先進AI技術研究に求められるのは長期的視点。仕事や技術に対して誠実に向き合う
──現在の仕事の内容について教えてください。
私が所属するのは、ATR(先進技術開発)という組織で、10年後のイノベーション実現を目指す技術開発組織として2022年の4月に設立されたばかりです。中でも私は、先進AI技術研究に関わる部署(AAITR)で、医療製品向けのAIに関するプロジェクトに携わり、“説明可能なAI”という技術分野、わかりやすく言うと、ユーザーからより安心して活用してもらえるAI開発を実現するための技術を担当しています。
説明可能なAI技術開発には、技術リーダーとして二人のメンバーと共に取り組んでいます。AI技術を実装・運用するためのインフラ技術の導入や開発にも携わっているため、他部署と協力して進めることが多く、常時20人ほどで活動しています。
私の仕事は、主に技術探索です。ロボット制御や画像認識に関するAIの最新研究や論文を調査してまとめたり、プログラムやツールを実際に動かしてデータの解析をしたりしています。最新動向の把握に努めつつ、その中からわれわれの事業に役立ちそうなものを抽出し、適応方法を検討・模索しています。
また、メンバーに依頼している業務の進捗確認や、上司に報告するためのドキュメント作成、他チームとの窓口としての役割も、リーダーである私の仕事の一部です。
──仕事をする上で心がけていることはありますか?
先進技術研究には長期的視点を持つことが欠かせません。しかし、先のことは誰にもわかりません。現時点で入手できるごく限られた情報からさまざまな仮説を立てることでしか未来を語ることができない以上、将来のために今何をすべきかについてさえ、確実なことは言えないと考えています。
そんな中、本当に重要なことを識別するためには、常日頃から仕事や技術に真摯に向き合い、ある種の嗅覚や感度を鍛えなくてはなりません。具体的には、アンテナを高く張って最新技術や業界の動向に関する情報を収集し、それを実現・分析できるスキルに磨きをかけることが大切です。担当する分野に対して自分がどれだけ誠実でいられるかにかかっていると思っています。
人に価値あるものを提供したい——ソフトウェアの可能性を信じ、オリンパスへ
──学生時代に学んだこと、オリンパスに入社された経緯について教えてください。
学部時代は、情報や電気、分子生物学など複数の分野を学び、自己学習ロボットの開発を研究。生物や情報、とくに神経科学に興味があったことから、修士過程に進んでからは、脳の運動制御の機序解明を目指し、脊椎の神経伝達を可逆的に遮断する実験装置の開発をしていました。どちらも、指導教官から提供されたアイデアをもとにゼロから自分でテーマを立ち上げて研究しています。また、神経系の学会に所属してさまざまな勉強会や研究会に積極的に参加。全国のトップレベルの研究者や学生と交流を持てたことは、大いに刺激になりました。
卒業後、そのまま大学に残ることも考えましたが、学生時代に学んだ知識やスキルを活かして社会貢献したいと考えるようになり、医療機器メーカーで働く道を選びました。ちょうどそのころ、祖父を胃や大腸のがんで亡くしたことも、その決断に影響しているかもしれません。
ソフトウェアをやっているときのほうが楽しかったですし、いずれソフトウェアの時代が到来するとの信念もありました。医療機器メーカーの中でも、オリンパスソフトウェアテクノロジー(現在のオリンパス株式会社)に決めた理由はふたつ。事業所に案内してもらって社内の雰囲気に好感を覚えたことと、上流だけでなく下流の工程にも関われることが入社の決め手になりました。
──入社からこれまでどのような仕事をしてきましたか?とくに苦労したことややりがいを感じた体験とあわせて教えてください。
入社後は現在の部署の前身である画像処理を担当するグループに配属され、要素検討用の顕微鏡や内視鏡の制御・画像処理ソフトの開発に携わりました。4年目、事業部のソフト開発部門へ異動になり、製品開発プロジェクトのメンバーとして産業用顕微鏡アプリ開発に参加しますが、それまでの仕事のやり方がまったく通用せず、あまりの文化の違いに驚きました。たとえば、研究段階では、検討開始からの進展や今後の課題を報告して幕引きとなることが多いのですが、製品開発では、計画された機能・品質の目標必達が求められます。設計・実装に対する度重なるレビューはもちろんのこと、想定外の問題が発生するたびに、遅れを取り戻すためのハードワークが必要でした。
問題を解決するために、ソフトウェアだけでなく、ハードウェア(電気、機械、光学)やアルゴリズムなど、たくさんの関係部署の方々とやりとりが必要で、一時、関係がぎくしゃくしたときもありました。しかし、それぞれ関係者の考え方、想いを汲み取りながら、最終的に製品のリリースに漕ぎ着けたときは本当に嬉しかったです。想像以上の激務でしたが、大きな達成感を味わうことができました。
AI開発案件の立ち上げに参画。ユーザーとの信頼関係がオリンパスで働くやりがいに
──先進AI技術開発に戻る前後での医療AIに関する実績について教えてください。
以前の部署でソフトウェア開発をしていたときも、業務時間の10%や業務外の時間でAIやIoTなどの検討を製品PJとは別に行っていました。当時発売が話題になっていたマイコンボードを用いて、スマホからクラウド経由で制御するロボットをハッカソン活動として開発したり、製品から収集したログから不具合やニーズを自動検出する検討を行ったり、最新技術の製品実装を目指した活動をしていました。
