商品企画とシェフの2つの顔。現場と企画室の板挟みから生まれる葛藤

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▲シェフとして現場に立つ大谷

2022年9月現在、大谷はポジティブドリームパーソンズ(以下、PDP)で2つの顔を持っている。

1つは、「レストランルーク ウィズ スカイラウンジ」と「ロサンジェルス バルコニー テラスレストラン&ムーンバー」両店の特命シェフとしての顔。そしてもう1つの顔は、フードビバレッジサービス(以下、FBS)企画室のユニットマネージャーだ。

FBS企画室とは、全社レストランのフード(F)・ビバレッジ(B)・サービス(S)の質の向上や、新しい商品の開発を手掛ける部門。ここには、シェフを兼任するメンバーが3名と、サービスや購買を主担当とするメンバーが各1名、計5名が在籍している。

大谷 「特命シェフとして主に行っているのは、次世代のシェフの育成やサポートです。一方、FBS企画室では、料理のメニューなどの新商品を開発し、現場に伝えるまでの一連の業務とクオリティの維持・向上のための業務に携わっています。

たとえば、新店舗や婚礼料理のメニュー開発の場合、まずはコンセプトに合った料理を考えることからスタートします。次に、写真やレシピを制作して現場に共有。そののち、各店舗でのレクチャー会を開催して、統一した調理方法や盛り付けなどの詳細までを徹底して確認し、再現性が担保できるまでサポートします。

こういった新メニューに関わる一連の業務を、新店や首都圏の店舗に向けて行うのが私の仕事です」

FBS企画室での仕事と、シェフとしての仕事は、どちらも料理に関わるものだが、まったく違う面を兼ね備えている。それゆえ、葛藤する場面も少なくない。

大谷 「FBS企画室としては、お店の売りやコンテンツなど、一度決めたことは必ず守るのが最も大切な価値観。各店舗の都合や事情などでできないとか、だんだん風化して中途半端になってしまうことがないよう、現場にやり切ってもらわなくてはいけません。

しかし、現場のシェフとしては、状況を見ながら柔軟に対応せざるを得ないことがあることも理解しています。お客様へのクオリティを担保しながらも、現場での最優先事項はその場で判断することも必要。自分の中で、企画と現場の考え方のバランスを取らなければならないのは、非常に悩ましく、葛藤する部分ですね」

より売上が大きく、多岐にわたる事業を展開する場所で働きたい

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大谷が料理人を志したのは、高校生のとき。飲食店でのアルバイトがきっかけだった。その後調理学校に進み、卒業後に3年間の下積みを経て2年間渡仏。

帰国後に約5年間ホテルでスー・シェフとして勤務したのち、独立に向けて経営や管理面を学ぶため、一般的なレストランを運営する企業でシェフ、いわゆる料理長として働き始めた。キャリア11年目のことだった。

そして、そこでの3年間を経て入社したのが、PDPだ。

大谷 「入社の決め手は、大きく2つあります。1つは、売上規模の大きい企業で挑戦したいと思ったこと。当時在籍していたのは、50億円ほどの売上規模の企業で、もっと大きな規模の企業を経験してみたかったのです。

もう1つが、さまざまな事業を展開している企業であったこと。資料からも店舗をどんどん展開し、レストランだけでなく、婚礼やホテルなど、さまざまな事業に進出していることがわかりました。『ここなら、幅広く事業に携われる』と感じられましたね」

大きな売上規模で、幅広い事業を持つ場所──大谷がそこを目指したのには、理由があった。

大谷 「私が最初に師事したシェフからは、『大きい売上を回せなければ報酬は上がらない』といわれてきました。ランチやディナーを提供するレストランよりも、宴会もウエディングもできるレストランの方が当然売上は高く、それを統括するスキルのあるシェフは、それだけの報酬を得られます。

もちろん、レストランで料理を自由に作りたいというタイプの料理人なら、独立開業して自分の店で腕を振るうのが良いかもしれません。しかし私の場合は、より大きなレストランや会場でシェフを経験できるようなフィールドが広がっているところでチャレンジすることに魅力を感じました」

前職ではシェフだったが、PDPに転職する際にはいったん肩書を下ろし、いちメンバーとして入社した。

大谷 「面接では、『パフォーマンスを発揮できれば、すぐにでもシェフに上がれる』と聞いていたので、メンバーから頑張って実際に半年ほどでシェフに昇格しました。

当時はレストラン事業が始まってからまだ4~5年目。自分から見れば足りない部分がたくさんあり、現場に入ってクオリティを上げていくのは、かなりやりがいがありましたね」

メニュー開発の醍醐味と難しさ。感性が宿るからこそ、常に自らを磨き続ける

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▲FBS企画室メンバーとキッチンスタッフでメニュー開発をしている様子

