めざしたのはオープンな研究施設。研究者のコミュニケーションを促す空間づくり
Science & Innovation Center(以後、SIC)は、三菱ケミカルグループ(以後、三菱ケミカル)の中長期R&Dの拠点となる施設。「常にイノベーションを生み続け、持続的に社会に貢献するワールドクラスの研究開発部門となる」ことをビジョンとして掲げ、イノベーション創出に取り組みます。
小野:建て替えによりハード面が一新されることになりました。そこで、現在だけではなく将来に渡って軸足となるコンセプトの設定と、それを具体的活動に落とし込むソフト面との調和が重要だと考えました。単に研究開発を行うのではなく、イノベーションを起こす場所にしようと、交流エリアを充実させたのが新研究棟の特徴です。
新研究棟の立ち上げは、そこで働く多くの社員を巻き込むところから始まりました。
小野:社員アンケートを実施し、「イノベーション(新結合)を生むために重要視しているが、なかなか取り組めていないと感じていること」を抽出し、このギャップを解決すべき課題の一つとして、新研究棟の基本コンセプトを詰めていきました。
ここで、明確になっていったのが「生きた情報を入手し、新たな視点やニーズを感知したい」「カジュアルに情報交換できる場がほしい」といったポイントであり、そのギャップを埋めるための鍵となったのが、社内外の交流エリアの設計でした。
社内の交流の促進を目的として、さまざまな研究分野の研究者は同じフロアを居室とし、実験室や廊下は見通しがよい作りになっています。また、カジュアルな交流が生まれやすいよう、人々が通る交差点には社内交流エリアが設けてあります。
社内交流エリアの設計を担当している小野は、情報のオープン化にジレンマを感じつつもチャレンジを重ねてきました。
小野:研究者の多くは、研究途中や特許取得中の情報を社内とはいえオープンにすることに対して抵抗を感じるものです。しかし、交流を促して新しいビジネスやイノベーションにつなげるためには、それらの情報を一定の範囲で公開することが欠かせません。
「従来のやり方に固執するのではなく、新たな挑戦をしてみませんか」といった視点から社内交流の働きかけを行い、情報の開示に協力していただける範囲を広げようと努めています。
オープン化によって、多様性を活かす研究所へ
中村が担うのは、「KAITEKI Palette」という技術の展示をメインとした、来訪者との接点となる社外交流エリアです。
中村:KAITEKI Paletteは、社外との活発なコミュニケーションを図ることを目的とした交流エリアです。来場されたお客様と弊社の研究者がコミュニケーションをとり、互いの技術やアイデアを掛け合わせ、新しい価値をつくるきっかけづくりの場とすることをめざしています。
三菱ケミカルの研究開発部門による常設展示だけでなく、ご来所いただくお客様に合わせて特別展示をすることもできる作りになっています。たとえば、自動車会社のお客様には、自動車業界に関する技術をさまざまにまとめて展示したりしています。
KAITEKI Paletteの構想から設計の進行まで全般を手がけた中村は、ポジションを任せられた当時のことをこう振り返ります。
中村:「私にできるだろうか」というのが率直な気持ちでした。事業所の研究開発や、研究所での外部連携につながる仕事をしていましたが、大きなプロジェクトを主担当として動かすほどの経験が十分とは思えなかったからです。
ただ、研究所ではショールーム運営の経験があったので、そこを起点に構想を練りました。当時抱えていた運営目線からの課題だけでなく、研究者からも要望や当時のショールームを利用する上での課題を出してもらいました。
そこから、関係者の方たちにアドバイスやサポートをいただきながら少しずつKAITEKI Paletteのイメージをつくり上げていきました。
製品を展示する既存のショールームとどう差異化するのか──試行錯誤を繰り返し、都心から横浜まで足を運んでもらうだけの価値を生み出す空間づくりに取り組みました。
小野:完成したKAITEKI Paletteには、「対話を重視する」「技術を体感できる」といった想いが反映されています。中村さんの細やかな配慮が多く施されたものになりましたよね。
中村:たとえば、空気中の二酸化炭素の分離実験の様子が見られる装置の展示では、パネルやディスプレイで見せるだけでなく、デモ装置が目の前で稼働するなど、五感で感じられる工夫が凝らされています。
これら一連の展示の中で、中村がもっとも難しかったと話すのは、技術の見せ方です。
中村:展示自体をオープンイノベーションのきっかけとするには、技術について語り合った上で「新しいことに一緒に取り組もう」となるような空間にする必要があると考えました。
そのためには、語るための技術をどう見せるかがきわめて重要です。展示物については研究者の方たちに相談し、全面的に協力してもらいながら組み立てていきました。
交流が活発になりつつあるのを実感。お客様とともに来訪する本社社員の姿も
新研究棟のオープンからまだ1年足らずですが、当施設に社内外問わず広く関心が寄せられている実感があると小野は言います。
小野:営業の方やビジネスの最前線にいる方は、研究者との打ち合わせ以外で研究所に来ることがこれまではあまりありませんでした。
しかし、「お客様に当社の技術を知っていただき、中長期のビジョンを話すきっかけにしてください」とまずは社内への周知を積み重ねてきた結果、お客様を連れて来られる方が増えてきました。そんな中で、お客様と三菱ケミカルのお互いの研究者がプレゼンテーションを行うなど、新たな交流の機会も増加中です。
中村:「展示されているものを見たい」「ここでこれからの技術の話をしたい」といった声も上がってきています。とくに、当施設と相性が良いと感じるのは、「技術を使って何か新しいことをしたい」と考えている方です。
実際に足を運んで展示を見てくださった方の中には、「こういう見せ方をされると理解しやすいですね」「なるほど。こうやってできているのかということが初めてわかりました」と感想を聞かせてくれる方も多くいらっしゃいました。従来のショールームとは違う価値を提供できている手ごたえを感じています。
社内向けに開放するオープンデーもこれまでに何度か実施してきました。参加した社員からはこんな驚きの声も上がっていると言います。
中村:社内の異なる領域や研究所でどんな研究がされているのかを知らない社員は少なくありません。「社内でこんな研究をしていたんだ」といった具合に、新たな情報源になっているケースもあるようです。
研究者が活用したくなる空間にアップデートし、イノベーションの拠点に
現在もフレキシブルにアップデートし続けている2つの交流エリア。真にイノベーションを生み出す場所となるのは、これからです。
中村:研究者から、「ぜひ利用したい」「自分の展示を置きたい」「自分の技術を外に出していきたい」といった企画の持ち込みがどんどんと増えるような施設へ育てていきたいです。
そのためにも、研究者を含めた社内の意見や要望にもっと耳を傾ける必要も感じています。「お客様を連れて来てください」とただお願いするだけでなく、この場の活用の可能性をより社内に浸透させいく必要があると感じています。
小野:社内交流については、内にこもる傾向のあった研究所という場がオープンになることで、ビジネス部門とともにより良い研究開発テーマを継続的に生み出せることが理想です。研究者が営業にとって良いパートナーとなるような環境づくりをめざしたいと思っています。
三菱ケミカルの目標は、化学の力を活用して人口増加、資源・エネルギー、環境汚染などさまざまな社会的課題を解決すること。知識と経験を結集し、課題解決に向けた革新的なアイデアを生み出す環境をつくるために。ふたりは今後も成長し続けます。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです