『やや乙です』が作る地域とファンの連帯感

▲塩原温泉のキャラクター「塩原八弥」の書き下ろしイラストが集合したお披露目会の様子

野口 「塩原温泉において使われるようになった『やや乙(ややおつ)です』という挨拶。ファンをも巻き込んで日常的に使われるこの挨拶が、生まれるまでにはどのようなストーリーがあったのでしょうか」 

栗山 「『おは有馬』などを見て、共通の挨拶が欲しいなと思ったのが始まりでした。ここ塩原は広いですから、そういったものがあるとプロジェクトメンバーの連帯感が増すのではないかという狙いもありましたね。

まずは私たちの会議で使い始めて、その後はこちらからファンの方にも積極的に使っていくようになりました。今では「塩原温泉のどこに行っても『やや乙です』と言われる」とファンの方が言ってくださるほどです」

野口 「塩原温泉は広い、という点については、以前に小野川温泉の遠藤さんにインタビューをした際も、「施設ごとが離れすぎているのによくまとまっている」というご意見がありました」

杉山 「塩原温泉はもともと広いですから、『温泉むすめ』を進めていくなかで私たちの側で特段の問題はありませんでした。ただ、離れすぎているからこそ、ファンの方たちの周遊の難しさには心苦しさがあります」

栗山 「その分、車さえあれば存分に楽しんでもらえる場所になっていますよね。私のお店でも、徒歩でいらしたファンの方が、たまたま相席することになった他のファンの方の車に乗って、そこからの行動を共にするなんてことが起こったりもしています」

野口 「これほど街を大きく巻き込んで『プロジェクト88』として取り組むまでに至ったきっかけはなんだったのでしょうか?」

杉山 「これまでは、なにかしらの会議を設けてもメンツが代わり映えせず、やることも様変わりもしませんでした。そこである時、普段はバラバラにやっている若手向けの研修を、塩原温泉全体としてやったんですね。

やってみたらこれがきっかけで『塩原若者の会』というのができて、それが『塩原アニメ部』にも派生したりして。『温泉むすめ』に取り組んでみる?となってから、飯坂温泉と小野川温泉へ視察に行くまではすごく早かったですね」

野口 「同じ温泉地であっても、内部のコミュニケーションは意外と少ないものなのでしょうか?」

杉山 「普通であれば、他の施設の従業員とは接しないです。その意図がなくても、たとえばそれが引き抜きに見えてしまったりしますから。それが、会をきっかけに交流の場を作れて。これで初めて、他の旅館の従業員ともなにかを一緒にやれる素地ができました」

野口 「距離には縛られず、様々なつながりができた訳ですね」

栗山 「そういったつながりがないと、会議などで会ったときにしかお互いの状況が分からないんです。でも八弥ちゃんがいることで、お互いを近くに感じることができます。どこそこでは何をやっている、みたいな話が八弥ちゃんを通してたくさん聞こえてくるんです」

塩原八弥ちゃんの息遣いの源泉

野口 「プロジェクトが盛り上がってきて、実際に訪れる方も増えてくると、ビジネス目的で参加される方も少なからずいらっしゃるように思います」

栗山 「そういった方々がプロジェクトに入ってくることをお断りはしません。ですが愛がないとなかなか難しいのかなとも思います。『プロジェクト88』においては、参加条件の一つに『八弥ちゃんへの愛』というものがあります。やはりそれぞれの施設ごとに役割があって、それぞれが愛着をもって取り組まれています」

野口 「お二人にとっての『八弥ちゃんへの愛』をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

杉山 「私はそれこそ『むすめ』だと思っています。親心とも言えますね。塩原中で愛してもらいたいですし、ファンの方に愛してもらえている様子を見ると嬉しくなってきます」

栗山 「以前から自分の街にみんなで盛り上がれるアイドルがいるといいなと思っていました。八弥ちゃんは私にとって推し上げている途中ですね。いつの日かアイドルとしてステージに立つことを目指して、その修行中なんです」

野口 「お二人のお話を伺っていると、設定やイラストの枠を飛び出し、実際に八弥ちゃんが生きていて、同じ時間が流れているように感じます。なにをきっかけにして、魂が宿るのでしょうか」

栗山 「間違いなく、独自のストーリーがあるとキャラクターは動き出します。そしてストーリーが根ざすと、全く知らない人にも興味を持ってもらえるようになります。三笠軒では料理にストーリーをのせて提供していまして、お客さんにとって新しい体験になるよう考えています」

