部活で築かれた価値観と海外での生活で見えたありたい自分

▲本店前での一枚

「チームの中で自分なりのアウトプットを出すことで存在意義を見つけたい」という価値観があって、何をするにしても無意識のうちに自分の行動に影響しているんです。これが確立したきっかけは、中高6年間のダンス部での経験でした。

出身のダンス部は部員のほとんどが経験者。年齢関係なく、レベルの高い人が30人前後のチーム員の中で良いポジションで踊れる実力主義の世界でした。私自身は未経験でしたから、入部当初は「スタート地点からこんなに差がつくのか……」と挫折感を味わいました。

もともとチームで何か一つのことをするのは好きで、ダンス部でも全体としては確かに一つのチームなのですが、私は自分がそこにいる意味を見出すのに、高校2年生の頃までもがき続けましたね。技術力のない私はチームで埋もれ、他の誰かでも良いと思われてしまう状態がとても怖かったんです。

そこで、技術では自分の価値を発揮できない代わりに、「観察力」で価値を発揮するようになりました。人より下手だったからこそ、もともと鏡で人の動きを見比べる習慣があり、それを後輩への指導に活かすことで、自分なりの価値を発揮できることに気がつきました。この経験は、大学に行っても留学しても社会人になってもその後の行動に影響を及ぼしています。

そんな私が就職活動時に考えていたのは「多国籍のチームの中で、知らない国同士をつなげたい」ということです。

昔から紛争問題や国際問題に興味があり、政治面やNGOなどで解決に関わりたいと思っていました。しかし、途上国におけるNGOでの経験を通じて、草の根活動は一時的な対処療法にしかならないと感じました。

一方で留学中のインターンで、二国間の水ビジネスに関する対談にオーディエンスとして参加した経験が、考え方を大きく変えました。対談を通じて、国家間の問題もお互いに目的意識を共有していれば持続的な関係性の構築になると思い、ビジネスを中心に国をつなげたいと思ったんです。その中でも、自由競争で第三国間をもつなげられる海運業は魅力的に映りました。

国と国をただつなげるだけではなく、自分自身も多国籍のチームの中でつながりたい。稚拙な表現になりますが、外国人であっても友達になれば相手の国のことも知りたいと思うし、何かニュースで国名を聞いた時にその友達を思い浮かべるようになると思うんです。

自分の役割を線引きせず、「チームでの存在意義」を追いかける日々

▲最初の部署で担当した木材チップ船

2014年4月に日本郵船へ入社した私は、半年間の名古屋・ベルギーでの研修後、同年10月から製紙原料グループ第二チームへ配属になりました。私の担当業務は船の運航、いわゆるオペレーターでしたが、第一・第二チーム合わせて15人程度のチームでしたので、船主対応も顧客対応もしていました。

人数が少ないからこそ、お客さんとの宴席にも1年目から出させてもらいましたが、年次関係なくチームプレーで仕事をしていると思っていました。だから、宴席でも営業担当についていっているだけという感覚はなく、情報を聞いてはトイレに行って酔いながらもメモを残して席に戻って……を繰り返していました。

そのうち、お客さんの調達する原材料の材質や商流にも詳しくなり、その知識ととある海外のエリアの各港の制限スペックを合わせたマトリックス表をまとめ、他の港にも横展開しました。そこでの気づきからお客さんの問題解決に貢献できたことは印象的でしたね。

その海外の港は浅瀬が多く、入港制限がすぐ変わるため、大型船は喫水制限から複数港で原材料を積み込む必要がありお客さんにとって不便でした。しかし、海図や代理店の情報から安全な入港を担保したまま入港制限を緩和できる見込みがあることがわかり、海技者の方と課長を巻き込んで、現地の港湾局に行って直接交渉を行いました。

渡航前も念入りな準備を行い、交渉自体は緊張感のあるものでしたが、結果大型船が入港できるようになったんです。大型船を有する日本郵船の付加価値向上にもつながり、非常にやりがいのある経験でしたね。

