MR職から自己実現を支えてくれたベネッセへ。営業マインドを鍛えた若手時代

▲MR時代の課の先輩と食事会での一枚

2021年5月にPR Tableへ入社して以来、talentbookのマーケティングプロモーション担当としてセミナーやメールマガジン等の企画・運営に携わっている赤司陽子。

マーケティングを軸に築いてきた彼女のキャリアのスタート地点は、全く別の業界から始まっています。就職氷河期を乗り越え、ファーストキャリアに選んだのは、製薬会社のMR(医薬情報担当者)職でした。

赤司 「MR職を志したのは、勉強をしながら資格を取り、常に自分を高めることができると思ったからです。父を癌で早くに亡くした経験から、医療に貢献したい想いもありました」

しかし、数年の後、赤司は転職を考え始めます。

赤司 「営業マンとしての基礎を学びやりがいはとてもあったのですが、当時は接待や講演会など、時間外の拘束時間も長く、業界的にも結婚して子どもを育てながら働く前例がありませんでした。今後のキャリアイメージを描くことができなかったんです」

その後、ベネッセコーポレーションへと転職。高校時代の経験が入社の動機でした。

赤司 「私の高校では『都会の学校に通う人たちに負けないように、みんなで頑張ろう!』という仲間意識が強かったんです。周囲に一切塾がなかったこともあり、通信教育を中心に、仲間と支え合って勉強していました。その結果、希望の大学に進学が叶ったんです。私の学年は東大も含め国立大・有名私立等過去最高の進学者数を輩出しました。

この経験から、かつて“自己実現を支えてくれたツール”でもあった通信教育に携わりたいと考えて転職しました。そして今思えば、『チームでシナジーを発揮する』という私の大切な想いの原点もこの経験にあったかもしれません」

その後、配属されたのがマーケティング部門。ダイレクトメール(DM)の企画や制作に携わることになりました。

赤司 「1人につき年間に5本ほどのDMを担当していて。企画・制作・調査・総括の全てを一気通貫で受け持ってました。ライター・編集は一切挟まず、デザインのマンガのシナリオ、デザインラフ、原稿、デザイン修正も全て自分でやり切り、その後は応答数を追ってというタフな仕事でした。マーケターというよりは営業担当として、数字に追われながら、鍛えられた日々だったと思います」

つらいことも、マーケティングの醍醐味も、チーム大切さもここで味わった

▲課長昇進後のチームメンバーと

バリバリと手を動かし仕事を進めていった赤司でしたが、優秀な同僚に囲まれる中で「自分には何の才能もない」「仕事の本質がわからない」と感じるようになっていました。

さらに、上司からも「頑張ってるけどパッとしない」と言われ、赤司は当時を「八方塞がりだった」と振り返ります。

しかし、赤司が27歳のときに出会った、考え方や表現方法などをロジカルに教えてくれる上司が、そんな暗雲を払拭してくれました。そしてその出会いは、赤司の行動すらも変えていきます。

赤司 「そこを契機に、『自分と同じように仕事の本質がわからない思いをしている人もたくさんいるだろうな』と考えて、後輩の指導に力を入れ始め、『チームで成長すること』を意識するようになりました。

ロジカルシンキングを鍛えて、かみ砕いて話し、知見を分け合い、改善点を一緒に考える。それまでは1人が1本のDMを担当するという感覚でしたが、お互いにフォローするバトンリレーのような雰囲気が定着し始めました。『自分が担当したところの数字が落ちても、最終的な数値が上がれば良い』と、チームで目標に向かう考え方が生まれてきました」

チームの重要性に目覚めた赤司は、着実に成果をあげながら社の重点ラインに異動。そこで、エポックメイキングな実績を達成します。

赤司 「当時の上司は、市場を作るビジョンや想いが強く、教材のアップデートを大前提としながらも、『顧客に貢献できる情報を提供すること』を強く考えていました。その結果、これまでの販促DMとは異なった、学習トレンドの情報誌提供や、子どものやる気を支援するアニメ制作等、これから学習を始める保護者と子どもの気持ちに寄り添い応援するキャンペーンをチーム一丸となって展開したんです。

最終的に、部の大きな目標を達成できましたし、主幹で関わっていたDMでは、広告電通賞や日本DM大賞も受賞。マーケティングの醍醐味を知ったのは、この出来事からでした」

 その後、部を異動し、成功したヒットモデルを再構築するなどして実績も挙げ、32歳で課長職に。ところが、そこでまたしても困難に直面することになります。

赤司 「達成数値面でのプレッシャーが大きく、完全に数値に飲まれてしまって……。数値ありきで戦略を立ててしまい、失敗を重ねました。お客さまに寄り添う提案がうまくできなくなってしまったんです。

リーダーになって初めて大きなマイナス評価がつき『これまでは守ってもらっていた、評価をいただいていたんだな』と墨を飲んだ気持ちにもなりました。マネジメントもうまくできなくて、当時のメンバーには今でも申し訳ない気持ちでいます」

