没頭できることを探し続ける少年だった

▲小学生時代の大堀航(写真・右)、海(写真・左)

神奈川県逗子市に生まれた大堀 航。自分なりの“かっこよさ”の基準を元に小さなころからものごとを選択してきました。

後にPR Tableを一緒に創業する弟の海とは小さいころから仲が良く、兄が没頭しているものに一緒に触れながら、いつも一緒に過ごしてきたといいます。

母によれば、やんちゃもせず真面目で、全然手のかからない子どもだったという航少年。小学生のころ、特に夢中になっていたのはバスケットボールでした。

航 「スラムダンクの桜木 花道が、レイアップシュートを練習する回を見てひたすら練習したんですよね。そのうちみんなからレイアップシュートの綺麗さを褒められるようになり、自然とリーダーとしてまとめる存在になっていきました」

中学受験では第一志望の学校に入学。学年1位の成績をおさめ、バスケ部でもキャプテンに任命されます。

航 「僕自身は、リーダーになりたいという想いはあまりなかったんですが、没頭しているうちにうまくなって、チームが勝つとみんなが笑顔になる。それが、とても幸せな瞬間でしたね」

そんな航がPRの世界と出会ったのは、大学時代に読んだとある本がきっかけでした。

航 「留学で知り合ったスイス人の友だちと、デザインのイベントに出展したんです。そこで、多くの人に知ってもらうには広報活動とかが必要なのかなと思って、手に取った本でPRの存在をはじめて知りました」

それがきっかけでPRの考え方を学び始めた航は、PR会社という存在を知り、オズマピーアールでまずアルバイトとして働き始め、そのまま新卒として入社を果たしました。

航 「博報堂ケトルの嶋 浩一郎さん、電通PRの井口 理さん、ベクトルの吉柳 さおりさんなど、今でも良くしてくださるPR業界の大先輩方ともPR会社時代に出会うことができました。若手の僕が生意気なことを言って、少しイキってしまっていたと思います(笑)」

一方、「PRはステークホルダーとの良好な関係構築」という定義と、自分自身が顧客に提供しているサービスは本当に顧客のステークホルダーとの関係を良くしているのか?という乖離を航は感じ始めました。

PRを実現する理想のサービスを自分でつくりたい──そう思った航でしたが、企業の中でPR担当として経験し、PRを捉え直したいと思い、転職活動を始めます。

そうして辿り着いた、あらゆるステークホルダーとのコミュニケーションを経営層と近い位置で担える会社。それがレアジョブでした。

ステークホルダーの笑顔が生まれる瞬間を知った、ベンチャー広報責任者時代

▲レアジョブ在籍時にはIPOも経験した

当時まだ正社員が約30人くらいのベンチャー企業だったレアジョブに転職した航は、社長直下で広報チームの立ち上げに関わります。

航 「広報だけじゃなく、マーケティングの業務にも関わらせてもらいました。いろんな仕事に首をつっこみましたね。広報マネージャーとしては、上場に関わることができたのも大きな経験でした」

PR会社時代の航が関わっていたステークホルダーの中心は、お客さまとメディアの方々でしたが、企業が取り巻くステークホルダーは他にもたくさんあります。

成長しているベンチャー企業で、ステークホルダーとの関係づくりの現場を知り、どんな課題があり、どうクリアしていけるのか?のヒントを得たい──その仮説を持って入社した航は、プロダクト広報だけでなく、インベスター・リレーションズや、社内広報、採用広報、CIプロジェクトなど、多くのことを経験していきました。

航 「PRの役割は、ステークホルダーとのコミュニケーションの一丁目一番地だと感じました。僕もそれがやりたくて入りましたし、レアジョブの中でも経営層と一緒にそれをやらせてもらえたことで、PRの輪郭がより明確になっていきました」

さらに、レアジョブでは今でいうオウンドメディアのようなサイトの立ち上げも経験。お客さま向けの英語学習方法や有識者の記事から、社内メンバーの紹介、法人企業のインタビューまで幅広いコンテンツを制作して公開していきました。そこでは、今のPR Tableのサービスをつくる上で原体験となるような気づきを得ます。

