課長として多岐にわたる業務を手がける

▲入社21年目 大竹/虎ノ門オフィスにて

日本データスキルは横浜に本社があるが、大竹が働く虎ノ門オフィスは東京にある。

大竹 「2021年現在はクライアントの業務改善など、システムで対応できることかを判断し、設計営業をすることで仕事を頂く業務がメインです。その後、開発の要件定義や見積もりの提出、プロジェクト計画をつくり、上流工程を固めて、メンバーに引き渡すまでを行っています」

この業務に携わってから3年ほど。その前は管理業務、さらに遡ると開発業務がメインだった。開発自体からは離れてだいぶ経つ。

大竹 「私自身は課長という立場で、課には15名のメンバーがいます。他にも、10数名のパートナーがおり、共に業務にあたっています。

私の関わる請負案件プロジェクトの設計・開発メンバーは6名ほど。最近はコロナの影響で外出も難しいので、Web会議でお客様と要件を詰めたりしていますね。システム開発は請負がメインで動いているので、基本は4〜5カ月スパン、長いもので2年ほどのプロジェクトになります」

 すでにあるシステムの機能追加などの案件は短いものが多いが、システム自体のリプレイスをする案件になると、大きなプロジェクトになる。

大竹 「営業活動は、まず、システムを使うエンドユーザーにヒアリングを行い、業務改善できるかできないかを確認、できそうであれば提案をして見積もりを提出するという流れで行っています。お客様の立場に立っていろいろと提案ができないかを常に考えていますね。

日本データスキルでは、営業をメインで担当する者もいるのですが、設計を行うメンバーが営業を担うことも多いです。設計のメンバーが営業的な視点で動くことで、新しい仕事を頂くという動きも生まれます」

必死に取り組んだ新人時代。管理業務を経験して感じた考え方の変化

▲大学時代の大竹/卒業旅行で行ったハワイにて

日本データスキルには2000年に入社した。

大竹 「もともとずっと東京に住んでおり、いずれは横浜に住もうと思っていました。そこで日本データスキルの本社が横浜にあることと、2000年代当時、IT業界が注目を浴びる中で、大学時代に培ったプログラミングを生かせることから『横浜』『開発』という観点で日本データスキルへの入社を決めました」

入社した当時は、日本データスキルは決まりごとが少ない会社だった。

大竹 「上司とも仲良くご飯を食べに行く機会もあって、良い雰囲気だなと感じました。入社以前はもう少し堅いイメージを持っていたので、私にとってはいいギャップでしたね(笑)。」

初めの5年は、金融系システムの開発で社外に常駐。新人は大竹だけで、先輩たちは仲良くしてくれた。

大竹 「新人ながら各リーダーが集まる会議に代理出席し、進捗報告をするなどいろいろなところに顔を出していました。必死に取り組んだからこそ、このころの経験が今に生きているのだと思います」

そこから2012年までは開発業務がメインで、リーダーを任され、管理業務中心になった。そこからリーダーとしての業務の優先順位などを学び、メンバーをまとめる役目を担うことに。

大竹 「初めは何がなんだかわからない状態でしたが、とにかくやっていこうという気概で取り組み、小さいところから大きいところまで幅広く任されました。管理業務を学ぶ良い経験を積むことができたんです」

若いころは、ずっと開発メインでやりたいと考えていたこともあったが、管理業務をするようになりその考えも変化していった。

大竹 「極論、日本データスキルで働き続けることが難しくなった場合に、どこでも活躍できる人材になりたいと思い始めました。

昨今、作業者はオフショアに流して安価なリソースを使えるようになってきている中で、開発に携わる日本人は単価が高い以上、開発だけでなく、管理業務などプラスの付加価値を与えられる人材でないと、人材としての市場価値を持てません。こういった危機感が、どこでも活躍できる人材になりたいという気持ちの裏にありましたね」

リーダーとして伝え方を工夫。働きぶりが認められ請負開発の部署へ

▲大竹を請負開発の部署へ導いた山本本部長(右上)と部メンバーとの飲み会にて(2017年)

