました。ビジネススキルや、働く上でのマナー、考え方を身につけたいと考えていたときに、PR Tableのインターン募集を見つけたんです」

野作は、PR Tableのインターンで新規事業に参加します。そして、参加後まもなく驚くべき経験をすることとなりました。

参加しはじめた新規事業が1週間でストップ。予想外の出来事からはじまったインターン

PR Tableのインターンで新規事業に参加した野作。しかし、新規事業は、参加後わずか1週間でストップしてしまいます。

野作 「一番モチベーションが高い段階で新規事業がストップし、正直びっくりしましたし、インターンが打ち切りになるのではないかと不安が押し寄せました。事業というものは、社会情勢などに大きく左右されるんだなと痛感しました」

新規事業のストップにともない、野作は、PR Tableのカスタマーサクセス部門に異動することとなります。新規事業には参加できなかったものの、業務を通じて得たものが2つありました。

野作 「私が主に担当したのは、talentbookに関わる原稿の添削・校正です。その業務を通じて得たものが大きく2つあります。

1つめは、文章力。添削する立場となることで、話や文章を構造化して伝えるノウハウや知識が身につきました。これは就職活動のエントリーシート作成の際も、非常に役立ちましたね。

2つめが、社会理解。talentbookに寄せられた多くの企業様の想いと接することで、事業や制度、働く人の背後にある想いを知ることができました。社会は、人のいろいろな想いが合わさって回っているんだなと実感できたのは私にとって大きな経験です。私自身が社会人となったときに、会社・社会にどんな貢献ができるか、ビジョンを深めることができたのですから」

寄せられた多くの企業の想いと接することで、ポジティブな気持ちを得て、PR Tableに長く在籍した野作。新規事業ストップというアクシデントの経験によって、就職活動の企業選びにおける明確な指針を持つこともできたといいます。

野作 「就職活動の企業選びで一貫していたのは、『教育』という軸です。その上で、事業が安定していることも重視するようになりました。さらに重視したのは、教育問題に大きな規模感で関われること。新規案件の立案や社内の事業など、若手でも裁量を持って働けると期待できること。これらを重視して、企業選びを行っていました」

この条件を満たす企業こそ、野作が大学1年生から携わってきた、通信教育、出版などの事業を行うとある企業でした。

繊細さに裏打ちされた強さで描くビジョン。教育への想いを仕事に活かしたい

教育に対する熱い想いが伝わり、志望企業の内定を得た野作。2022年、コロナ禍が続く中での入社予定ですが、すでに入社後のビジョンも描いています。

野作 「入社後、小さくてもいいから成果を1つでも作れることが現在の目標。先輩にサポートしていただきつつも、ただ教えられるだけでなく、ちゃんとアウトプットできている状態を目指したいですね。そして、自分に後輩ができたときは、話しやすいイメージを持たれる存在になっていたい。

この理想像に少しでも近づくために、後輩・先輩問わず、人と関わる場面には積極的に参加したいと考えています。内定者同士の仲もいいので、仕事で生まれる化学反応や、話の中で生まれる新しい価値観もすごく楽しみです。

コロナ禍なので、オフラインのコミュニケーションは限られるかもしれません。けれど、オンラインでも親しみやすいイメージを与えられるような、コミュニケーションを追求したい。不安もありますが、環境のせいにばかりしてはいけないな、と」

さらに野作は、入社後に作ってみたいサービスについても、ビジョンを広げています。

野作 「小・中学生の目標の形成を後押しできるサービス作りに、可能であればチャレンジしたいですね。

キャリア教育は、小・中学生ではまだ一般的ではない印象があります。そこで、子どもたちが大小に関わらず目標を持てるようなキャリア教育サービスを、漠然と思い描いているんです。その目標が必ずしも将来につながる必要はありませんが、目標があることで頑張れる子もいるはずですから。

私自身、この目標にチャレンジできるように、若手のうちから目の前の仕事を頑張りたいですね」

確固たるビジョンを描き、目標に向かって突き進む野作。しかし、繊細な部分も持ち合わせている彼女が悩みを抱える場面も少なくありませんでした。そんな悩みを乗り越えた、野作の原動力とはどういうものだったのでしょうか。

野作 「母の支えは一番大きかったです。気持ちが折れそうなとき、嫌な話でもきちんと聞いてくれて。このように向き合ってくれた人たちが身近にいたからこそ、安心感が生まれました。この安心感こそが、いろいろなチャレンジをする原動力になったと思います」

繊細さが生み出す共感力の高さは、野作のストロングポイントでもあります。そして、人の痛みに共感するだけでなく、痛みを生み出す問題を解決しようとする強さも持っている野作のライフワークは「誰もが希望が持てる社会の実現」。その想いは、教育分野における今後の仕事へと実を結び、社会を変える原動力となっていくことでしょう。