産休・育休後に変化した価値観。これまでの働き方ができないジレンマ

2011年、農林中央金庫に入庫した田中 伶奈。入社直後は一般法人向けの融資を担当、その後移動した部署では約6年間、森林組合系統への推進・融資企画業務に取り組みました。

2017年から産休・育休を取得した田中。当初は、周囲に対して申し訳ないと思う気持ちが強かったといいます。

田中 「産休・育休に入ると周囲に伝えたときは、みんな『おめでとう』と声をかけてくれました。でも、私は申し訳なくて。というのも切迫早産により、予定より1カ月以上早く産休に入ることになったんです。業務の引き継ぎもままならず、迷惑をかけてしまい……。それでも私の開けた穴を、みんなは快くフォローしてくれました。そして『安心して休みに入っていいからね』といってくれたんです」

周囲に支えられる形で、産休・育休を取得した田中。1年後に、元々所属していた森林組合業務の部署に復帰します。しかし、復帰したとはいえ、まだ幼い子どもを育てながらの業務。以前とは働き方を変える必要がありました。

田中 「復帰して最初の1年間は、苦しかったです。体力も思考力も落ちていましたし、時短というのもあって思うように業務が進められなくて。さらに夫の仕事が忙しく、平日はワンオペ育児にならざるを得ない状況でした。とにかく余裕がなかったですね」

「以前の自分のように働けていない」「周囲に迷惑がかかっているのではないか……」。そう思い悩むことが多々ありましたが、時間が経つにつれ、徐々にリズムを掴めるようになります。優先順位をつけて限られた時間の中で業務に力を注ぐことに、慣れてきたのです。

田中 「子どもが生まれる前と後では、考え方が大きく変わりました。以前の私は、良くも悪くも仕事に全力投球。必要があれば残業や休日出勤にも肯定的でしたし、いくらでも時間をかけて仕事に取り組むタイプだったんです。でも親になってみて、制約のある働き方というのがわかりました」

田中は、自分が当事者になってみて、誰もが何かしらの事情を抱えながら働いているということを想像できるようになったといいます。

田中 「今思えば、かつての私は気の強い生意気なタイプでした。周囲の人にもなんらかの事情や制約があるだろうに、適切な配慮ができずに『こうであって欲しい』と主張し、自分が正しいと思うことを貫きたいタイプだったかもしれません……。でも今は、多様な考え方を受け止めて、チームとしての最適な進め方を考えられるようになっています。人間的に、かなり丸くなったんじゃないかなと思いますね」

最前線で挑戦し続けるために。大切なのは完璧を目指さないこと

現在田中は、育休から復帰して3年目を迎えています。復帰2年目では審査部へ異動。その後さらに統合リスク管理部へ異動し、現在は取引先の情報を管理する「取引先属性システム」の企画・運営業務に携わっています。

前述のように、復帰してからは働き方や価値観をアップデートさせる必要があり、これまでとは違う1年間を過ごした田中。彼女の状況を考えると、復帰して2年目というタイミングでの異動は「挑戦」でした。それでも会社や部署は思いを受け止め、実現させてくれたといいます。

田中 「ライフステージの変化を理由に業務を軽減してもらうことは望んでいませんでした。確かに子育ては大きなターニングポイントにはなりましたが、たとえ制約があっても農林中央金庫の最前線で活躍していたかったのです。だから、新しい業務にチャレンジしたいと申し出て、異動させてもらいました」

最前線で活躍したいという彼女の気持ちの背景には、“仕事人としてのわたし”として業務に力を注ぎたい、という強い思いがありました。

田中 「時短勤務だと、周囲にご迷惑をおかけすることは多々あります。でも、かといって時短だからという理由で、過度な配慮や遠慮は避けたくて。だから私が第一線で活躍することで、時短でも活躍できることを示したかったんです。それで後輩たちに、『この会社は仕事と家庭を両立できる会社だよ』って伝えられたら、すごくいいなって。

とはいえ大変な毎日なので、私は『完璧を目指さない』ということを大事にしています。家事も、完璧は目指しません。家事に追われてイライラするより、子どもと笑顔で接する時間を少しでも確保した方がいいですしね」

いい意味で、完璧を追求しないのは、仕事でも一緒です。

田中 「どうしても時間的にできない業務はあるので、優先順位を常に考え、力を入れるポイントと、そうではない部分にメリハリをつけて仕事をしています。また子ども関係で急用ができるかもしれないので、もしものときに助けてもらえるように、自分の業務進捗をいつも周囲に伝え、なにかと連携してもらっています。全部をひとりでやろうとしないことが大事だと思いますね」