管理業務を任されるようになってからしばらくは、かなり忙しかった。日々の業務でいっぱいいっぱいの中、チャレンジして失敗しながら、失敗を成功にできるようトライアンドエラーを繰り返していた。ポイントは「伝え方」と「責任感」だという。

大竹 「リーダーとして自分の考えていることを伝えても、それがなかなか理解されないこともありました。そこで、どうやって伝えるのかを考えるようになり、その人が何を考えているのかを考えて、回答を変えていったんです。人それぞれの考えが違うので、それぞれに合った伝え方を意識していました」

たとえば、システム障害があったときには、その対応をメンバーにも考えてもらわないといけない。それをリーダーとして導く必要がある中で、伝え方には苦労したという。

大竹 「当時、テストチームには30人おり、その30人が明日からテスト業務をするので、彼らにテスト方法を伝えないといけないという状況でした。そうした中で、資料を翌日までにつくらねばならず、大変だったのを覚えています。リーダーである自分が責任を持ってまとめなければいけませんでした」

そして2017年からは、今の仕事である請負開発の部署へ異動になった。本部長から声がかかって、引き抜きという形での異動。初めての請負業務。これまでの仕事との「違い」と「満足」を感じた。

大竹 「初めての業務だったので、異動した最初は何もわからない状態でした。というのも、これまでは基本的に、社外に出て手を動かしていたので、見積もり提出やエンドユーザーとの調整はほぼやったことがなかったんです。システムなどのヒアリングはしていたのですが、対会社は初めてだったこともあり、おもしろかったです。

小さい機能の見積もりだけではなく、全体の見積もりを出すときもすべて自分の力でやるのですが、これを続けていけるのであれば日本データスキルでずっと働き続けても良いなと思いましたね」

実働ベースの費用請求ではなく、成果物ベースの対価報酬である請負作業はプロジェクト管理の良し悪しで達成感が大きく異なる。そこに相まってシステム構築に自分の工夫や努力が反映されるチャンスがあり、やりがいを感じた。

大竹「たとえば社外の場合は現場で作業した分の工数を請求できるのですが、請負は人を投下すると利益が削られてしまうので、リソース管理や進捗管理が大変なんです。そこの考え方がまったく違うので、非常にやりがいもあります。

請負に移って、ゼロから取り組んで納品した経験は、自分の中で強いインパクトとして残っています。正しい設計情報がそろっていない現行システムをリプレイスや機能追加し、納品して動いて、稼働して、ユーザーさんから評価されて、新しい機能追加のオーダーが来て……という一連の流れをつくれたことがとても嬉しいですね」

コミュニケーションを通じて、メンバーと自分それぞれのキャリアパスを描く

▲チームメンバー/虎ノ門オフィスにて

これまでさまざまな業務に携わってきた大竹は、人と人とのコミュニケーションをより一層強化していきたいと考えている。

大竹 「お客様によっては、はっきりと『この仕様で』と言わない方もいるので、それを引き出せるよう、いろいろな人と会話をしたり、月に1度会社に伺って、クライアントの上長と話したりしています。

メンバーに対しても堅苦しくならない対応を意識しつつ、朝のニュースを軽く話題に出すなど、何気ないコミュニケーションを大切にしていますね」

また、なんでも勉強して自分を磨くことを日々意識している。

大竹「開発だけをしていても開発をする会社にしか入れません。日本データスキルであれば、業界の中でもオールラウンドで通用する人材になれるキャリアパスを描けると思います」

ともに働くメンバーにも同様に、自己研鑽して他社でも通用する人材を目指して欲しいとも願う。

大竹「他の会社でも通用する人材になって欲しいですし、自分ならではのキャリアパスが描けているならうちの会社にこだわる必要もないと思っています。それはいろいろなタイミングで伝えていきたいですね」

これまでのSE人生ではとにかく経験して覚えていくしかなかったが、実際にやっているときは苦労しても、振り返ると経験できてよかったと大竹は語る。そしてさらに前に進んでいこうという姿勢を見せる。

大竹「自分自身ももっと勉強しないといけませんが、メンバーの成長をサポートしていきつつ、自分とメンバーそれぞれがさらに成長できるような案件を取ってこれるようにしていきたいです」