「出世は諦めているんだね」ほぼ前例のない、長期間の育児休業取得
育児休業制度は、男性社員の取得率が年々高まっている福利厚生制度の一つです。2021年6月には、分割取得や休業期間中の労働を可能にした改正案の成立が話題を呼びました。
仁井田はパートナーの実家が遠方であることから、里帰り出産を選択肢から外し、第一子の誕生と成長を夫婦で支えあうと決め、2020年4月から3カ月にわたり育休を取得しています。
仁井田 「当初は漠然と取得を検討していましたが、制度や育児そのものについて情報収集を進めるうち、出産直後の女性の育児は心身ともに過酷であることに気付いたんです。父親の役割を考えたときに、パートナーの負担軽減や、我が子の成長を近くで見守りたい思いが生まれ、3カ月という長期間の取得を上司に相談しました」
直属の上司である課長の前向きなリアクションが、仁井田の意思を固くしたといいます。
仁井田 「『仕事人生には限りがあるが、子どもや家族の繋がりは一生続くもの。ともに過ごす機会があったほうが良い』と背中を押してもらいました。この会話を機に、周囲にもオープンに話すようになったと思います」
一方、ロールモデルになる男性社員が身近にいないこと、お客さまや職場へ少なからず迷惑をかけること、今後のキャリアへの弊害となり得るのではないかという懸念など、ネガティブな思いが仁井田の心を揺さぶりました。結果として取得期間の短縮や見送りはしなかったものの、周囲の理解と応援があってもなお、仕事を一定期間手放す後ろめたさがついて回ったと言います。
仁井田 「幸いお客さまには理解を示していただけましたが、営業という仕事柄、途中で担当を離れることへの葛藤がありました。実際、社内の同世代の人間から『出世は諦めているんだね』と言葉を掛けられたこともあります」
育休取得がキャリアの弊害になるという見方が日本社会に深く根付き、それが妥当だと受け止める個人が一定数存在することを実感した仁井田。直接向けられた冷ややかな意見が自身の未来に及ぼす影響は、職場に復帰するまで確かめることができません。育休の長期取得について腹を括って決断しなければならないという事実が、多くの男性を悩ませるのでしょう。
母親にしかできない育児をなくす──育児休業は「休暇」ではない──
では実際、育休期間中どのように過ごしたのでしょうか。仁井田は当時の体力的な負担や、夫婦2人で取り組む子育ての現実を次のように振り返ります。
仁井田 「昼夜関係なく2〜3時間おきに寝て起きて、を繰り返す我が子につきっきりでした。まとまった睡眠時間が確保できないので、夫婦で交互に睡眠・休憩を取りながら面倒を見ていましたね。結果、夫婦で直接会話し、ともに過ごす時間が減少しました。同じ時間を共有しながら子育てに取り組むイメージを持っていたので、現実とのギャップは大きかったです。加えて、家庭外での交流や社会との繋がりが断たれると、寂しさや心細さも感じられましたね」
生活の中心が仕事から家庭に替わり、強制的に子ども中心の時間軸で過ごすようになると、不規則な生活リズムや睡眠不足のほか、自分の時間が確保できない等、様々な戸惑いやストレスを感じるようになりました。
初めての育児の苦労を噛みしめながらも、仁井田はパートナーのサポートやコミュニケーションの取り方に工夫を凝らします。
仁井田 「子どもには粉ミルクを与えることでパートナーの体力負担を減らし、『母親にしかできない育児』をなくしました。また、互いが寝ている間に起きた出来事や気持ちのやり取りは、交換日記という形で記録するようにしたんです。子どもの成長を目のあたりにしながら、心身ともにパートナーをサポートできたことは、育休を取得した大きな意味になったと思います」
慣れない育児と並行して家事にも取り組む中で、仕事ができることの有難みや、パートナーのこれまでのサポートに対する感謝も芽生えました。
仁井田 「自分が仕事に専念し作り上げてきたキャリアは、パートナーの支えがあってこそ実現したのだと痛感しました。取得以前から、時短勤務で仕事と家庭を両立する女性社員の姿を目にしていながら、その大変さには当事者になって初めて深く共感できたと思います。自身が職場復帰したら、両立する社員が働きやすい職場環境を作ろうと強く思いましたね」
家事・育児に専念し休む暇なく家族を支えた時間は、仁井田の家庭への参画意識を強め、仕事における成長や有難さ、働くことの喜びを振り返る機会へ繋がりました。当事者としてできることを模索し、復帰後の職場に思いを馳せながら、代わりの利かない家族の一員として忙しく日々を過ごしたと言います。
