アメリカへ駐在する唯一の機関士に抜擢──未知の世界に心の99%はワクワク!
「ロサンゼルス駐在になります」と言われたときにはもちろんびっくりしました。
海上勤務とも、以前経験した船舶管理会社(※1)での陸上勤務とも大きく異なる仕事内容であることは容易に想像ができました。現地の環境には順応できるのか。生活を支えてくれている妻にはなんて伝えようか。いろいろな考えが頭をよぎりました。
それと同時に、今まで自分が培ってきた知識や経験をどのように活かすことができるのか、未知の舞台に胸が躍ったのを覚えています。アメリカに駐在する唯一の機関士として会社からの期待に応えなくてはいけない不安もありましたが、心の99%はワクワクでしたね。
ロサンゼルスでの生活も早一年半になりましたが、2023年4月現在は北米・中米・南米を合わせた地域の環境規制対応を主たる業務としています。具体的には港湾内での排気ガスの排出規制や環境に配慮した船舶の優遇プログラムの調査、LNG(※2)をはじめとする次世代燃料の調査といった業務が挙げられます。
また北中米に入港する自社船の品質改善や、事故防止活動といった船会社本来の責務も大切な仕事の一つです。カリフォルニアは「環境先進州」であり環境保護意識がとても高いエリアなので、この地域で生まれた技術や考え方、法規制がこれから世界にどんどん拡大することは十分考えられると思います。日本郵船が日本をリードする海運企業としてこれからも世界で闘っていくために、現地でインプットした最新情報や考え方をどうすれば効果的にアウトプットすることができるかいつも考えています。
責任の大きな仕事を任されているからこそ、オンとオフの切り替えも大切にしています。休みの日はビーチや公園で子どもと遊ぶことが大好きです。妻も最初こそ戸惑いがありましたが、今では生活にも慣れてきましたし、子どもがだんだんと英語を喋れるようになっているのを見るのが最近の楽しみですね。あらためて振り返ると、仕事もプライベートもとても充実した日々を送れています。ここに関しては家族と会社にとても感謝しています。
※1 船舶管理会社:船舶の所有者から委託を受けて、船舶の保守、運航管理や船員管理業務を行う会社
※2 LNG:天然ガスを-162度まで冷却し液化させたもの。天然ガスは石炭や石油に比べ、燃焼時に大気汚染等の原因となる物質の排出が少ないためクリーンなエネルギーと言われる
成果主義の国で直面した言葉の壁──乗り越えるため大切にしていること
賛否はさておき、世界一の経済大国アメリカでの働き方は成果主義が前提にあります。
「どの会社で働いているか」や「どの学校を出たか」「どの役職にあるか」といった背景より「あなたは何ができるのか」によって人物が評価されます。評価次第では突然「明日から来なくて良い」と言われることはアメリカ企業では実際にありえる話です。
私のような駐在員は会社に守られてアメリカで仕事をしていますが、そんな成果主義の中を生き抜いている現地スタッフと同じオフィスで働いていると、やはり「それ以上の働き」と「それ以上の成果」を挙げなければと思います。そういった意識と覚悟を持って働く姿勢を見せることが、彼ら、彼女ら(現地スタッフ)をリスペクトしている一番の意思表示になると考えています。
その上で苦労することはやはり言葉の壁ですね。1対1や少人数であればそう苦労はしませんが、国際会議や公的機関との会議など、数十人が参加する場ではそうはいかない。議論が飛び交う中、理解し、考え、自ら発言していくことが求められると、どうしても半歩遅れてしまうことが今の課題だと思います。
海外で暮らすことが初めての自分が同じ土俵で闘っていくためには、とにかく日々の勉強が欠かせません。反復的な学習は勿論ですが、最近は慣用表現の勉強に取り組んでいます。
頭に入れた次の日には極力使ってみるようにしているんですが、「そんな表現知っているの?」と驚かれてグッと心の距離が近くなるのを感じます。みなさんも、日本で出会う外国人観光客の方が、日本の四字熟語やことわざを上手に使っているのを耳にすると親近感が生まれますよね。とにかくどんな手段でもいいので、今後に向けて良好な関係を築き、高いアンテナを張り続けるための努力をしています。
また、言語的に不利な面がどうしてもあるので、余計な誤解を生まないためにもまずは正面から意見を受け入れることがビジネスの第一歩だと考えています。会話を遮らずに目を見て話を聞き、目の前の人が何を考えて何を伝えたいのか汲み取る。その上でしっかりと自分の意見を言うときは言う。海外でも船でも、一人では仕事が回らないのは当たり前で、良好なコミュニケーションが質の高い成果を生むのだとあらためて実感する毎日です。
