プロサッカー選手への道をあきらめ、ネット広告の営業マンに

大学卒業後、インターネット広告会社の営業マンを経て、2018年にネットイヤーグループに入社し、UXデザイナーとなった新井 翔悟(あらい しょうご)。

子どもの頃から大学まで、サッカーに夢中で取り組んでいました。強豪サッカー部がある神奈川の高校から京都の大学に指定校推薦で入学し、レギュラーに選ばれて関西学生リーグの試合に出場した経験もあります。大学入学当初まではプロサッカー選手を目指していましたが、徐々にその厳しさに気付き始めたと振り返ります。

新井 「自分よりもさらにレベルの高い選手に出会い、自分のレベルはプロでは通用しないと大学2年生の頃に痛感しました。日本代表に選ばれた選手とも対戦しましたが、レベルが全然違う。ただサッカーが好きってだけじゃ、プロにはなれないと思い知らされました」

プロサッカー選手への道をあきらめ、大学3年生のときに就職活動をスタート。商社、金融、メーカー、広告……あらゆる業種の採用試験を受けますが、順調に選考過程を進んでもなぜか最終面接で不合格となります。

新井 「ある企業の採用担当者に言われたんです。『入社への強い意思や覚悟が君からは感じられない』って……。正直、なんとしても入社したいと思った会社はありませんでした。サッカーから就職へ、気持ちの切り替えがうまくできなかったんだと思います」

なんとか都内にあるインターネット広告会社への入社が決まり、営業部に配属となりますが、営業先は自社サイトに広告枠を持つ企業。そこに、広告の配信ツールを導入してもらうことが目的でした。

新井 「営業という立場でしたが、自社のツールのUIや仕様をこう変えれば、もっと使いやすくなるのに……なんて、売ることよりそっちが気になって。もちろん、そうした意見を言える場がまったくないわけではありません。でも、そこは僕の担当じゃないし、営業である以上は売り上げ目標に専念しなければというジレンマがありました」

サッカーくらい、夢中になれるものを見つけたい──心の奥底でそう思っていた新井が通い始めたのは、社会人向けのコピーライター養成講座でした。

失業中に知ったUXデザイン。やりたいのはこれだ!と確信

週に1回、半年間のコピーライター養成講座に通い始めた新井。その動機は単純なものでした。

新井 「世の中に発信するものをゼロからつくる仕事にあこがれ、そのときはクリエイティブディレクターっていいな、と思いました。クリエイティブディレクターになるには、アートディレクターかコピーライターになることが多いと聞き、美大出てないし、ならばコピーライターかなって(笑)。

人間の心理を紐解いて、言葉でアプローチして、反応を引き出すというコピーライティングの行為って楽しいですよね。講座に参加したときは、すごくおもしろかったし、本業よりずっと夢中になれました」

とはいえ、コピーライターもクリエイティブディレクターも、いきなり未経験でなれるような職業ではありません。そこでまずは、その養成講座を開催する会社の編集部でアルバイトできないかと、講師に相談します。

新井 「『人手が足りないから、いつでもウェルカムだよ』と言われ、コピーライターに挑戦しようと勤めていた会社を辞めたのですが、なかなか連絡が来ない。嫌な予感がしてこちらから連絡したら、『ごめん、体制が変わって、あの話ナシになった』と言われました。あ、ニートになったと思いましたね」

突如として仕事を失った新井ですが、無理にどこかに入社してもまた同じことを繰り返すだけと思い、転職先が決まるまでの期間を有意義に使うことにします。

新井 「自分の視野を広げる期間にしようと思い、日中はほとんど国会図書館で過ごし、ひたすら読書と勉強をしました。それと、毎週一人か二人、さまざまな職業の人に会ってお話するキャンペーンをスタートしました。そんなとき、あるエンジニアの人に、『君がやりたいことって、UXなんじゃないの? 体系化されている分野だから、勉強してみたら』と言われたんです」

UXってなんだろう? 気になった新井は、UXに関連する書籍を読みあさりました。

新井 「知れば知るほど、これだ!って。人間の考え方と行動に対して、どうアプローチするかが体系化されていて、すごくおもしろいと思いました。コピーなどのクリエイティブはつくり手の感性によるものが大きいですが、UXはユーザーの体験に焦点があてられ、ロジカルに体系化されている。僕がやりたいのは、これだと確信しました」