杉山 「ストーリーという点で、オリジナルの八弥ちゃんを作っているところは、それぞれのバックボーンが組み込まれています。その歴史だったり強みだったり推しポイントだったりをもとにして作っているからこそ、各施設独自の表現をしていけます。

そしてなによりやっている私たちがそれを楽しんでいるんです。これまでも色々な取り組みは行ってきましたが、『プロジェクト88』は頭一つ抜けています。ファンの方の反応もいいですし、そこがモチベーションにもなっています。大変なことも当然たくさんありますが、色々な施設でも、皆さん楽しそうにやっていらっしゃいますよ」

野口 「塩原温泉もその筆頭として『温泉むすめ』が全国で盛り上がっていることで、他の温泉地が競合になることはないのでしょうか?」

杉山 「競合になるのではなくて、色々なところに足を運ぶルートが増えていくのだと思います。新しく取り組みを始める温泉地が増えても、元々あったルートに組み込まれたり、ルートそのものが増えたりしていくのではないでしょうか」

栗山 「競合をするからこそサービスが高まっていきますし、私はどんどん競合すればいいと思っています。三笠軒で出す料理も、ファンの方々がパネルと一緒に写真を撮ってSNSにアップされるので、常に他のところのものと比べられる状況にありますから、気が抜けません」

杉山 「そもそも塩原温泉の中で考えても、カフェが横に三軒並んで、みんな『とて焼き』をだしたりしています。競い合うことは別に悪いことではないんです」

栗山 「そうした競合から生まれる試行錯誤の先だからこそ見えてくるものや、できることがあると思います。そしてこれが温泉地の単位になると、『温泉むすめ』のキャラクターや各温泉地での取り組み方がその土地を代弁してくれているんです」

地域活性の在り方

▲塩原温泉郷の魅力を1枚にまとめたマップ

野口 「『温泉むすめ』プロジェクトのテーマは『地域活性』です。お二人の考える『地域活性』とはなんでしょうか?」

杉山 「若い人が自由に動けて、働き甲斐をもって働ける場所になることだと私は思います。だからこそ、地域でなにかを行うときに若い人がメンバーの中にいることも大事になってきます。『プロジェクト88』でも、最初は渋っていた女将さんを、若いメンバーが説得してパネルの設置につながったこともありました」

栗山 「街のファンを増やしたり、旅行者を通して地元で紹介してもらったり。そういった『関係人口』が注目されていますが、リアルな『地域活性』は、実際に現地で働いてくれることなんだと思います。この三笠軒も移住者である私が開いた店に、新たな移住者のメンバーが加わりました。これこそ『地域活性』ではないでしょうか。

そうして移住者が増えていく背景には、仕事もあるし、家庭を築けるし、その他様々な魅力がある街だと思ってもらえることが大切です。『温泉むすめ』はそれを伝えるいい入り口になっています」

野口 「栗山さん自身が移住者であるからこそ、見えてくるものもありそうですね」

栗山 「それこそ来たばかりのころは0からのスタートでした。ですが住んでいる方との付き合いの中で、色々なことを教えていただきながらこれまでやってきています。私は料理のテーマに『食泉』というものを掲げていますが、これも塩原温泉に来てからできたものです」

野口 「三笠軒さんは、塩原温泉の温泉水を使って調理した料理が看板メニューだと伺いました」

栗山 「オンセンパッツァを筆頭に、温泉水を用いて調理しています。その温泉水は源泉を持っている方の所にいって汲ませていただいていますが、その温泉には1200年の歴史があるわけです。長い間、温泉を守り続けてきたこと。その財産を移住者である私が分けてもらえること。そういった塩原の人や地の力を、私は料理で伝えているんです」

野口 「栗山さんの出される料理は、それこそが塩原温泉なのですね」

栗山 「地元にずっといた人だと気づけないようなことに、外から来た人間だからこそ価値を見出せることもあります。塩原温泉にはあまりにも多くの素晴らしいものがあって。この土地の素材はまだまだ多すぎるので、すべてを料理するのは大変です。ですがそれをひとつひとつ形にしていきたいですね」

