◆『温泉むすめ』と共に歩んだ3年間

▲温泉地を散策して実際にその良さを体験した上で情報発信を行うことも担当声優の重要な役目となる

今でこそ多くの温泉地を巻き込み、全国的な盛り上がりを見せる『温泉むすめ』。その端緒を開いたのは有馬温泉であり、弓削 次郎氏でした。

野口 「他の温泉地での前例がない中、有馬温泉ではどのようにして『温泉むすめ』と出会ったのでしょうか」

弓削 「もともとは元湯龍泉閣の當谷逸郎さんに教えてもらったのが始まりでした。聞いた話をもとに調べてみると、他の温泉地は総じて1キャラなのに対し、有馬温泉だけは2キャラいたんですよね。

有馬温泉には金泉と銀泉があって、それぞれが『有馬輪花』と『有馬楓花』というキャラクターになっていました。それを知って、エンバウンドの橋本代表に連絡したのが『温泉むすめ』と有馬温泉の出会いでした」

野口 「その出会いから今に至るまで、有馬温泉として『温泉むすめ』への捉え方には何か変化はありましたか?」

弓削 「もともと『温泉むすめ』を取り入れるときから、かなり見切り発車的な部分があったんです。有馬温泉においても、観光協会などに最初から認めてもらっていたわけではありませんでした。こういったキャラクターコンテンツを使った施策では、お客さんはイベントにだけ単発で来て、イベントにだけお金を落としていく……そんなイメージを持っていましたから。

しかし、『温泉むすめ』のファンの方たちはイベントとは関係のないところでも応援してくれたり、泊りに来てくれたりします。そういった結果が出てきたので、徐々に街からも認められるようになりました」

野口 「有馬温泉では、すき焼きを食べながらのイベントを行ったり、『温泉むすめ』のラッピングトライクが貸し出されていたり。取り組み自体が新しい『温泉むすめ』プロジェクトの中でも、さらに先進的な挑戦を続けていらっしゃいますよね」

弓削 「皆さんの想像を飛び越えて『そうくるか!』という声や反応をもらえると、やってよかったなと思います。それを考え続けるのは、本当にしんどいですけど(笑)。有馬温泉には多くの人を一か所に集められるスペースがありません。だからこそそれを逆に生かして、他のところでは考えつかなかったようなイベントをつくっていきたいです」

野口 「有馬温泉でのそうした取り組みが始まってから、はや3年が経とうとしています。そのころと比べて、全国で温泉むすめが広がってきたことは、どのように思われますか?」

弓削 「やっぱり、広がっているのはすごく嬉しいですね。実は最初は、ここまで広まるとは思っていなかったんです。けれどエンバウンドさんをはじめとして各地の温泉地さんなど、努力をした人がたくさんいたおかげでここまで来たのだろうと思います」

野口 「いろいろな温泉地に広がったからこそ、新しい取り組み方も多く見受けられるようになってきました」

弓削 「最近では若い人たちが集結して、一斉に取り組みが始まる温泉地も出てきました。ですが、それを真似したくてもできない温泉地もあります。有馬温泉にできないことがあったり、有馬温泉だからできることもあったり。温泉地によって、それぞれ事情は異なりますので、それぞれの温泉地にあった取り組み方が大切なのだと思います」

◆『温泉むすめ』のキャラクターとキャストと温泉地の関係

有馬輪花、有馬楓花の有馬姉妹は神戸市公認キャラクターに就任しているほか、それぞれのキャラクターボイスを担当している本宮 佳奈(もとみや かな)さんと桑原 由気(くわはら ゆうき)さんは有馬温泉特別観光大使を務めています。

野口 「キャラクターとしての有馬姉妹と、その担当声優としてのおふたり。『温泉むすめ』において、それぞれの関係はどのように捉えているのでしょうか?」

弓削 「そこはあえて分けて考える必要はないと思っています。私自身、キャラクターに対しても愛情を持っていますし、声優のおふたりに対しても他のタレントさんより一歩深く応援をしています。

これはお客さんの側でも同じで、キャラクターが好きな方もいれば、声優さんが好きな方もいらっしゃいます。いずれにせよ、いろいろな方に対して有馬温泉としてのアプローチができているのかな、と思います。そういった全体としての『温泉むすめ』なのではないでしょうか」

野口 「つい先日には、本宮さんと桑原さんを有馬温泉のポスターに起用されています。温泉地においてはキャラクターでの活用が多い『温泉むすめ』の、新たな可能性を見たように思います」

弓削 「広報を行うにあたって『温泉むすめ』のキャラクターだと、見てくれる人はある程度限られてきます。そこで、リアルな存在として若い女性の方が散策しているポスターにすることで、偏らずに幅広い世代の方に見てもらえるのではないかという狙いがありました。

いざやってみたらファンの方からの反応も良かったですし、おふたりが写真撮影をとても楽しんでやってくださったと聞きました。やってよかったなと思います」

野口 「声優のおふたりと有馬温泉の話題はTwitterなどをはじめ、『温泉むすめ』とは直接の関わりがないところでも見かけます」

弓削 「温泉むすめ以外の観光大使は、名前だけになっているケースも多いですが、本宮 佳奈さんと桑原 由気さんは、有馬温泉のために協力できることはないかと真剣に考えてくれています。

たとえば『あつまれ どうぶつの森』というゲームで、有馬温泉を再現してくれたことがありました。ここに金銭は発生していませんし、つくってほしいとお願いもしていないのにです。