PDPでも着実に成果を上げた大谷は、2021年4月からFBS企画室に籍を置き、開発の仕事を担当している。

しかし、その役割を持つ前から大谷のもとには、メニュー開発の依頼が舞い込んでいた。以前のFBS企画室は、調理担当に固定メンバーを置かず、現場のシェフに都度依頼する方法を取っていたからだ。

そうした6年間を経て、今では商品開発へより比重を置くようになった大谷。この仕事ならではの醍醐味も感じている。

大谷 「2022年6月から運営受託を開始し、秋にリブランドオープンする長良川清流ホテルの婚礼メニュー開発では、『和洋折衷の構成にして、前菜以降はフランス料理、その前のお造りまでは和風のスタイルにする』というのが、依頼内容でした。しかし、それだけではおもしろみに欠けると感じ、お造りには長良川を水源とした井戸水をジュレにして添えてみたのです。

会社の方向性に大きな齟齬が生じなければ自分なりのアレンジを加えることができる。そして、良いメニューが完成しさえすれば、それを認めてくれる自由な環境がPDPにはあります」

商品開発では、企画に合わせて、さまざまなジャンルの料理を提案する。だからこそ、与えられたテーマやコンセプトに沿いながらも、完成した料理の隅々には、大谷の鋭い感性が宿っているといえるだろう。

一方で、自分の方向性が一つに固まりすぎてしまうと、マンネリ化しやすいという難しさもある。開発するプロダクトが多くなるほど、すべてが同じような料理になってしまう危険性もあるのだ。

大谷 「マンネリ化しないためには、自分の中の引き出しをたくさん持っていなければなりません。表現の幅を広げるため、時には、食材の採れる現場を見に行くこともあります。生産者の話や地域の食文化などから、調理方法や盛り付けなどの新たな発想を膨らませているのです」

常に幅広いアンテナを張って感性を耕し続ける大谷。こうした姿勢を取る中で、自らの変化も感じている。

大谷 「若いころは、自分が体得したフランス料理の技法をひけらかすような料理を作っていたかもしれません。しかし、年を重ねるごとに料理がシンプルになっていく気がしていて。最近では、素材の良さを引き出す調理の仕方に魅力を感じています」

今なすべきこと、その先に、見えてくるものがあるはずと信じて

自身が入社半年でシェフに昇格したように、PDPでは確かなパフォーマンスを発揮できれば必ず評価してもらえる、と大谷は語る。

大谷 「技術や能力が高ければ、どんどんと新しいことにチャレンジさせてもらえるし、頑張った人が報われるのは、料理人にとって非常にありがたい環境です。以前よりワークライフバランスもとりやすいので、休日には料理のインプットが得られるような過ごし方を心掛けています」

後進の育成も、現在大谷が力を入れていることの1つだ。料理は職人の世界であり、厳しい修行を重ねなければシェフにはなれないのが現実だが、その一方で、会社組織としては労働環境の整備が求められ、勤務時間は限定されてしまう。

大谷 「とても難しい問題だと思っています。私が育ってきた時代は、自分の時間の大部分を費やさないと技術は身につかないといわれ、私もそれにしたがってきました。しかし、同じことを今の職場で要求することはできません。現代のワークライフバランスのもとで、新規に採用した若い人たちをどうやってシェフに育てるかが今の課題です」

シェフを目指し、いつかは企画まで手掛けたいという若い世代には、とりあえず目の前の1つの仕事をやり切ることが大切だとアドバイスしている。

大谷 「フランス料理でもイタリア料理でも、自他ともに認められるレベルまで一通りの技術を身につけてほしいですね。

そして、圧倒的に数をこなしていけば、自分の引き出しは必ず増えていく。シェフになってもやっていけるし、メニュー開発のような依頼が来ても、自分が培った経験から応用していけるはずです」

自分自身は、これからもお客様に喜んでもらい、店を成功させる仕事に尽力していきたいと語る大谷。シェフの先に、何を望むのだろうか。

大谷 「32歳でシェフになって、もっと自分の幅を広げようとPDPに入社しました。入社面接では役員になりますなんて大口もたたきましたが、40歳を超えた今は少し違った未来が見えてきています。

新たな役職になるとか、まったく違う新しいことをするというよりは、料理のクオリティを上げたり、周囲のスタッフの技術を底上げしたり、自分が関わっていること全体を高めていきたいというのが今の願い。それを成し遂げたときに、自然と先が拓けてくるのかもしれません」

企画と調理、そして人材育成のすべてがしっかりと嚙み合って回ることで、PDPはさらに大きな成長を遂げていくはず──その牽引役としてフィールドを広げながら、大谷は今日も厨房に立ち続ける。