憧れが突き動かした「航海士」の道──船上における協働力と責任感の重要性
私が航海士を目指すことを決めた理由は2つありまして、1つは父の影響が強いです。
父は、海上自衛官として船に乗る仕事をしていました。私が小さいころ、家族で船に訪船し、船の上で仕事をする父の姿を見ておりました。父が非常に楽しんで船を動かしていく姿を純粋に格好いいと思っていたことが1番大きな理由です。
その中で自衛官になるかというと自分の中では悩むところがありました。しかし、父からの「有事の際に武器を持てるのか」という問いがきっかけで、自衛官は自分がやりたいこととは違うなと結論づけました。
最終的に、自分は船に乗ること自体に憧れがあると気づき、商船であれば自国にも相手の国にも利益をもたらすことができて、格好いいことではないかなと思ったんです。
もう1つは、部活動に力を入れた学生生活を送る中で、集団で何か1つの目標に向かってやることがすごく好きだったからです。
船乗りは、航海士や機関士の方が一緒になって船全体で安全な航海を目指す点で、自分に向いていると思いました。実際に実習ではトラブルなどで、部署関係なく船にいる全員で対処したときがあり、皆で協力して進めていくことの重要性を感じましたね。
実習を終えてみて、初めての船上生活は大変だと感じることも多かったです。しかし、入社前に大変さについては父から聞いていましたので、そこまでギャップはありませんでしたね。
見るとやるのは全然違うので、仕事に対する責任や、自分の操作1つに対する重圧感、船という閉塞的な場所で働くストレスもありました。でも、船でモノを運び、世界中の人たちの生活を支えることができているのは、改めてすごい仕事だと思っています。
初めての社船実習──船の上で学んだ「リスペクトの姿勢」
私は航海士になるため、日本郵船に自社養成社員として入社しました。一年目は座学を中心に船の基礎的な学問を学び、そして二年目からは実際に船に乗る練習船での生活がスタートしました。
船に乗るといっても操船以外に座学もありましたし、船でのさまざまな作業についても勉強しました。
これまでの座学中心の研修では、操船の知識を学ぶことはあっても実際に触ることがなかったので、最初は慣れるまでに時間がかかりましたね。しかし、周りに支えられながらなんとかキャッチアップしていきました。
実は練習船に乗るまでは、自社養成社員として就職後に船乗りを志した人としか交流はありませんでした。
しかし練習船では、ライセンスはとるものの一般就職する方や、他社の航海士になる方などさまざまなバックグラウンドを持つ人たちに出会い、自分の世界が広がる良い機会になりましたね。また海運についてさらに知る上で、良い経験になりました。
そして、半年の練習船期間を経て、日本郵船の船に初めて乗船する社船実習が始まります。
社船実習ではたまたま同期が三等航海士として乗っていました。同じ年度に入社した同期ですが、大学ですでにライセンスを取っていたので、自分たちの一年先の姿をまじまじと見ているような感じでした。
同期の姿を見たことで一年後になるべき理想像が明確になったので、気が引き締まると同時に、あんな風になれるのかなと漠然と不安に感じたことは覚えています。
その後の分散社船実習では、はじめて同期がおらず日本人も少ない中での実習となりました。分散実習では、船内トラブルやアクシデントの際に、航海士だけでは船が回らないということを痛いくらいに実感しました。
たとえば実習の中で、担当区分的には航海士の仕事でも機関部と協力しないと問題解決できない場面があったんです。また、機関部・甲板部・司厨部(※「司厨部」: 船内の食事などの担当する船内部署)とも一緒にトラブルシューティングしたこともありました。
みんなで動いているものだからこそ、船の中では本当に仲良くしなくてはいけないのだと感じましたね(笑)。
練習船では、肌を通して学んだことですごく勉強になりました。立場が変われば視点も違うと思いますが、互いをリスペクトして仕事をする重要性は一番学んだと思います。また、日本郵船でどういう航海士としてどうありたいのか、ここで考えました。