また、船まわりの面でも陸上職という立ち位置にとどまらず、自分のできることを模索しました。木材チップ船のトラブルに関して、船会社に所属する自分自身が船について話せないのは意味がないと思っていたんです。自分がクレーンやワイヤー、安全装置についてすべて話せるように、現場に行くたびに作業員の方や船を管理監督するSI(※1)の方の話をまとめ、必要に応じて部内外に展開していました。

こうした行動のもとになったのは、どれも「他人のために」という綺麗事だけでなく、「自分がどのようにチームの中でアウトプットできるか、自分の存在意義を出していくのか」その答えを見つけたいという想いがあったからです。 

さらに、当時一番信頼していた上司から「お客さんの方が港や船について詳しいのは恥ずかしい」と言われたことも、私のモチベーションと結びつきました。船会社は港を知ってナンボですし、お客さんの方が港に詳しかったら船会社の存在意義がないと学んだんです。

チームの中での自分の存在意義だけでなく、日本郵船が存在する意味を自分自身で納得したい一心で、がむしゃらに働いた3年間でした。

※1 SI:superintendentの略。

新たな領域で探す「私なりの価値」──ジョブローテーションで会計に挑戦

▲二章で語った思い入れのある仕事での現地スタッフとの一枚

製紙原料グループに3年勤務した後、2017年10月より主計グループ決算統轄チームへ配属になり、2020年現在もこのチームで働いています。

このチームは、決算業務そのものを扱うわけではありません。新規投資やリース取引、ヘッジ約定時の会計上のインパクトはどうなのか、この事業を撤退するにあたり見込まれる損失をどう捉えるか、など会計上の影響を整理し監査人にも説明する部署です。

難しい会計基準や用語が多いですが、「結局、何がこのスキームでは問題で、会計上どんなことが起きるのか」を事業の最前線にいる人たちが、会計のことを理解した上で仕事をできるように、平易な言葉を用いた説明を意識していますね。

いろんな案件に関して、各部署から相談いただく立場にいますが、各案件を一つのチームとすると、事業構造を理解し、会計という役割で自分なりのアウトプットをできることが楽しいんです。

またゆくゆくは、今の部署で培った知識を次の異動先でも契約に落とし込んでいければと考えています。

ジョブローテーションのパターンは十人十色。管理から管理、営業から営業でもその組み合わせは何通りもあります。一見意味があるかわからない点と点の異動を、私の中でちゃんと線にして自分のストーリーをつくり上げていきたいと思っています。

ジョブローテーションでの異動後も「自分の価値」を発揮できる環境に

▲組合活動での一枚。働き方や人事制度、様々なことを組合員とともに考えた

日本郵船はジョブローテーションのおかげか、互いの業務に当事者意識を持ちやすいにもかかわらず、良い意味で環境に染まりやすく、順応力が高い人が多いです。ただ、前の部署で知識を培っていたはずなのに、異動した途端に染まり、職域ごとに分断されてしまいがちだなと感じます。

また、業務のプラスアルファとして自由研究的に取り組んでいるものが、異動の間でうやむやになり、芽にならずに埋もれてしまうことも多々あると感じています。異動後も前の部署での問題意識や課題を引き続き取り組めるようにすることで、ジョブローテーションを昇華できればと思います。

たとえば、労働組合で活動した昨年度は、他社さんのXX%ルール(※2)といった制度を日本郵船にも取り入れられないかと思い活動していました。その中で、人数の少ない日本郵船で制度化は難しく、そもそもそうした制度を設けなくとも、自主的にできる人は取り組んでいるのが日本郵船なんだと気づきました。

ジョブローテーションは賛否両論ですが、日本郵船は上の年次になってもまったく違う分野から新しい部署に配属されるからこそ、下にも話を聞く風土ができるのだと思います。そして、ジョブローテーションがあるから、チームの中で自分の存在意義を探しながら、それに応えていこうと思えるのだと思っています。

労働組合の活動を通してこの制度が日本郵船らしさをつくっていると思うところも多かったので、そうした良さはのこしつつ、異動しても一定部分は継続したストーリーを描くことで、ポジティブな化学反応を起こせればと思っています。

※2 仕事に使う時間を分割し、定められた割合を将来大きなチャンスになるかもしれないプロジェクトの探索や取り組みに使うという制度