三笠軒では栗山氏だけでなく『温泉むすめ』をきっかけに塩原温泉へ移住してきた西山 翔平氏もスタッフとして勤務されています。

野口 「西山さんはもともと温泉むすめのファンだったと伺いました。とはいえ、移住となるとその決断は難しくありませんでしたか?」

西山 「それはあまり思いませんでした。塩原温泉は皆さんが迎え入れてくれる土地なんです。それを以前から感じていましたので、塩原に移住してみようかな、と」

野口 「『温泉むすめ』のファンであることは変わらずとも、これまでは温泉地に足を運ぶ側だった西山さんが、今では温泉地で出迎える側になりました。その際、意識としてなにか変化はありましたか?」

西山 「これまでは皆さんと一緒に楽しみたいと思っていました。それが今は、どうやったらファンの皆さんに楽しんでもらえるだろうか、に変わりました。それもあって、すごくエゴサーチをするようになりましたね。喜んでくれているツイートを見ると、とても嬉しくなります」

温泉地がつなぐ湯夢色(ゆめいろ)バトン

野口 「『プロジェクト88』が始動してから1年が経とうとしています。お二人にとってはもう1年でしょうか?それとも、まだ1年でしょうか?」

栗山 「色々と濃かったですから、まだ1年しかたってないのかという印象ですね」

杉山 「しかも実際に会ってからだと、実はまだ半年くらいしかたってないんです。それなのにずっと昔からいろいろやっている気がします」

野口 「冒頭で杉山さんが、若い方ともコミュニケーションを取る機会になっているとおっしゃっていました。お二人も年齢が離れたタッグとして、それぞれの役割のようなものはあるのでしょうか?」

杉山 「私は支部長をやっている関係で街や外に顔が利きます。ですから対外的な交渉や外的なつなぎは全部私が行って、栗山さんを始めとした若いメンバーの活動をバックアップしています」

栗山 「『やや乙』を平然と街中で使ったり、祭壇を普及させていったり。プロジェクトに入る入り口も私ですし、八弥ちゃんパネルを一斉展示したイベント『八弥夕(ややばた)』を始めとした企画も担当しています。杉山さんに助けてもらいつつ、私はいわば旗振り役ですね」

野口 「そんなお二人にとって、ここ塩原温泉で八弥ちゃんとの先に見据える未来像はどのようなものですか?」

杉山 「今はそこまではあまり考えられていないですね。もっと知ってもらって、もっと参加してもらってという段階でしょうか。まだまだ、やれること、やらなきゃいけないことが山積みなので、目の前のことを楽しくやっています」

栗山 「いつか、街で語り継がれるような伝説を作りたいと思っています。塩原温泉には『箱の森プレイパーク』という場所がありますが、いまだに塩原の住民の間では30年前に行われたイベントが語り継がれているんです。これは大きなイベントが、それだけ住民にインパクトを残すことの証でもありますし、それを八弥ちゃんと実現させたいです」

杉山 「確かに、塩原温泉を代表するキャラクターになって欲しいという想いはあります。記事で読んだのですが、湯村温泉では湯村千代ちゃんが、地域の子供たちからも「千代ちゃん」と親しまれているそうで。そんな風に街に存在していることが当たり前になって欲しいですね」

野口 「飯坂温泉や小野川温泉などへの視察から始まり、塩原温泉でも『プロジェクト88』として取り組みが花開いています。そこで、これから『温泉むすめ』に取り組んでいかれるであろう温泉地の方々へ、お二人から渡される想いがあればお教えください」

杉山 「まずはやはり、愛情をもって接していって欲しいと思います。そして新しいコンテンツだからこそ、やることに対して押しつけだったり、文句を言ったりせず、若い人に任せられるといいのではないでしょうか。私のような、年齢だったり立場だったりが上の人たちは交渉などに力を使って、なるべく若い人たちの声や気持ちを尊重してあげてください」

栗山 「一人の『温泉むすめ』ファンとしては、色々な温泉地に行ったとき、奉納先が分からなかったり、パネルに会えたり会えなかったりするのを分かりやすくして欲しいなと思います。

そして『温泉むすめ』を通して日本中が一体感をもってバトンリレーのようにつながっていきたいですね。きっと温泉地側だけでなく、ファンの方も含めた『ぽか活動』によって変えていけることがあると思います。そういった声を丁寧に拾っていって欲しいです」

『温泉むすめ』のプロジェクトが始動してからこれまでの間、実に多くの温泉地と繋がりが生まれました。これからも地域からファン、ファンから地域、さらには地域から地域へと渡される想いのバトンを繋いで、さらなる『地域活性』を全国に広げていきます。