武器は熱意だけ、“UX”がわからないUXデザイナー

UXデザイナーに焦点をしぼって転職活動を始めた新井。世の中にUXデザインが広まる前から取り組んでいるネットイヤーグループを知り、入社したいという想いを強くします。

新井 「書籍を読めば読むほど、多くのスキルが必要な仕事とわかってきたので、未経験で採用されるのは難しいだろうと思いました。唯一の武器は、熱意。なんとか想いを伝えようと、これまで読んだすべてのUX関連書籍をカバンにパンパンに詰めて、面接に持っていきドスン!と置いたのですが、期待したような反応はなかったですね(笑)。

面接のときに何度も聞かれたのは、『未経験で入社すると、相当苦労するよ。やっていける?』ってこと。そのときは迷わず『やっていけます!』と答えたのですが、あとでほんとうに苦労することになりました」

熱意が買われて入社した新井、研修を経て最初に参加したのは、機械販売・リース会社のサイトリニューアルのプロジェクト。先輩のUXデザイナーのアシスタントとなりますが、毎日戸惑うことばかりでした。

新井 「先輩から業務を依頼されても、何を言っているかわからない。カスタマージャーニーマップやペルソナも、なんだか腑に落ちない。プロジェクト全体の流れが見えないから、今やっている作業の意味がわからない。情けないくらいに、わからないことだらけでした。

書籍と実践はまったく違う。本を読んで、UXデザインをわかったような気になってただけ。質問しても先輩たちにその意図は通じず、依頼されて資料をつくっても、『求めているものとまったく違う』とボコボコにされました(笑)」

半年以上、そうした状態は続きました。サッカーでグラウンドを颯爽と駆けていた自分と、先輩に叱られてあたふたしている自分。その大きな違いに落ち込む新井でしたが、入社してから1年経った頃、UXデザインが何たるかが徐々に見えてきます。

新井 「あるサイトの設計をメインで担当したのですが、このときにやっと大枠や、一つひとつの作業の意味が理解できました。アシスタントだったときは、どこか他人のプロジェクトみたいに思っていたのかも。クライアントに喜んでもらいたいと、24時間プロジェクトのことを考えるようになり、仕事している実感がやっと持てるようになりました」

企業の理屈より、ユーザーの欲求に応える、UXデザインのおもしろさ

▲カスタマーエクスペリエンス事業部 UXデザイナー 新井 翔悟

入社2年目を迎え、徐々にUXデザイナーとしての自信がついてきました。その頃に任されたのが、ファストフードチェーン注文サイトの画面設計です。

新井 「これまで先輩たちに教わったことを、すべてアウトプットしようという気持ちで取り組みました。クライアントの期待に応えたいし、UXデザイナーとして社内の信用も得たい。

サッカーで監督の信用を得て、スタメンになりたい、試合に出て活躍したいと思ったときと同じだったかも。5カ月くらいのプロジェクトでしたが、あんなに夢中になったのは、サッカー以来でした。ゼロから始めてカタチにして、公開できたときは、こういうことがやりたかったんだと思いました」

公開後もそのサイトの評判が気になり、SNSでそのサービスの感想を探すのが日課に。「便利」「使いやすい」という評判を目にしたときが、何よりの喜びとなっています。さらに、新井にとってうれしい出来事がもう一つありました。

新井 「ある会員向けのサービスサイトのコンペに参加。短期間で提案資料をつくり、5社の中から当社が選ばれ、受注となりました。クライアントに選んだ理由を聞いたら、『UXのパートが特によかった』とのこと。初めて自分で勝ち取れた気がして、本当にうれしかったです」

何度も壁にぶつかりながらも、着実にUXデザイナーとして成長を遂げている新井。UXデザインのおもしろさについてこう語ります。

新井 「体験を設計し、人間の考え方や行動に合わせて、本質的ニーズにアプローチする。UXデザインって、要は、ユーザーが潜在的に欲していることを理解し、叶えることですよね。企業側の理屈や論理優先ではなく、ユーザー側の視点に立って考える。そんな本質的なことあります?

今後は、もっともっと自分でできる範囲を増やしたいです。ウェブサイトやアプリだけじゃなく、広告やプロモーションも含めて、コミュニケーション全体の設計ができる人材になりたい。そして、僕が担当した企業が世の中の人気者になってくれれば言うことありません」

UXデザインという、サッカーに負けないくらい夢中になれるものを見つけた新井。次はどんな試合、いえ、プロジェクトに挑むのでしょうか。