「日本のものづくりってすごい!」インドネシア留学で感じた日本の技術力

学生時代に学んだ言語を生かし、マルチリンガルとして東南アジアへの貿易事務を担当する西村佳子は2018年に新卒入社しました。彼女のグローバルな視点の原点──

それは、アメリカ人の叔父とのコミュニケーションにありました。

西村 「私の叔母が国際結婚をしていて、叔父はアメリカ人なんです。小さいころは叔父がよく遊んでくれたのですが、叔父は英語しか話せないので身振り手振りでのコミュニケーションしかできなくて。

当時、『もっと叔父と話したい!』というシンプルな欲求が生まれました。そうした言語への憧れがあって、国際科のある中高一貫校に進学。そこで英語やフランス語を身につけて、大学も国際学部に進学しさまざまな教養を多言語で学びました」

西村は大学3年時にインドネシアに留学。そのときの経験が、不二越への入社につながっています。

西村 「私が留学したのはインドネシアの田舎町。でも、そこで見たバイクや自動車、電化製品などがほとんど日本製だったんです。ホストファミリーや友達に『なんでこんなに日本車ばかりなの?』と聞くと、『日本の車は中古でも全然壊れない。

品質が良くて長く使えるんだ』と教わりました。日本のものづくり・製造業っておもしろい、遠く離れたこんな世界にも影響力があるんだ!と感動したんです。

当時は、そのままインドネシアで就職することも真剣に考えていたのですが、日本のものづくりの影響力を目の当たりにしたこともあり、最初は日本の企業でビジネスを学ぼうと日本企業への就職を決めました」

帰国し就職活動を始めた西村は、数ある日本のメーカーの中でも、不二越に関心を示します。

西村 「不二越は材料の製造から最後の販売まで一貫している点が、他のメーカーさんと違うなと。そしてそれは、確固たる歴史や技術力がないとできないと感じたんです。

それから、私は将来東南アジアで働きたいと思っているので、東南アジアにグループ会社があるという点も大きな決め手です」

こうして西村は2018年に新卒入社し、キャリアの一歩を踏み出しました。

工場勤務に戸惑いながらも、知識とスキルを習得

新卒社員は入社後、最初は創業の地である富山事業所に勤務し、事業部内でいろいろな職場をローテーションした上で、秋に2カ月間の海外留学。その後に本配属が決まります。西村はローテーションの間、ある工場に3~4カ月滞在することになりました。

西村 「最初は戸惑いました。『オフィスで仕事するんじゃないんだ』『海外に行きたいって言ったのに、工場にいて大丈夫かな』と思ったりして(笑)。

ですが、フォークリフトの免許を取ってできることを増やしたり、積極的に工場の人と話をしたりして、人脈づくりなどに取り組みました。意外だったのが、難しい機械を動かしている強面の方だって、質問をすると優しく教えてくれるんですよ(笑)」

西村が配属された工場は、国内外からお客様が来ることが多い場所。お客様をご案内するのは、基本的には工場長や課長クラスの人間です。しかしある日、西村にお客様と接する機会が訪れます。

西村 「『インドからお客様が来るから、西村さん手伝ってくれない?』と言われて通訳をしたものの、日本語でもよくわからない難しい内容で、その日はなんとなくしかできなかったんです。

そこから自分でも工場のことを勉強するようになり、機械のことからご案内の仕方まで教えてもらって、最後はどんなお客様が来ても1人でご案内できるようになりました」

その後、機械に使われるベアリングを製造する軸受事業部で、海外の顧客への営業活動や受注・出荷管理を行う海外業務室へ本配属されました。そこで東南アジアの貿易業務を担当することになった西村。2019年5月からは東京勤務となり、輸出対応をメインに行っています。

西村 「東京に移ってきて一番思うのが、富山にいたときに培った人脈があるからこそ、今こうして仕事ができているということです。

たとえば、『この内容はあの人に聞けばいい』と判断できることもそうですし、ちょっと無理なお願いをしなければいけないときに、ある程度信頼関係ができているからこそお願いできるという場面が多々あります。富山での経験が今につながっているなととても感じます」

他愛のないコミュニケーションが、いざというときの助けになる

仕事には前向きに取り組んでいるものの、東南アジアという広範囲を一括して担当しているため、困難に直面することもあります。なんでも挑戦していく西村の性格もあり、うまく仕事が進まなくなった時期があったと言います。