周囲にはいつも助けてもらっているという自覚がある田中。コミュニケーションの中では「ありがとう」を口に出し、感謝の気持ちを日々伝えています。

多様な働き方を実現するために。プロジェクトを通して描く未来像

田中の所属する統合リスク管理部では現在、有志で運営しているプロジェクトがあります。その名も「ライフステージに応じた多様な働き方の実現プロジェクト」。

職員ひとりひとりのライフステージを踏まえ、男女の区別なく全職員が活躍していくためにどうしたらよいかを考え、職員の意識・行動変容を促すことを目的とした、ボトムアップの取り組みです。

田中は、副部長から声をかけられたことをきっかけに、このプロジェクトに対して熱心に取り組んでいます。

田中 「元々は、『女性活躍』という切り口のプロジェクトでした。でも私自身、時短で働いてみたことで、育児や介護だけではないいろいろな制約があるということに目がいくようになりました。なので、広くライフステージ全般をテーマに設定して動いているんです」

多様な働き方に関する制度を整えている農林中央金庫。厚生労働省が認定した子育てサポート企業に与える「プラチナくるみんマーク」も付与されています。しかし部署単位で見ると、制度の利用率や認知度に差があるという実態があるのだといいます。

田中 「制度があるのに有効活用されていないというのは、職員の意識がまだ深まっていないということ。そこでこのプロジェクトでは、職員に実態をインタビューしたり、座談会を組んだりしながら、育児や介護、その他のあらゆるライフステージで起こりうる制約や課題を調査しています」

調査の中では、それぞれが互いに遠慮してしまい、上手くコミュニケーションが取れていないという実態がわかりました。制約のある職員が「時短だからあまり大事な業務に挑戦しない方がいい」と考え一歩引いてしまう一方で、周囲の職員も「プライベートな領域だから」と踏み込めずに躊躇しているというケースが多いのです。

田中 「実際の声を聞いて課題を知っていき、今後はその課題を踏まえて具体的な解決策を考えていく予定です。まずは部の中で実践することで職員ひとりひとりの意識や行動変容を促し、本プロジェクトの取り組みを部全体に浸透させていきたいです。そして、ゆくゆくは人事部や役員にも伝えていこうと考えています。現状でも、制度はこれ以上望むべくもないくらいに十分に整っています。あとは部署のトップの方の意識が変わること、そして制約のある職員自身が真摯に業務とキャリアに向き合い、どうしたら活躍していけるかについて双方向のコミュニケーションを行うことが大事です」

社内の意識改革を起こすことで環境改善を目指す田中は、こんな想いを抱いています。

田中「何かしらの事情があって仕事量をセーブしないといけない場合でも、自ら自分の可能性を下げたり縮こまったりしないで、どんどん挑戦できる環境を作っていきたいと思うんです。制約のある職員、そうではない職員もみんな、それぞれの力が発揮できるようにしたいと思っています」

仕事と家庭は両立できる。自分がロールモデルになって伝えていきたい

ライフステージに合わせたその人らしい働き方について、積極的に考えてきた田中。実際に、農林中央金庫には、ポジティブな変化が起こっていると感じています。

田中 「とくに子育てと仕事の両立については、変化を感じます。男性の育児参加・家事参加が世の中として進んできたこともあると思いますが、家庭への理解や配慮がある人が増えてきましたね。そして、理解や配慮がありつつも、必要以上に業務を軽くするなどはせず、キャリアにも寄り添ってくれるようになったと思います」

これまで培ってきた思考や行動を、一気に180度切り替えることは難しいもの。それぞれの考えに正解・不正解はありませんが、さまざまな考えを持つ人がいるのも事実です。そこで田中は、多様性を受入れ尊重できる職員が増えていくことを期待しています。

田中 「かつての自分のように、その立場になってみないと『ライフイベント』といわれても想像もつかないと思うんです。でも職場の環境や雰囲気が変われば、若いうちから考えられるようになるかもしれません」

出産、子育てというライフイベントを経て、これまでとは異なる働き方を模索しつつも、異動や有志プロジェクトへの参加など、挑戦を続けている田中。『新しいことをやってみたい』という思いが、彼女のキャリアを形作っていきます。

田中「仕事と家庭を両立しながら活躍できるよ、と発信していくことで、若い職員にとってのロールモデルになれたらいいなと思います。困ったときには私を思い出して、頼りにできるような存在になりたいですね。

私も管理職を見据える年次になりました。管理職として、チーム員それぞれの性格や能力、状況を見て、細やかなコミュニケーションをしながらそれぞれに合った業務配分や目標設定をできる、そんなリーダーになりたいです。そして個々人が最大限能力を生かして成果を出せるチームを作れたら理想ですね。とはいってもまだまだ未熟なところもありますので、先輩方の姿を見ながら、精進していきます」

挑戦したい――その気持ちを絶やさずに、キャリアの第一線を走り続ける田中。周囲のサポートを獲得しながらステップアップし続けるその姿は、後ろに続く多くの職員にとっての希望の光になっています。