復帰後も変わらない周囲の眼差しと信頼関係。気付けば自分がロールモデルに
充実した育休期間を終えれば、待っていたのは3カ月ぶりの職場復帰です。「出社しづらかった」と当時の胸の内を語る仁井田。ブランクはもちろん、周囲から冷たい眼差しを浴びるのではないかという不安や、自分の業務を請け負ってくれた職場に対する申し訳なさが重くのしかかりました。
心配は想像する程に膨れ上がりましたが、実際は、復帰初日から育休取得前と変わらぬ業務量を任されることになります。
仁井田 「自身への役割期待が下がらなかったことに安心しました。もし変に気を遣われて業務量が変わっていたら、これまでの自分の振る舞いや仕事における勘を取り戻すのに時間を要したはずです。職場での周囲の対応が変わることもありませんでしたし、長年取り組んできた営業の仕事は自分の感覚に根付いていたので、違和感なく復帰することが出来ました」
お客さまからは温かい言葉を掛けていただき、職場では会話の延長に育休の話題が上がるようになったといいます。気付けば、自身がロールモデルとして周囲からの関心を集めるようになり、後輩から育休取得に関する相談を受ける等、コミュニケーションの幅も広がりを見せました。
取得前から日々積み重ねてきた、職場・お客さまとの信頼関係が3カ月の育休取得で簡単に崩れることはありませんでした。様々な葛藤が杞憂に終わり、「キャリアへの弊害なく職場復帰を実現できた経験」を踏まえて、仁井田は育休の長期取得をこう語ります。
仁井田 「様々な考えがあると思いますが、躊躇している人がいれば背中を押したいです。 仕事と家庭は簡単に比較できないですが、長い仕事人生の中で数カ月間家庭に専念する期間があってもよいのでは、と考えています。 自身の体験を振り返ってみても、人生を充実したものにするために家族と過ごすまとまった時間を確保することは、非常に有意義なことでした」
「必要不可欠か否か」厳しい視線に思うこと──自由な選択ができる職場に──
現在、取得時にサポートをしてくれた上司と同じ課長職として、チームのマネジメントにも尽力する仁井田に、あらためて「男性が育休取得を躊躇う理由」を考えてもらいました。 仁井田は、職場や周囲の理解に欠けること、男性自身の制度理解の浅さ等、取得の弊害となる要素の根本に、日本社会に浸透した「思い込み」が潜在していることを指摘します。
仁井田 「男性の育休取得は『必要不可欠でない』という見方があるように思います。入院・出産を経て育児に突入する女性の休業とは異なり、男性は直接的な影響が少ない分、業務を投げ出したという受け止め方をされてしまいがちです。周囲にロールモデルがいなければなおさら、取得を検討している男性は委縮せざるを得ません。母親だけが育児をするという固定観念が薄まって、男性の育児参画は当たり前という認識が広がって欲しいですね」
また、性別ごとに仕様が異なる育休関連のパンフレットでは必要な情報が網羅されなかった経験や、身近なロールモデルの少なさを踏まえ、「男性の育児」に関する情報収集の難しさについても触れました。
仁井田 「会社組織においては、職場環境が取得可否の判断をする上でスタンダードになりやすいです。〈みずほ〉では既に行われていますが、 社内アンケートで両立者の意見を吸い上げ、それぞれの持ち場で活躍するロールモデルの存在を認識・共有することで、取得を検討する社員や周囲の視野を広げられると思います」
現在の日本社会では、性別の違いによる役割分担がキャリア上の格差となっていることに、賛否を含め様々な意見があるのが現状です。だからこそ仁井田は、取得を検討し両立を目指す人たちに手を差し伸べたいと語ります。
仁井田 「自身が模範となれるよう背中を見せ、悩んでいる社員の相談・業務のサポートに積極的に関わりたいです。育休期間中、大部分の仕事を引き取ってくれた上司の、理解と実務的なサポートが大変重要でしたから。人生を充実させる要素は仕事、家庭、余暇等様々ですが、何かが欠けてはもったいない。家族や職場との関わりの中で納得できる選択をしてもらいたいと思います」
キャリアビジョンの実現と家庭への参画意識は、天秤にかけるものでも、性別によって優劣をつけられるものでもありません。男性両立者の手本となり、後輩の背中を押したいという仁井田。自身の経験に軸を置くのではなく、個々が思い描くワークライフバランスの選択を尊重する姿勢は、将来両立を迎える多くの社員に勇気を与え、誰もが活躍できる風通しの良い職場作りへの大きな一歩となるでしょう。