西村 「会社にいれば、わからないことは周りの人に聞くことは簡単にできます。ですが、在宅勤務が増えたころ、コミュニケーションがどんどん取れなくなってきて。わからないことがすぐに解決できずに、仕事が停滞してしまったことがありました。

そのときに室長に『西村さんはできないときでも、大丈夫です!しか言わない。できないときはできません、と早めにSOSを出すことも仕事をする上で大事なことだよ』と言われたんです。

それから『自分の仕事だから、といつまでも抱えているだけでは、逆に周りに迷惑をかけてしまう』と気付き、最近は周りの人にいい意味で甘えることができています」

富山時代からコミュニケーションに積極的な西村でしたが、このような経験を経て、関係構築のためにもコミュニケーションが重要であることを改めて体感したのです。

西村 「たとえば富山にいる人とも、仕事の話だけをする関係だったら、本当に困ったときに『助けてください』とは言いづらい。相手にとっても、いきなりよく知らない人に無茶な頼まれごとをされたら気持ちよくは引き受けられませんよね。

なので、東京のオフィスの方々だけでなく富山の方とも、他愛のないことでも社内のチャットを利用して話しかけるようにしています」

もちろん、それは逆に誰かを助けることができる機会も増えるということ。そういった関係性の中で仕事をして、『ありがとう』と言われることが今、西村にとって一番嬉しくてやりがいに感じるところです。

そして西村の周りには相談しやすいだけでなく海外駐在経験の豊富な社員がいます。彼女はそういった環境の中でさらに学び続けています。

西村 「その方たちからすると当たり前でも、私は全然知らないということがたくさんあります。そういうときには『なんでこれはこうなんですか?こうしたらダメですか?』などと投げかけて、一つひとつかみ砕いていく。全部が学びだなと思っています。

逆に、私は経験が浅い分、彼らの『当たり前』に対して違和感を抱くこともあります。そういうときにも違和感をそのままにせず、解決するようにしています」

謙虚に学ぶ姿勢と、違和感を放置せずにその都度解決していくこと。この姿勢が、コミュニケーションと理解をさらに深めていくことに繋がっています。

今は準備期間。将来飛躍するために、今いる環境で学び尽くす

西村には、入社前から考えている将来のビジョンがあります。そう、東南アジアへの駐在です。

西村 「今も東南アジアへ駐在したいという気持ちは変わっていません。まだまだ新しく学ぶことも多く、正直しんどいなと感じることもたくさんありますが、今は準備期間だととらえています。

いつ東南アジアへの駐在が言い渡されてもいいように備えておこうと思います。まだ技術に対する知識や営業のスキルも足りないですし、今の貿易事務の業務だけでは現地のことを学べないのも事実です。

なので、自分の業務に限らず周りにいる営業の方などの様子を見ながら、自分で学び取ることを意識しています」

コミュニケーションや学ぶこと、何に対しても積極的な西村は、この2年間を経て自分の意見を持つことの重要性を強く感じています。

西村 「自分から意見を言ったり、行動したり。行動までいかなくても、意見を持っていれば『どうしたいの?』と聞かれたときに『私はこう思うのでこんな風にしてみたいです』と言えます。

それが習慣になれば『こういう風にやったらどうですか?』と提案することもできるようになる。そういう意思表示は、自分が意識的にやってきたことでもあります。

海外業務室に配属されたときに他の地域を担当する話も出たのですが、自分から「私はインドネシアがあるなら東南アジアを担当したい」と意思表示をしました。

その結果、実際に東南アジアの貿易事務を担当することになっています。同じように受け身ではなく意思表示ができる方と一緒に働いていきたいなと思います」

学生から社会人となり、実社会の難しさとおもしろさを感じている西村は、置かれた環境でとことん学ぶ姿勢を忘れません。

西村 「就職活動をするときは、『こうなれたらいいな』と期待することってたくさんあると思います。しかし、働いてみて思っていたのと違うと思っても、それはそれで経験なので、環境のせいにする必要はありません。

そういうスタンスでいると、案外、周りの人から学べることはありますし、『自分がこの仕事を任されたのはこういう意図があるんだ』など視点を変えることもできる。これは、社会人になっての気付きでもありましたね」

持ち前の語学力を生かしてたくさんの仕事をこなす西村。いつか世界で活躍する日を心待ちにしながら、学びの日々を過ごしているのです。