希望が叶ったもののモチベーション維持に苦労した米国勤務。しかし経験はやがて力に
もしあのとき、こうしていたら、ああしていれば──未来は違っていたかもしれない。
どれだけ後悔しようと、過去は変わりません。それでも、過去の解釈を変えること、未来に活かすことはできます。キャリアアドバイザーとして、キャリア形成に悩む社員に向き合う富岡も、36年に及ぶ〈みずほ〉での経験を活かし働く一人です。
富岡が入社したのは、1986年。国内の2カ店を経て、ニューヨーク勤務を経験しました。
富岡 「私が今、キャリアアドバイザーとして、海外勤務を希望する社員から相談を受けたら、『何のために海外に行きたいのか』『何を得たいのか』『帰国後は、どのように組織貢献をしたいのか』と聞きます。
しかし恥ずかしいことに、当時の自分はそれらの問いへの答えを持ち合わせていませんでした。目的意識は希薄。あえて言えば、『海外で働くこと』が目的になっていたのかもしれません。なので、法人営業をやっており海外赴任したかった自分は、『日本で実績を上げられない者を、海外に行かせられない』という支店長の言葉を受け止め、とにかく課せられた数字目標を達成することに全力を傾けました。
目標項目は全て達成し、運よく海外赴任できることになりましたが、『海外で働くこと』を実現したことで目標を見失ったような状態でした。そして、着任した当初、何かモチベーションが湧かなかったことを思い出します。
また、ニューヨーク勤務4年間のうち3年にわたって担当したのは、不動産ファイナンスという業務でした。当時は米国の不動産不況のため、不動産ファイナンスの新規融資が難しく、むしろ、既存融資の対象プロジェクトが当初計画通りのキャッシュフローを生んでいるか、返済が難しくなりそうなことはないかをモニタリングすることが中心でした。
それ自体は非常に重要な仕事ではあるのですが、若かった自分は、直接的に数字目標につながるような新規の融資業務を担当する同期が羨ましかったのを覚えています。何か、『地味な仕事』と勝手に誤解していました」
ところが、帰国して3年後に国際審査部に配属後、思わぬかたちでニューヨーク時代の経験が活かされます。
当時は金融当局による金融検査で「返済が難しい」と判断された融資に対しては、決められた割合の貸倒引当金を計上しなければなりませんでした。
しかしながら、貸倒引当金は銀行にとってのコストになります。「当局の指摘と銀行の考えが違う場合、計画通り返済されること」を当局に説明し、認めてもらう必要がありました。
そして、ニューヨークのとある大口の不動産ファイナンス案件も、金融当局検査でその指摘を受けた案件の一つでした。富岡はニューヨークでの経験を活かし、ニューヨーク支店の担当と1週間にわたってやり取りを続けた上で、当局への説明に臨みました。
富岡 「結果的に、約束通り返済いただける債権だという認定をもらえることができたのです。無事に説明を終えてフロアに戻ったら、部のメンバーから拍手で迎えられて、担当役員の方からも『よくやった』と言葉をかけられました。ニューヨーク支店のときに、いまひとつ前向きな気持ちになれていなかった不動産ファイナンス業務の経験を活かせたことは、とてもうれしかったです。
また、その後の業務でも不動産ファイナンスの経験を活かせる機会があり、もっとニューヨークで頑張っておけばよかったと思うこともありました」
上司に見出された、“育成役”としての適性──教えることを軸にキャリアを描き始める
それから複数の支店で、大企業RMや副支店長を経験し、支店の外国為替業務をサポートする部署に異動した富岡。転機となったのは、46歳のときに心身のバランスを崩し、4カ月休職したことでした。
富岡 「復帰初日は非常に不安でした。しかし、部長が、『富岡、待ってたぞ。心配したぞ』と温かく迎え入れてくれたのです。その声に、心から救われました」
復帰後は、人民元関連の新たなサービスを企画する若手社員をサポート。その姿を見た部長が、富岡に人材育成の適性を見出します。
富岡 「支店の外為業務の底上げを図る目的で作られた『外為教育』を担うラインの責任者が異動するタイミングに、『そのポジションを任せたい』と言ってくれました。復職して間もない私に『富岡なら』と期待してもらえたことがうれしくて、引き受けることを決めました」
その1年後の2011年、人事からの要請を受けて、新入社員向けの外為業務の研修に登壇した富岡。この経験が次の転換点となりました。
富岡 「外為の専門家として教えるからこそ、 “知識をどう営業活動に活かせるか”をイメージできるような研修を心がけました。自分で言うのも変ですが、受講生の評判は良かったと思います。紙のアンケートの裏面までびっしりと感想を書いてくれた受講生もいました。
『自分に適性があるのなら、今後のキャリアとしていいかもしれない』と初めて思ったのは、このときでした」
その後、50歳になり、念願が叶って人事部の中の新入社員教育に従事することに。具体的には、外為の研修講師をしたり、テキストやテストを制作したりと、日々の業務に精を出していた富岡。
しかし、そのころからフィンテックやブロックチェーンといった最新技術を活用した決済手続きの実証実験が進むなど、外国為替を取り巻く仕組みが大きく変化する予感がありました。
富岡 「遅かれ早かれ、自分が学び経験してきた外国為替取引の知識が通用しなくなると思いました。その危機感に対応するため、時代が変わっても人事部で必要とされる存在にならなければ、と、54歳のときに“ナビゲーター”と呼ばれる、新入社員の人事メンターに自ら手を挙げたのです」