赤司は2年間管理職を務めましたが、夫の海外赴任が決まったことをきっかけに「これからの人生を考え直そう」と、一旦キャリアをストップして退職を選択しました。

人生観を変えた海外での出産育児、フリーランスの道。そして転機が訪れた

▲アリゾナ州グランドサークル旅行 写真はセドナにて

退職した赤司は、夫の海外赴任に随行し、34歳でアメリカに移住。2年間の海外生活の中で子どもも誕生し、新しい経験を重ねます。

赤司 「会社でリーダー職をしていたころは、『こうでなければいけない』という価値観が強かったです。でも、アメリカでは日本とは価値観もまるで違う。子どもが人前で泣いていても、『子どもは泣くものだから良いのよ、私も経験したわ』ってみんなが背中をさすってくれる。存在しているだけで認めてもらえる。多様性を受け入れる価値観に出会えたことは非常に大きかったです」

アメリカでの人生観の変わる経験を経て帰国し、2児の母となった赤司に、古巣の職場から復帰の話が寄せられます。

しかし、子育てと仕事の両立は当時置かれた状況では難しく、赤司は4年のブランクを経て復帰したものの、すぐに「自分が会社の期待値に答えられる状況にない」と気が付きました。そこで苦悩の末に、再度退職を選択します。 

赤司 「以前の自分だったら『この状況に負けたらおしまいだ』と思っていたかもしれません。しかし、海外生活を経たことで『今、一歩引いても大事なことを見失わなければ、大丈夫。働く上で社会が求める期待値と自分自身の期待値が釣り合うまで、再度キャリアを構築しよう』と前向きに捉えられるようになっていました」

そこから2年間、フリーのマーケティングプランナー・ライターとして活動。自由に時間をアレンジして子育てと家庭に注力しつつ、仕事もハードに進めていきます。そしてあるとき、赤司に再びターニングポイントが訪れました。

赤司 「調査結果をクライアント企業に報告したときに、『この結果をどうやって使っていくかが、マーケターの腕の見せどころだよ』と取締役の方が、チームの皆さんに話されていました。その言葉に、『ああ、私ももう一度インハウスで、そしてチームでマーケティングに取り組みたい』と思いました。

ひとつの目標に対してPDCAを回して走っていくことは、フリーランスだとなかなか難しい。PlanとDoはできるけれど、そこから先のCheckとActionは、クライアント先の範疇になるので、マーケティングの醍醐味を感じられなかったのです。」

調査結果や戦略をもとにチームで新たな戦術を考えることに再度チャレンジできないか。赤司は、そんな想いと、自分の状況が社会の求める期待値に追いついてきた実感から、会社員に戻る道を模索し始めました。

働く人の役に立つために。チームとともに目指したい世界観がある

▲PR Tableの入社後、現在の赤司

転職を志した赤司は、子どもがいながら働くことに理解があることを前提に、経験のあるtoCではなく、toBマーケティングをチームで進められる職場を探していました。

そこで出会ったのが、PR Tableです。

赤司 「ベネッセのサービスで私は社会に出るきっかけをもらい、さらに仕事を通して社会人として世の中に貢献していく喜びと楽しさを知りました。

だから、次は働く人の役に立ちたいという想いがあり、PR Tableなら、世の働く人すべてが、自己肯定感をもって働くこと・事業や会社を誇りに思うことに貢献できると思いました。まだ過渡期の会社と聞き、これからブレイクスルーするところに参加できる点にもおもしろさを感じました」

選考過程で強く赤司の印象に残っていたのは、10歳以上年下のマーケティングチームマネージャー、志村 陸による最終面接でした。

赤司 「『これから企業に対して多様性をうたっていくのに、肝心のチームは20代男性ばかりで、全然ダイバーシティじゃない。来ていただいて多様な感覚を持って組織として成長していけたら……』と説明されまして(笑)。私自身、キャリアのブランクがあったり、子どもがいたりするわけですが、その点をマイナスに捉えず、むしろプラスに転換してくれたのが非常に嬉しかったです」

入社後、社内ではベテランと捉えられる立ち位置になった赤司。一番の楽しみは、自らの成長よりも、自分が関わることによって、サービスや、チーム、そしてメンバーの成熟していく姿を見ることだといいます。

赤司 「多様な世代・価値観を持つ人たちがお互いに学び合い、良い点を交換し合えれば最強だと思っています。事実、若手のスキルや思考視座の高さに日々驚嘆しています。私一人の力は本当に微力なのですが、これまでのノウハウや経験値をシェアすることで、チームとして新しい領域のチャレンジもできるようになってきたとも感じています。

次世代へのバトン繋ぎの役割をしながら、talentbookの価値が、もっと市場に認知されるように、マーケティング戦略をチームで練り直し、幅広く利用していただく。そして、全ての働く人が楽しく仕事ができる世界観を実現したい。人生で一番長く費やす『働く時間』を豊かにしていきたいです」

うまくいかない経験、異なる価値観に心地よく感じる経験、仕事の醍醐味を知る経験。紆余曲折の日々の中で、赤司はさまざまな感情、想い、価値観と巡り合ってきました。そんな過去を経て、今は、チームに多様性を生み出すスパイスの一人として、ともに働く仲間と未来を見据えています。

マーケティングの醍醐味にもう一度触れるため、そして、チームの出力を最大限に高めるため。赤司は仲間を支え、共に歩みながら、まだ見ぬ未来を進んでいきます。