他の温泉地さんを見ていてもそうですが、『温泉むすめ』の声優さんは、温泉地を推してくださる方が多い印象です。温泉地としても私としても、そういった気持ちに応えて、恩返しをしていきたいと思っています」

◆『温泉むすめ』がつくる「さまざまなつながり」

▲弓削氏が旗振り役として形になった三温泉地(定山渓・秋保・有馬)連携キャンペーン

『温泉むすめ』が起点となって、いろいろな温泉地同士のつながりが生まれています。

弓削 「これまで深い関係になかった温泉地の方ともお知り合いになりましたし、仲良くもさせてもらっています。同じ兵庫県に位置していることもあり、湯村温泉の朝野拓磨さんとはプライベートでの交流も生まれました」

野口 「定山渓温泉・秋保温泉・有馬温泉で行われたキャンペーンなど、距離を飛び越えた施策にもつながっていますよね」

弓削 「やるからには単に自分たちの温泉地でトークショーやイベントを行うだけではなく、いろいろなところと協力していきたいです。やっぱり多くの人と関わっていく上で、それぞれが幸せになってほしいですから。そして、この温泉地の輪の中にはファンの方もいます」

野口 「お客さんとしておもてなしをすることに変わりはないけれど、ただの『お客さん』ではなくなりつつあるのでしょうか」

弓削 「ファンの方たちの持つ、不思議な想いのようなものがあると思っています。温泉地を応援してくれたり、気にかけてくれたりと、その形はさまざまです。

新型コロナウイルスで、有馬温泉にまったく人がいなかったとき、最初に来てくれたのは『温泉むすめ』のファンの方たちでした。それこそ緊急事態宣言が解除された直後も、近くに住んでいるからと様子を見に、顔を出してくれたんです。涙が出るほど嬉しかったです」

野口 「温泉地をひとつの場として、ファンが集まり、いろいろな交流につながっているのですね」

弓削 「有馬温泉だったり、他の温泉地だったりに『温泉むすめ』はいます。けれど、それ以外のことも見ていってもらう。見ていってくれる。『温泉むすめ』は総じて背中を押してくれるコンテンツなのかもしれません」

野口 「それは温泉地側と、ファンの側と、両者の間に尊重しあう気持ちがないと継続は難しいように思います」

弓削 「ファンの方も、キャストの方も、他の温泉地の方もそうですね。『温泉むすめ』に関わる人はみんないい人が多いのだと思います。だから積み重ねとして街でも認めてもらえるし、広がっていくのではないでしょうか」

◆広告塔としての『温泉むすめ』の価値

『温泉むすめ』プロジェクトは「Your Japan 2020」キャンペーンにも選出され、訪日外国人観光客に対して日本の魅力を伝える存在となっています。

野口 「日本のアニメコンテンツは、世界でも人気を持ち始めていますよね」

弓削 「今や日本のアニメは世界への影響力を持った、日本の武器になっています。『温泉むすめ』を取り組む上ではどこの温泉地も、少なからずインバウンドのお客さんを意識していた部分はあると思います」

野口 「インバウンドに向けた『温泉むすめ』とはどのような位置づけになるのでしょうか」

弓削 「まずインバウンドのお客さんを呼ぶためには、何より海外の方に日本を選んでもらう必要があります。そうでなければそもそも日本に観光客が来ません。そしてその次には、温泉に入りたいと思ってもらう必要があります。行き先の選択肢に温泉がなければ、温泉地に来てくれません。

ここで温泉地という選択肢を持ってもらうために、温泉地が一緒のコンテンツを盛り上げて形づくる。それが『温泉むすめ』なんだと思います」

野口 「まず温泉に来てもらうために『温泉むすめ』が案内役になるのですね」

弓削 「『温泉むすめ』は日本の温泉文化を伝えていく手段なんです。日本の伝統的なモノとアニメや漫画。これらには接点がなさそうで、実は意外とあるんです。『温泉むすめ』を通じてわかってもらえることは多い気がします。そうして温泉を知ってもらって、行き先の選択肢に入ったならば、そこから先は各温泉地の勝負になります」

野口 「ただ、昨今の情勢を鑑みれば、インバウンドが回復するのは、もうしばらく先のようにも思われます」

弓削 「そうですね。当分はインバウンドのお客様は期待できないと考えておくべきでしょう。しかし温泉地を選んでもらうまでの過程は、国内の観光客にも当てはまるんです。有馬温泉の一番いい季節は秋ですが、それは10月と11月ごろにあたります。

この時期は学校がありますから、お子さんのいるご家庭は動きづらいですし、会社に行かなければならない方には平日の旅行は難しいです。『温泉むすめ』のファンの方たちに触発されて、フットワーク良く動いてくれる方がもっと多くなっていくといいな、と思います。これが今後、もっとフラットにアクティブになっていってほしいですね」

野口 「『温泉むすめ』の活動が、『温泉むすめ』の外側にも影響を与えていくのですね」

弓削 「『温泉むすめ』に関わるすべての人に、温泉地の広告塔になって広めてもらう。『温泉むすめ』を通して温泉を知ってもらって、その先が勝負なんです。だからこそ温泉地側としては『唯一無二の旅行になったな』と思ってもらえるような、出迎え方をしていきたいと思っています」

一歩一歩、温泉地の方々と共に試行錯誤を繰り返してきた末に、『温泉むすめ』の今があります。今後もさらに多くの温泉地の方と共に悩み、考え、継続的な地域振興を実践し続けていきます。