偶然やった営業が、エンジニアとしての自分の視座を高めてくれた

▲大学卒業時の岩村

セレンディピティ──意図せず、思わぬ偶然や発見と巡り合うことを意味します。

岩村は、一社目のSIerでそんな偶然から、後に活きる新たな視点を獲得しました。

もともと、東京農業大学で大学生活の4年間を過ごしていた岩村。就職活動では、IT系の説明会で市場や今後の話を聞き、どんな仕事をするにもITが関わらない仕事はないと思い、2009年、3000人規模のITのSIer企業に就職します。

しかし、エンジニアを志望していた岩村が、入社当初にアサインされたのは営業職でした。

岩村 「営業としてテレアポで新規開拓をして、お客さまが開発案件で困っていることを聞き出し、必要な人員をSlerとして提供する役割でした。しかし、実際にアサインできるのは新卒未経験の人材ばかり…お客さまのニーズと社内のリソースとのギャップに悩む日々でした」

こうした経験から、エンジニアとして、自分のスキルセットが市場からどう見えるのか、客観的な視点を持って、自分を見つめていくようになります。その後、無事エンジニアとなった岩村は、現場の中で知見を蓄えていきました。

岩村 「SIのエンジニアは、プロジェクトごとに現場を転々とします。でも、現場によって当たり外れが大きいんです。たとえば、社内でも優秀で、『この人ができないならうちの会社はできない』ほどのトップのスキルを持った人がいると勉強になるし、自分のスキルも伸びていきます。一方で、毎日同じような仕事の繰り返しだと、スキルもそこまで伸びません。

また、当時は案件が少なかったので、プロジェクトが終わって次のプロジェクトが決まるまでエンジニアはできることがなかったんです。その場合は社内で研修をします。でも、同世代のエンジニアはバリバリ現場でスキルを上げているのに、社内研修をやってるだけでは差がつく一方です。ここから、転職を考え始めました」

そうして、転職活動を始めた岩村は、レアジョブという英語学習のサービスを手掛ける会社へと転職をすることになります。

そして、そこでの出会いが後に岩村を、PR Tableへと導くことになるのです。

自ら動き、人の役に立つ実感。思わぬ出会いが未来をつくる

▲レアジョブ・フィリピン時代の仲間たちと

2011年、岩村はレアジョブの初期、4年目で社員も20人しかいない頃、入社をしました。

小規模であることから、日々発生する運用上の問題や、上場に向けての課題解決など、自分で解決しなければいかない立場に最初から立てて仕事ができていた岩村は、このころから「自分がなんとかしなければいけない」と、主体的に動いていました。

そして、自ら動き、自分の成長を実感すると共に、会社の変化を痛烈に感じるようになります。中でも、岩村の心に残っているのは、カスタマーサポートのスタッフが困っていることを、システム化によって解決したときでした。

岩村 「今まで1時間かかっていた仕事を、5分でできるシステムにしたら、めちゃくちゃ喜ばれたんです。自分からしたらスキル的に大したことじゃないのに。そういう体験を社会人3年目のころにできたのがよかったです」

また、岩村はある記事に影響され、「効率や品質を考える前にまず価値を考える」というエンジニアとしての心構えを持つようになります。

そんな中で、会社にプロダクト企画部ができ、「プロダクト企画部にきなよ」と誘われ、戦略的にプロダクト作成に当たるようになりました。

岩村 「当時はレアジョブ社員全員がサービスを使っていて、そこから課題がたまっていきました。なので、いろんな部門の人と、『こうしたい』という意見を交わしながら、プロダクトの観点を身に着けていけましたね」

さらに、自社のサービスを使うことでTOEICのスコアも390から915まで上げ、半年間のフィリピン出向も経験するなど、英語力も向上させていきました。

そんな岩村が、レアジョブで思わぬ出会いをするのは、2013年の頃。しかし、そのとき出会った、大堀 航が後にPR Tableを創業するなんて、岩村は夢にも思っていませんでした。

岩村 「当時、大堀は広報をしていたので、締め会で広報の発表を聞いていたんです。毎回課題感とか、『インプレッションを数値化しようと、KPIつくってこういうふうに改善しました』とか、会社の影響度を全然わからないエンジニアの僕にもわかるように説明してくれていて、すごいなと思っていました」

