就職はゴールじゃなく、スタート

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▲船長と上陸する際に撮影した写真(本人:写真左 2015年7月)

高校生の時に自分の進路について、将来世の中に必要不可欠な職業というか、世の中から必要とされつづける職業に就きたいと考えていました。今風にいうと、must haveな職業ですね。島国である日本の経済を支える外航船の船乗りという職業は自分にピッタリだと思いました。

高校卒業後に商船系大学(※1)に進学してからは、海運業界のリーディングカンパニーであるNYKの航海士として世界を股にかけて働きたいという強い気持ちを持っていました。

NYKの航海士としてキャリアをスタートして、しばらくすると思わぬ機会が舞い込んできました。DPS(ダイナミック・ポジショニング・システム)(※2)という特殊な技能を持つ、Knutsen NYK Offshore Tankers (KNOT)社のシャトルタンカー(※3)の技能を習得する目的で、若手航海士の社内募集があったのです。

募集を目にした途端、新入社員研修で聞いた海洋事業グループの事業説明がとても魅力的だった事を思い出しました。そして、会社が取り組む新しい挑戦に自分も当事者として参加してみたい、シャトルタンカーに乗船し、今までのNYKにはいなかった新しい知見を持った航海士として活躍したいという思いから、「やりたいです」と即答しました。

この募集は自分以外に適任者はいないだろうという根拠のない自信がなぜかあり、今思い返せば、無駄に勢いがあり、若かったなと感じています(笑)。 

※1 商船系大学:海事・海洋に関する専門的な教育・研究を行う大学のこと。

※2 DPS:Dynamic Positioning System の略。気象・海象が絶えず変化する大洋上で、エンジン・舵・スラスターを使って船体を制御し、10㎝単位で船を定点に保持するシステムのこと。

※3 シャトルタンカー:別名フローティング・パイプラインとも呼ばれる。海底油田上にあるFPSO(浮体式海洋石油・生産貯蔵積出設備)などから洋上で定点保持したまま原油を積み込み、陸上にピストン輸送するためのタンカーのこと。洋上で定点保持をする際にDPSを使用し船体を制御する。

NYKの外だからこそ見えたモノ

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▲研修終了後にノルウェー人船長・研修所の講師とともに撮影した一枚(本人:写真左 2018年12月)

シャトルタンカーに乗船してからは、何事もこれまで乗船したNYKの船と比べながら、今学ぶべきことを貪欲に探し続けました。KNOTとは会社規模も異なっていたので単純には比較できませんが、NYKでもすぐに取り入れ可能なものがあることに気づけたのは非常に有意義でした。反対に、KNOTにはないNYK独自の工夫もあり、当時乗船した船にも活用できないか試行錯誤を重ね、実際に導入した実績も積み上げてきました。

一例としては、船を運航する際に欠かすことのできないSMS(※4)がどのようなガイドラインや法律を元に作成されているかという事について改めて考えさせられたことです。

NYKのSMSはそれ一つで完結するように設計されており、他の資料を参照しなくても業務遂行できる反面、根拠となる国際ルールや業界ガイドラインに対するユーザーの理解が甘くなりがちでした。

一方でKNOTのSMSは基本的に業界のガイドラインをベースに作られており、何を参照として作成されているかが明確に記載されているため、SMSの根拠を自分で簡単に調べて業務にあたることができました。

業界のガイドラインは刻々と変化し続けているため、NYKのSMSで定められているルールが全てではなく、そのルールがどのガイドラインを参照したものなのかを理解する必要があります。

NYKの海技者は、陸上勤務になると今度は自らそのルールを見直して更新し、不要となったルールを削除し、新しいルールを策定しなければなりません。そのためには、常日頃接しているSMSの裏にあるガイドラインを意識し、アンテナを高く張り続けることが非常に重要だと感じることができました。

他にKNOTでの経験で大きな気づきとなったのが、船長・各航海士が荷役・航海に関し、それぞれ経験に差があるにも関わらず、自らの職位を超えて皆同じ目線で自分たちの意見を出し、議論していたことです。