若手社員の退職を止められなかった後悔──次は寄り添えるように、傾聴力を磨く
ナビゲーターの役割にも、社員の成長に貢献できる仕事としてのやりがいを感じていた富岡ですが、そのころ、悔いが残る出来事を経験します。
富岡 「初めての人事異動に向けて、どんな業務を希望したら良いか悩んでいる新入社員がいました。『君の強みや興味が活かせるよう、こんな業務を希望してはどうか』と懸命に助言しましたが、その2カ月後に退職してしまいました。
いま思うと、その新入社員は、実は面談時にすでに退職しようか真剣に悩んでおり、そのことについて相談したかったのかもしれません。その社員の状態を正しく理解しようとせず、一方的に話してしまったことを悔やみ、人の話を『聴く』ことの難しさを痛感しました」
傾聴力を高めようと、産業カウンセラーの資格を取得し、またキャリアに悩む社員に寄り添えるように、キャリアコンサルタントの国家資格を取得した富岡。学べば学ぶほど、傾聴の難しさを思い知るばかりでしたが、その後も上位資格の取得をめざすなど、諦めることなく研鑽を続けていきます。
そんな富岡の原動力にあるのは、“人”であり、休職後に見つけた仕事への新たな“価値観”です。
富岡 「以前休職した際、同じ部署の同期がたまに電話をくれていました。『おう、元気か?』という軽い会話でしたが、非常に救われる想いがしたものです。
また、今のキャリアにつながるきっかけを与えてくれたのは当時の部長でしたし、たくさんの人に助けられてきました。今まで支えてもらったからこそ今度は私が誰かを支えたい、そんな気持ちがあるんだと思います」
2021年には、57歳で社員のキャリア相談を担うキャリアアドバイザーの社内公募に手を挙げました。
富岡 「それまで自分の専門だった外国為替業務の研修講師としての自分と決別することになるため、大きな決断でした。それでも、『ニューヨーク勤務時代から、自分はいつもキャリアに悩んでいたように思うが、その都度、人に助けられた。今度は自分が、社員のキャリアの悩みに寄り添える存在になりたい』と思ったことが決め手になりました。
思えば休職したときは本当にショックで、『自分はいったい、何のために働くのか』を真剣に考えました。そのときに新たに見つけたことは、自分の仕事への価値観がそれまでの『昇給昇格』から『人への貢献』へと変わっていたことです。外側から見た経歴・役職などの、いわゆる『外的キャリア』から、働きがいや生きがいといった『内的キャリア』に、意識が変わったのだと思います」
2023年1月現在も、富岡はキャリアアドバイザーとして、社員のキャリアの相談に乗ったり、キャリアアドバイザーの立場から、他チームと連携してキャリア研修企画に参画したりしています。
富岡 「〈みずほ〉では、2021年10月からの人事制度変更により、いわゆる一般職や総合職と呼ばれるような『職系』がなくなりました。
これ自体は活躍機会の限定がなくなるので良い動きではありますが、一方でキャリアに悩む社員が増えているのも事実です。その社員たちを支えることが、今の私のミッションだと思っています」
どんな場所に行こうとも、前向きに取り組めば、あらゆる経験がキャリア形成につながる
58歳となり、社会人36年目を迎えるベテラン社員の富岡。ニューヨーク支店へ赴任したり、支店の課長や副支店長を経験したり、外為業務の人材育成を担ったりと、さまざまな経験をしてきました。
富岡 「それぞれ学ぶことが多く、貴重な経験でしたが、今が一番、気持ち的には充実しているかもしれません。失敗も多く、失敗から学んできたキャリアでしたが、そうした過去があって今がありますので、後悔はありません」
この自らのキャリアを「遅咲き」と表現する富岡。キャリアに悩む社員に後悔してほしくないとの想いで、目的意識をもつ意義を語りかけ続けます。
富岡 「会社に任せきりではなく、組織からの役割期待を考えつつ自分のキャリアをつかみ取る時代を迎えた今、『自分は何がしたいのか』『なぜそれがやりたいのか、その希望が叶った先にどうなりたいのか』まで考えてほしいですね」
もう1つ、富岡が若手社員に伝えたいのは、まずは、目の前の与えられた業務・役割にしっかりと向き合う姿勢の大切さです。
富岡 「自分が何をしたいのか、を考えることが大事であるものの、実際のところ、組織では自分の希望とは異なる仕事に就くこともあります。でもそんなときこそ、与えられたミッションや目の前の仕事をやり切り、そこで何か得てほしいと思うのです。
嫌いなことや遠ざけたい仕事を実際にやってみたら、わかるようになることで興味が沸き、それを続けることで強みになることもあると思います。また、仕事のやり方や捉え方などを工夫することで、仕事にやりがいを感じ、前向きになれることもあります」
ニューヨーク赴任のときに目的意識をはっきりと持っていたら、あのとき悩んでいる社員にもっと傾聴して寄り添えていれば──未来は違ったかもしれない。
富岡にも、そんな考えがよぎる瞬間は幾度となくあったはずです。
それでも、失敗も、後悔も、反省もあった過去に蓋をするのではなく、過去を生かす道を富岡は選んできました。充実する今のために過去がある、と思うくらいに、その過去は今も息づき、富岡を前へ突き動かしています。
これから先もまた、違った後悔があるのかもしれません。そうだとしても、富岡はそれをものともしないはずです。そしてきっとこう言うのです。「過去には後悔したけれど、今が充実しているから後悔はない」と。
過去を生かす術を知っている富岡が、学びを続けながら歩んでいく先。そこは今よりももっと、富岡らしい色で彩られた、より良い場所であるばずです。