その後、大堀は、2014年にレアジョブを退職。岩村は、2019年にジェネシスヘルスケアに転職を果たします。

しかし、岩村も大堀もまさか、2020年に再会するとは思ってもいませんでした。

“思いがけない声”にきっかけをもらい、背中を押された

▲ある日、思いがけず大堀から届いたメッセージ

2019年から、ジェネシスに転職をした岩村。レアジョブの文化やミッションは好きだったものの、「自分の人生で最も重要視していることを仕事にしたい」という思いを捨てきれず、転職の決意を固めました。

岩村 「健康とか脳科学、効率が好きで、医療系や健康の観点で仕事をしたかったんです。それに、ジェネシスにはフランス人、中国人や台湾人とかいろんな人がいるんです。社長も日本人だけど日本語より英語のほうが堪能で、私自身、もっと英語でバリバリ仕事したい気持ちもあったので、入社を決めました」

ジェネシスでは、英語の難しさに直面しながらも、案件のPM業務、組織マネジメントの役割を担っていくようになりました。

そして2020年9月、そんな岩村に、「最近調子どうですか?」というメッセージが届きます。その相手こそかつての同僚で、PR Tableの創業者でもある大堀 航でした。

話をしていく中で、価値観や、自分のやりたいことをお互いにさらけ出し、ちょっとずつ岩村の心が動いていきました。

岩村 「話を聞いていて、PR Tableはいい会社、いい文化がつくられているなって思ったんです。代表が前に出すぎていないんですよね。経営陣同士でも言い合えるフェアな関係性があると感じました。

それに、エンジニアとして組織をつくっていけるし、自分でなかなか経験していない部分も自分のスキルを活かせる部分もある。『チャンスとして大きいな』と思い、入社を決意しました」

そうして、PR Tableへの入社が決まった岩村ですが、ジェネシスを退社するときには、これまでの成果を認めるかのように、同僚のフランス人やアメリカ人の方が、声をかけました。

岩村 「『君と働けてよかった。もし転職するようなことがあったら声をかけてくれ』と話してくれたんです。そこで、『みんなに言ってるの?』と聞きました。そしたら、『これは、みんなに言っているわけじゃないよ(笑)』って。この経験が、自分のコミュニケーションの自信になっていますね」

ともに働いたメンバーの追い風をもらい、岩村は決意を新たに、新天地へ飛び込んでいきます。

脳科学が身近な原理を教えてくれる。科学にひもづくカルチャーをつくりたい

▲2021年、現在の岩村

2021年1月から、PR Tableに入社した岩村。前職時代から率先して組織の方向性を考えてきた経験を活かし、組織づくりにも力を入れていきたいと考えています。

岩村 「脳科学やパフォーマンスを高める仕組みに興味があったんですが、人事、育成、採用面でも、一緒に組織づくりをしていきたいですね」

もともと、岩村が、脳科学に興味を持ったのは、たまたま手にとった本に書かれていた“脳のもつ可能性”について、知れば知るほどワクワクしたからでした。

そうして、「能力ってなんだろう?」、「考える力ってなんだろう?」という好奇心に突き動かされ、脳の働きにハマっていきました。

岩村 「たとえば、残業しては3時間もうんうん唸りながら悩んでいたのに、次の日の朝やったら、5分で解決することがあるんです。調べたら、脳のデフォルト・モード・ネットワークというものが関係していることがわかって。そういう自分の体験を、脳科学で説明している部分がおもしろいんです。

また、仕事のパフォーマンスを高めることにつながる実感があります。組織づくりやマネジメントにも関わることですし、オフィスの最適な温度とかも研究があるんです。こういうのをPR Tableでも試していきたいです」

岩村は有言実行するかのように、社内でも「二酸化炭素濃度が高いと集中力下がることがあるようなので定期的な換気がおすすめ」などの情報を発信するなど、新たな観点からのカルチャーづくり、組織づくりにも強く貢献しています。

岩村 「まだまだ自分も、組織も、プロダクトも伸びしろがたくさんあってやりたいことがどんどん積み上がっています。組織の一員として、より良いPRTableのカルチャーづくりやプロダクトづくりに価値を発揮していきたいです」

talentbookの根幹を担う存在として、自らも主体的にPR Tableのカルチャー醸成をしていく岩村。笑顔が生まれる“きっかけ”を増やすため、これからも前へと進んでいきます。