基幹システムも自前主義。ニトリの成長を支えるIT部門

荒井「ニトリが増収増益を続ける背景にIT部門の貢献があると、部門責任者として自負しています」
情報システム改革室 室長の荒井が絶対的な自信をもつニトリのIT部門は、業界でも類を見ない取り組みを続けてきたといいます。
荒井「ニトリは、家具の企画・製造から販売、そしてラストワンマイルといわれているお客様のご自宅への配送までを自社で一貫していることを特徴としています。ここまで長いサプライチェーンをもつ企業というのは、グローバルでも例がないでしょう。これは、ニトリが“自前主義”というこだわりをもっているから。システム開発も約20年前から内製化し、これまでに数千を超えるプログラムをつくってきました」
開発規模を表す指標として、ソースコードの行数の単位「ステップ」が使われることがあります。これに換算すると、ニトリのIT部門の開発規模は年間で約1,600万ステップにのぼり、これは全国展開する小売業などと比べても圧倒的な数字。開発のスピードも自社組織ならではです。
荒井「昨今、スマートフォンのアプリなどが頻繁にアップデートされるように、短期的な開発をくり返す『アジャイル開発』が一般化してきましたが、ニトリはそうしたことばが出る以前から同じような手法をとっていました。
数にすれば、1日に10件ぐらいのリリースがあります。もし他社にお願いしていたら、要件定義や契約書の締結などに時間がかかり、3カ月くらいのスパンはかかってしまうかと思います。私たちのような会社はお客様のニーズ同様、常に変化しますから、変化に追従するために、自分たちでプログラムを書いてきたんです」
また、体制だけでなく、エンジニアとしての心構えにも特徴があると荒井はいいます。
荒井「私が20年前に入社したとき、『指示された通りにつくりました』といったら怒られたんですよね。ニトリのIT部門は指示する立場でもあるんだと。ITといえば事業部からの要望を請負うイメージでいたのですが、ニトリの場合は、IT部門が意見をもって、開発を主導しないといけないといわれたことを覚えています」
数字で結果を表現する、プロフィットセンターとしての役割を担う“情シス”

自社開発を続けてきた結果、IT部門には350人ものスタッフが在籍しています。重要なのは「ひとつの組織・空気感のなかで働いていること」だと荒井は強調します。
荒井「一緒に机を並べて、一緒に事業部の話を聞いて、会社の体温を共有するからこそ意味がある。
一見するとIT部門の人員が多いようにも思いますが、他の企業では外部に発注しているから、人数としてカウントしないだけなんですね。社内に人材を置いたほうが、意思を共有した協同開発ができる環境を維持できるし、コミュニケーションコストも下げられる。ニトリは売上に対してIT投資比率は決して高くはなく、むしろ低いくらいです」
エンジニアに対する投資比率が良いだけでなく、システム開発にかけている投資そのものが売上に結び付いている点からも、ニトリのIT部門は社内のみならず業界から評価されています。
荒井「私たちはシステムのメンテナンスをしているだけでなく、年間で300件ほどの案件を手掛け、そのうち半分は、会社の成長に直結する開発をおこなっています。しかも、一般的にITシステムへの投資は、5年で償却できれば良いとされるなかで、私たちははるかに短い期間でコストを回収しているんです。ニトリのIT部門はコストセンターではなく、利益を生み出すプロフィットセンターだと思っています」
こう語る背景には、ニトリのIT部門ならではのプロジェクト管理があります。
荒井「ひとつのシステムによって、どのくらい会社にメリットが出るのかというのをすべてチェックしたうえで開発に臨みますし、実際にリリースした後は、本当に利益が生まれているのかも再検証しています。
当然ですが、計画に対し未達であれば改善を図ります。一般的によくある事例として、プログラムをつくっても現場側が活用できないことがあげられますが、現場に浸透させることを、各現場の責任者にコミットしてもらうようお願いするなど、開発の後まで責任を負っています」
目に見える数字で表現することがニトリの成長に対する貢献を明らかにしてきたことは、言うまでもありません。
しかし、自社のIT部門が強い組織であることを自覚する一方で、いま変革を余儀なくされているといいます。
デジタル変革の波――ディスラプトを迫られる市場環境

荒井「今までやってきたことを否定せざるを得ない日がもう来ているんです」
荒井が抱く危機感は、IT技術の進化に伴い強まっています。
荒井「これまでEC大手のAmazonが躍進するなか、ニトリはリアル店舗をもち、直接お客様とコミュニケーションを取れることを強みとしてきました。特に若いお客様は、新生活をはじめるときに、どういうベッドを買ったらいいのか、結構悩まれます。アドバイスが欲しい場面が必ずあるんです」
しかし、最近ではリアル店舗とECサイトとのつながりが強まってきたことで、消費者行動にも変化が起こっています。
荒井「実際、私たちのお客様のデータを見ると、ニトリのリアル店舗とECサイト『ニトリネット』の両方を利用してくださっているお客様が、いずれかしか利用されないお客様と比べて多くの商品を買ってくださっています。
こうした状況のなか、改めてニトリネットを分析してみると、広告やカタログの役割を大きく担っていることがわかりました。これからの時代、リアル店舗の強みを最大限生かすために、私たちIT部門ができることはまだまだあると思います」
従来、ニトリのIT部門がお客様の目には見えないバックオフィスのシステム開発を担ってきたことに対し、お客様に見える領域のIT開発が重要視されるようになったのだといいます。
荒井「私たちにはディスラプト(破壊的変革)が必要なんです。開発の軸足が変わるかもしれない。大変なことですが、20年間社内でシステム開発を担ってきたことで人材は育っています。彼らをプロファイルチェンジしてあげることで、ニトリがデジタルトランスフォーメーションを成し遂げる力になると考えています。
デジタルが消費者行動を変えていくなかで、これからも私たちIT部門が会社をけん引していくためには必要な変革です」
具体的には、これまで以上にマーケティング部門とのつながりを深め、市場分析やお客様のデータの蓄積・分析に力を注ぎはじめたといいます。
荒井「ニトリはサプライチェーンが長いだけに、お客様を知るということで得られる成長は、レバレッジが高いと期待しています」
変革に向け組織を強化・拡大。今後はビジネス知見のあるエンジニア集団へ

IT部門に新たな強みをもたせるため、荒井は新たな仲間を求めています。エンジニアの体制と人材を大幅に強化していく方針です。
荒井「世界的に見ても、エンジニアはSIerから事業会社へと活躍の舞台を移しています。例えばアメリカの小売大手の企業では、社内に1万人のエンジニアを抱えているといいます。これからのエンジニアが、規模感や仕事に対する満足度を求めたとき、私たちのような事業会社か、本格的なコンサルティング会社が選択肢になっていくと思います。エンジニアにとっては自分たちが書いたコードが事業のなかでどのように活用されているのか見えますからね」
また、ニトリのIT部門自体も求める人材像が変わってきているといいます。
荒井「ITのスキルに加え、ビジネスに対する洞察力が鋭い人が必要になってきて、現場サイドからIT部門へ異動させるという取り組みもはじめています。
IT部門はよりビジネスサイドに近くなって、ビジネスサイドはよりIT部門のほうに歩み寄っていかなければならないんです」
ディスラプトと表現するように、これまでのエンジニアに対するイメージをがらりと変えていこうとするニトリのIT部門。それは部内の変革に止まらず、今まで以上にテクノロジーに強いニトリをつくっていくための、全社的な取り組みでもあるのです。