航 「コンテンツを発信すると、たとえば採用候補者に届けるという目的を達成させるだけでなく、そこに出ている社員の表情や会社の雰囲気がぱっと明るくなって、みんな笑顔になるんですよね。これは僕の中で新しい発見でした。つまりこうした活動にこそ、あらゆるステークホルダーと良い関係を築くためのエッセンスが凝縮されているのではないかと思いました」

そこでの原体験を元に、航はいよいよ自身で起業の道へと進み始めます。

起業〜プロダクトに込めた想い

▲リリース当初の「PR Table」トップページ。

事業会社でPR業務を行うことのノウハウが蓄積された航は、自分がやっている業務内容を型化したものをブログを通じて発信しようと思い、ブログをスタートしました。

航 「ブログをスタートしたところ、ベンチャーの広報の方々だけではなく意外とPR会社の人も見ていてくれて、今につながる大事なネットワークができました」

また、そのとき航は、実の弟でPR Tableの代表取締役である大堀 海と一緒に住んでいました。そこで海とPRについて語り合っていく中で、PR Tableの原点が生まれていきました。

航 「海と一緒に会社をやりたいと思った理由は二つあります。まず海は、僕がかっこいいっていうものや没頭しているものに対する理解がとても高い。そして当たり前といえば当たり前なのですが、お互いのことをよく知っているから信頼できる。そのため、一緒に起業するパートナーとして最適であると思いました」

航が幼少期から大事にしてきたこだわりは、PR Tableを創業し、プロダクトをつくるうえでも存分に発揮されていきました。たとえば機能としてのシンプル性、雰囲気や佇まいが伝わるデザインなど、グローバルで使われているプロダクトに共通する要素などを取り入れて、初期のPR Tableができあがっていったのです。

航 「プロダクト以外にも、事業を説明するスライドのデザインへのこだわりや、開催イベントの画像、オフィスの内装などにも常にこだわって経営してきました。こだわりの積み上げが複利で会社のブランド資産になると僕は信じてやっています 」

一人ひとりと向き合うことが、PRの本質。

▲2021年7月現在の航

経営をしていく中で、PRに対する考え方が深まっていった2018年。PR Tableが開催した PR 3.0 Conference には約1,300名以上の経営者やPRパーソンが参加しました。これを機に自分たちが考えるPRの思想に対して世の中が共感してくれるという実感を得ていきました。

航 「新しい景色が見れてとても嬉しかったし、自信になりましたね。その結果、色々なPRパーソンたちが自分たちで発信することもよく目にするようになりました。本当にさまざまな人がPRってこうだよねと言う議論する機会が増えたなと感じています 」

PR 3.0 Conference でPR Tableは、“パブリック・リレーションズからパーソナル・リレーションズへ”というメッセージを出しました。ステークホルダーをカテゴライズして向き合うのではなく、一人ひとりと向き合えるコミュニケーションが、PRの理想である。だからこそ、PR TableではPublicではなく、Personal Relationsと定義しています。

航 「まさに僕がレアジョブで体験した、みんなが笑顔になる体験を、小さい企業から大きい企業まで味わうことができるプロダクトを作っていきたいんです。時代としても企業のエンゲージメントであったり、心理的安全性、幸福度などのキーワードが飛び交っている中、僕らのプロダクトを通じて笑顔がポジティブウィルスのように広がっていくことにワクワクしています」

また航は PR=Personal Relationsを、職種・仕事内容として捉えているわけではありません。

航 「Personal Relationsの本質は、サングラスを外して、裸眼で一人ひとりと向き合うこと。つまり、バイアスなく向き合うことだと考えています。向き合うことが、理解することにつながり、一人ひとりの存在を認めることにつながると思っています。それにより、心理的安全性が生まれ、笑顔で生き、笑顔で働くことができると信じています。向き合う“きっかけ”を増やすことが当社の使命だと考えています」

自分のこだわりを大切に、小さなころから没頭できることを探し続けてきた航がたどり着いた場所。そこでは自らが生み出した“きっかけ”が誰かを笑顔にする幸せな景色が広がっていました。

事業を通じて誰かが笑顔になる“きっかけ”を増やし、その笑顔が連鎖していく世界。

そんな幸せな景色を見続けるため、これからも航は自分なりのこだわりを大切に、PRに没頭し続けます。