私が入社してすぐの頃は、自身の職責を果たすことに必死になってしまう事が多く、視野が狭かったかなと今でも反省しているくらいなのですが、KNOTでは同じ船で働く仲間全員が上昇志向を持って、常により良いパフォーマンスを発揮するために熱く活発に意見を出し合っていました。

船内ではシニアオフィサー(※5)が雰囲気を作っていくのが一般的ですが、私も将来は同じ目線で議論ができる船内環境を創りたいと思うようになりました。部下の悩みや課題に耳を傾けてあげたい。部下が意見・意思を持って自ら改善に向けて頑張れる職場にしたい。KNOTでの経験を経て私が今目標にしているのはそんな船長です。

※4 SMS:Safety Management System 安全管理マニュアルの略。船の安全運航・環境保全業務を遂行するために各会社によって作成されたマニュアルのこと。

※5 シニアオフィサー :船長・機関長・一等航海士・一等機関士のこと。

なぜ私がESG?配属部署唯一の海技者として、考えている事

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▲日本人としては初めてDNV認定のDPOライセンス最終試験に合格(本人:写真中央 2016年8月)

2021年現在は、ESG経営推進チームに海技者として勤務し、ESG経営をNYKグループ全体で取り組むために、社員一人一人に対してそのきっかけを提供しています。サステナビリティ イニシアティブチームも兼任し、社会課題を解決し、事業化の芽を創出する活動をサポートする仕事もしています。

ESGストーリーを掲げ、舵を切って進む姿を間近で見ていると、やはり大きな時代のうねりを感じます。海技者としてのESGとは何か。私自身にできる事を必死に模索していますが、最近は必ずしも新しい取り組みを探し続ける必要はないと感じ始めています。

船上において一人一人が自分の持ち場で今の仕事を見つめ直し、改善できそうな事は積極的に改善していく。初めから大きな事を成そうとするのではなく、身の回りにある小さな事でも「何か自分にできることはないか」と探す姿勢こそがESG経営を実現する一つのきっかけであり、とても大切にすべきことだと思っています。

例えば、船に乗っている三等航海士は救命設備や消防設備の点検を行います。そこで今一度、その業務を見つめ直し、何故この点検が必要なのか、この点検がどのように乗組員の安全に寄与しているかを意識すると、仕事のやりがいが見えてきます。

結果的に、現場の3M※6削減につながり、働きやすい職場・大きな意味でのESG経営の実現につながるのだと思います。

※6 3M:ムリ、ムダ、ムラのこと

NYK海技者のあるべき姿、若手に伝えたい想いとは?

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▲KNOTでの初ドック、NYK高山一航士(2009年入社)と共に一枚(本人:写真右 2017年10月)

NYKは海運業界のリーディングカンパニーとはいいますが、改善が必要な点は多々あるように思います。井の中の蛙とならないよう、様々な意見を取り入れることは非常に大切です。学ぶ姿勢を忘れず、社会人になっても現状に満足しないマインドを持つ。取り巻く環境の変化に敏感に対応することが益々重要になっていると思います。

若手の方々には、自分の置かれた状況でベストを尽くすという姿勢を忘れずに高みを目指してほしいです。自分に限界を作ってしまっては、成長はありません。

私も若手のころは自分の経験則で「これはこうだ」と決めてしまうこともありましたが、今では一歩引いて、問題を俯瞰し冷静に状況を把握すること、現状に満足しないことを意識するようにしています。

船内の雰囲気にしてもそうです。雰囲気を作っていくのはシニアオフィサーであるということは当たり前ではありません。海上勤務に戻った際は、積極的に乗組員とコミュニケーションを取りながらフラットな目線で乗組員の意見をしっかり聞くこと、学ぶ姿勢を忘れないこと。自分に限界を作らず常に貪欲に、日々安全運航に努めていきます。