次席三等航海士としての初乗船。一人前になるための苦労とは
2年間の座学と実習教育課程を経てライセンスを取得した後、2020年から親船であるLNG船で次席三航士として乗船しました。(※「親船」:ライセンス取得後、初めて職位をもって乗船する船のこと。)
LNG船では本当に三等航海士になれるかどうか見極められているところなので、緊張感が全然違いました。また、幼少期や実習生時代と比べて、お客さんではなく職員であるという実感がわきましたね。
今までは三等航海士の方にくっついてお仕事をしていたのですが、ライセンス取得後は船の運航スケジュールを見て、タスクをイチから組み立てていくんです。
コロナウイルスの影響で事前研修がなくなってしまったこともあって、知識ゼロからのキャッチアップで……。初めてのシンガポール通狭など、最初の一か月は航海・整備・書類作業などすべての仕事に慣れるまで苦労しました。
そのため、図面を見てわからないところは一つひとつ先輩方に聞いたり、現場を歩いて理解したりして、知識や経験を積み重ねていきました。荷役機器の操作方法やLNGの特性を含め、お客様や会社に損害が出る可能性が出るものを扱う際は緊張感がありましたね。
LNG船上で大変だったことは、体力面です。エンジンがずっと回っているので、常に振動している中で睡眠を取るのは体力を消耗しました。特に女性として苦労したのは、力を伴う作業で一回に運べる荷物量が他の男性より少なかったり、時間がかかったりしたことです。
ただ、うまくいかなかったことは明日できるように悔しさをバネにしています。また、陸にいるときに友達や親がすごく良くしてくれるので、それを存分に味わって次に頑張るエネルギーをチャージしています。
父としては船乗りの大変なところを知っているだけに反対していましたが、祖母は特に期待してくれて「頑張れ」と言ってくれますので、ここで悩んではいられませんね。
「気が利く航海士になれ」先輩の背中を追い、自分らしさを追求する日々
社船実習のときに言われて印象的だったのは、船長からの「気が利く航海士になれ」という言葉です。
「上司の仕事を見ていれば、この時に船長がどういう情報を必要とし、どういうことを気にしているのかわかった上で、それを伝えられるようになる。あとは船内生活においては、怒られても切り替えたら、作業や操船のセンスがなくても十分にやっていけるんだよ」と言われたときに、胸にくるものがありました。
もちろん努力していって、操船のセンスの向上をはかりたいです(笑)
また、一等航海士からの「足で稼げ」という言葉も印象に残っています。甲板作業や荷役など、甲板部に任せるだけでなく、自分で一度やって参加しなさい。ただ既存のやり方に従うのではなく、一度自分で図面等を確かめなさいということです。
時間はかかりますが自分の経験知識に結びつくからとのことで、特に一等航海士が誰よりも船内を動き回り調べ物をしていた姿は印象的でした。これが「プロ」なのだと思いましたね。先輩方の背中から学びながら、プロでありつつ自分らしい航海士を目指したいです。
今後はもっとスキルアップしたいという気持ちがあります。私は「役に立てるようになりたい、もっと成長していきたい」と挑戦して、今までできなかったことができるようになる中で、自分もちゃんと船の一員となれていると実感できたときがうれしいんです。
実は就職活動のときに陸上職社員も考えていたのですが、現場である海上のことをわかって入りたいと考えて自社養成での入社を希望したんです。だからこそ陸上職の同期などからの質問に海上での経験や知識を踏まえて答えられたときに、成長を感じて嬉しくて……。
現場で学んだことをいずれ陸上勤務でも生かせることは大きいですし、スキルアップして自信をつけていったら、もっと楽しく仕事ができるのではないかと考えています。
航海士の仕事は「格好いい」「集団で一つの目標に向かってやる」という自分が持っていた想いから大きくずれていないので、これからも引き続き経験を重ねていき、自分らしい航海士を目指していきたいと思っています。