日本郵船史上初、一大プロジェクトへの挑戦──重圧の中で得た多くの気づき
アメリカで一番印象に残っている仕事は、日本郵船のLNG燃料で走る自動車専用船が、初めて国外でLNG燃料補給をする作業にアテンドし、無事完了させたことです。
LNG燃料船の普及はまだ初期段階であり、LNG燃料の補給も前例がほとんどありません。また、燃料補給地も限られているため、LNG燃料船は走れる航路に制約があります。そこで半年以上前から、アメリカでの補給地調査のために実際に現地へ足を運びLNG燃料の供給元となるサプライヤーと技術的な情報を擦り合わせ、今度はそれを東京の営業部門やシンガポールの船舶管理会社に反映する行程を何度も繰り返しました。また、港湾局や保安庁、そのほか利害関係者などとの会議も非常に印象に残っています。
「絶対に事故を起こすわけにはいかない」という重圧と、LNG燃料船の航路拡大を担う責任感はとても大きかったです。とくに、日本郵船の安全基準と現場(アメリカ)の安全基準の違いから生まれてしまう双方の意識の差を解消することは船の安全に直結します。そのため、現地の人とのコミュニケーションでは一切気が抜けませんでした。本番は自分が調べて改善を提案したことが多々採用されており、日本郵船の機関士として半年間取り組んできた実績が証明されたようで、すごく嬉しかったですね。
しかし、一度成功したところで安心するわけにはいきません。成功の裏で改善点もたくさん見つけることができました。やはりそれは安全に関しての着眼点や注意しているポイントが日本とアメリカでは全然違うといった認識の違いに起因するものが多く、言い換えればコミュニケーションによって改善をめざせるものがほとんどでした。事故を起こさないことを誰もが最優先に考えているからこそ、「私たちが考える最善」と「相手が考える最善」を両方捉え、自分がなぜこう考えるのかを正確に伝えることが必要になります。
自社の安全意識や作業手順を社外の人に浸透させるのは、とても難しいことです。やり方を押しつけることで相手を不快にさせてしまうと、それは安全な作業から遠のいてしまいます。
相手をリスペクトして、何を考えているのか受け止め、理解した上で最高の成果を引き出すために僕にできることはなにか。常に考えることを止めずに、正しい知識を身につけ、一つひとつ地道に取り組む姿勢が何より求められているのかな、と思います。
機関士って楽しい!──後輩に伝えたい仕事のおもしろさと将来の可能性
アメリカ駐在中の目標は、自分のような「機関士」というバックグラウンドを持った人の可能性を証明することです。アメリカでなんとか働いていますが、まだまだ満足のいく成果は出せていないと思っています。自分の抱える案件をうまく処理しきれていないのはたしかで、それを改善していく過程で機関士の重要性をもっとアピールしたいですね。
そのためには、社内のみならず社外においても関係各社から「船のエンジンのことだったら日本郵船の斉藤に聞けば良い」と、言われるくらい存在感を出したい。そのレベルに達したいし、今後のためにもそういう関係を対外的に築いていきたいと思っています。
あとは、アメリカで働くことにどんどん没入していくと、自分が今まで生きてきた人生とは全く違った視点や知識が身の回りに溢れていることに気がつきます。アメリカナイズされるっていうと少し大げさですが、それらを積極的に自分に取り込むことで、将来日本郵船にプラスをもたらしたい。日本郵船をさらに素晴らしい会社にしたいなと思います。
今後、船に(海上勤務に)戻った際は機関部をマネージメントする立場になります。そのときは機関士の業務の魅力と将来の可能性を示して、そのおもしろさに気づかせてあげられるような上司になりたいと思います。機関士の活躍できるフィールドは海上・陸上と多岐にわたります。船上で普段行っているエンジンの保守や整備だけに限定されるものではありません。
また、これは機関士というより「若手船乗りあるある」だと思うのですが、海の上で仕事をしていると自分の成長が見えづらく、世間から置いていかれていないか不安に陥ることがあるんです。でも実際はそんなことはなくて、見えていないだけ。
そんなときに僕の経験を基に「今、船で経験していることは今後の日本郵船や社会にとって非常にニーズの高い知識で、たくさんの可能性を秘めているんだ」と道を示せるような、そんな人材になりたいですね。