また、ソフトウェアにAIの機能を組み込んだ顕微鏡をつくって発表したこともあります。当時は、深層強化学習を用いたAIと囲碁のトップ棋士との対戦が話題となる前後でした。DeepLearningの技術については、今の部署のメンバーが、学会で話題になっていることを知り再現を行っていたので、ノウハウを持っていました。それ以前も画像処理としてGPGPUを活用していたので、DeepLearningを動かす素地がありました。世間で人工知能が話題になる以前から、社内の上層部に対してAIの有用性や可能性の認知を促す活動をしていました。
その後、製品開発が一段落したタイミングで現在の部署に戻り、内視鏡検査における病変等の検出AI開発の立ち上げに携わることになりました。当時は、AIを検討するためのデータも目指すべきコンセプトも明確でなかったため、全国の病院施設をまわってデータ収集に協力しながら、開発すべきAIの仕様についてドクターと議論する機会を得ることができました。たとえば、発見が非常に困難と言われている病変の検出について、議論の成果をもとに、AI開発の方向性を固めていきました。
先進AI技術開発のメンバーの多くは他部署からの異動者です。医学系研究に関する倫理指針や個人情報の取り扱いなどに詳しい方や、コンシューマー系の製品でプロダクトリーダーを務めてきた方など、それぞれが得意とする分野で協力し合い研究を立ち上げていきました。
そうしてデータ収集が軌道に乗り始め、AI開発を本格化させようとした矢先に新型コロナウイルス感染症が蔓延しました。在宅勤務となり、施設への訪問ができなくなるなど大きな影響がありましたが、すでに導入していたプロジェクト情報管理ツールやチャット機能を活用することで、在宅での開発体制を再構築できました。引き続き、薬機法の製造販売承認申請に向けて事業部やドクターとの連携体制を維持し、2021年にわれわれの部門が担当するミッションを完遂することができました。
一応の区切りをつけられたことに、大きな充足感を得ていますが、個人的にはさらなる精度向上や、機能拡張など、まだまだやり足りないと感じている部分があり、引続きドクターの皆様と共にさらなる高みを目指したいというモチベーションは今なお持ち続けています。消化器の病変検出AI開発も順調に進んでいます。苦労の多いプロジェクトですが得られるものも多く大きな充足感を得ています。
──どんなところにオリンパスで働く魅力、やりがいを感じていますか?
入社当時から一貫して感じているのが、ドクターをはじめとするユーザーからのオリンパスに対する期待と信頼の大きさです。とくに、内視鏡AI開発では、多くの内視鏡医の方々にご協力いただきました。多忙な中、毎月のように打ち合わせに時間を割いていただきました。スペシャリストを相手に仕事をすることで、緊張感はいつも覚えていますが、ユーザーの皆さんもこちらをスペシャリストとして向き合ってくださるので、そこで得られた信頼関係の中で働けることが、オリンパスの醍醐味です。われわれが大切にすべき、最も重要な財産のひとつだと考えています。
また、グローバル化が急速に進んでいることもオリンパスの魅力です。先進AI技術開発はバイリンガル、トリリンガルのメンバーや、外国籍のメンバーも一つのチームで取り組んでいます。英語の打ち合わせに呼ばれることも多く、世界に通用する、真に競争力のある企業に生まれ変わりつつあるのを感じます。イタリアに住みながらベンチャーで働いていた人、自動車メーカーで働いていた人など、経験豊富なメンバーが多いのも当部署の特徴。尖った人材が多く、日々、刺激を受けていますが、そのぶんマネージャーは大変でしょうね(笑)。
仕事に対して、本当に価値があるものに忠実であるために、議論を交わすことをやめない
──仕事をする上でご自身が大事にしていることはありますか?
今から10年ほど前、新しいことに挑戦したり、自分が正しいと思うことをしたりしようとしても思い通りにいかず、ひどく悩んでいたことがありました。前例にのっとって、依頼元の指示通り仕事をこなせば丸く収まりますが、そうすることにどんな価値があるのかと考え込んでしまったんです。 そんな中、たまたまネット上で見つけたのが次の一節でした。
「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ、半分の人には嫌われるように積極的に努力しないと良い仕事はできない」
20世紀に活躍した実業家 白州次郎のこの言葉に勇気をもらい、今も自分の行動指針になっています。前例のないことをしようとしたり、自分が正しいと思うことを主張したりすると、その場では煙たがられたとしても、後々になって「こっちのほうが良かったね」となると思っているんです。仕事に対して誠実であるために、本当に価値があるものに忠実であるために、徹底的に議論を交わすことを大事にしています。
──今後の展望を聞かせてください。
学生時代から医療機器やAIの開発に携わりたいと思っていたので、現在の業務や役割にはとても満足しています。今後は、ユーザーからますます信頼されるような、本当に価値のある機能をタイムリーに実現していきたいですね。同時に、10、20年後も最前線で活躍できるような人材になれるよう、社会のニーズや問題点に興味を持ちながら、自分の技術に磨きをかけていきたいと思っています。