セクシュアルマイノリティ当事者として他の当事者の思いを胸に始まった挑戦
「れい、これにエントリーしてみなよ」
そう言ってれいの背中を押したのは、れいのことをよく知る仲の良い先輩でした。
2020年に開始された〈みずほ〉の社内兼業制度。面白そう、やってみたい。踏み出したその第一歩が、れいのチャレンジの始まりでした──
〈みずほ〉のダイバーシティ・インクルージョン推進室(以下、D&I推進室)は、2020年度のLGBT施策を共に推進していく社内兼業者を募集しました。そこで真っ先に立候補したのが、れいです。
れい 「私はパンセクシュアル(恋愛対象に性別の区別がないセクシュアリティ、全性愛)です。これまでプライベートでも職場でも、自分のことをもっと知ってほしいと思う相手には、セクシュアリティをカミングアウトするという選択をしてきました。
でも私は、私自身のセクシュアリティや価値観を理解することは求めていないんです。まずはお互いを知ること。それが相互に尊重し合う関係のスタートだと思っているので」
「D&I」とは、人材の多様性(ダイバーシティ)を認め、受け入れて活かす(インクルージョン)という考え方。性別や国籍、年齢などに関係なく一人ひとりの価値観や個性を尊重し、すべての社員が存分に能力を発揮して活躍できる組織を作り、〈みずほ〉の新たな企業価値を創造する役割を担っているのが、D&I推進室です。
D&Iの推進はトップダウンとボトムアップの両輪を走らせる必要があります。トップが強いメッセージを発信して組織の目指す方向を示すことは重要ですが、それだけでは足りません。進むべき方向に向かって実際に組織を動かしていくのは、これまでの経験で得た知見やアイデアを持っている社員です。
社内兼業者制度は、社員が自らやりたい業務に応募する、まさにボトムアップの熱意が活かされる仕組みです。
れい 「〈みずほ〉のLGBT施策については、入社以来ずっと注目していました。ここ数年で、他社と比較してもLGBT関連の制度が整ったという実感はありましたし、様々な場面で多様性のある会社にしていこう、社員一人ひとりが変わっていこうというメッセージが発せられているのも伝わってきていました。
しかし、制度や施策を考えている人の中にLGBT当事者がいないのではないかという気がずっとしていて、その点には少しもどかしさを感じていました。セクシュアルマイノリティである自分が入ることで化学反応が起きれば、もっと変えていけるのではないか、という思いがありました」
D&I推進室への社内兼業者として任用されたのは、れいを含めた3人のメンバー。セクシュアルマイノリティに該当するのは、れいのみでした。
れい 「他にもD&I推進室での社内兼業に応募した人はいたけれど、残念ながら任用とはならなかった人も多くいたと聞きました。その人たちも私と同じように、LGBTやD&Iに強い思い入れがあったはずです。その人たちに、『あの時採用されたのがれいで良かった』と感じてもらえるよう、やるからには全力で取り組もうと思いました」
LGBT当事者は身近に存在する。知ることで変わるコミュニケーション
LGBTという言葉自体は徐々に浸透してきたが、社内の人々は意識しすぎるあまり、うまくコミュニケーションが取れていない状態になっているのではないか──
れいは、D&I室で他の兼業仲間と議論をしながら、そんなことを感じていました。
しかし、現実の課題はもっと入口の所にありました。
れいたちD&I推進室の兼業メンバーが全社員を対象に行った「LGBT実態調査アンケート」には、約6,000件の回答が寄せられました。その中でれいが気になったのは、「自分の周りにはLGBT当事者がいない」と断言する回答が全体の3割にのぼったことです。
れい 「最初はLGBTに関する誤解や、当事者のプライバシーに踏み込むような過度なコミュニケーションを恐れるあまり、あえて話題にしないようにしている人が多いのではないかと思っていました。しかし実際はまったく違っていて、多くの人が、『当事者が身近にいるかもしれない』という考えを持っていないということがわかりました」
一方で当事者からは、カミングアウトをしていない、という回答が目立ちました。
れい 「もちろん、カミングアウトをすることが最善の選択ではありませんし、促したいわけでもありません。しかし、非当事者の無意識の同調圧力が、カミングアウトをしにくい状況を作っている側面はあると思うんです。
そもそもLGBTに限らず、いろんな特性や個性、背景を持った人が身近にいるということがコミュニケーションの前提になっていることが大事なんだと思います。そうした前提がなければ、まったく悪気なく配慮のない言動をしてしまうなど、健全なコミュニケーションが阻害されると思います。
そうならないためにも、みんなが相手に好奇心を持って接し、お互いの価値観を尊重する組織に変えていきたいんです」
れいは、LGBT当事者が自分の言葉で社内に思いを発信する必要性を感じ始めました。
れい 「いくら理解促進のための研修をしても、アンケート結果を示したとしても、当事者が身近にいるという実感にはならないと思いました。LGBT当事者と、当事者が身近にいないと捉えている社員が、実際に対話する必要があると強く思ったんです。そのためにはまず、LGBT当事者が自分たちの生の声を発信するというアクションを起こさなければなりません」
れいのこうした思いは、さらに仲間を巻き込んでいきます。
180度変わった気持ち。私も一緒に〈みずほ〉を変えたい
〈みずほ〉には「Mizuho LGBT+ & Ally Network」(M-LAN)という社員コミュニティがあります。M-LANは、LGBTに関する社内の理解を促進して、社員一人ひとりが生き生きと働ける、多様性に富んだ職場づくりに貢献することを目的とする社員グループです。
れいはM-LANに参加し、LGBT当事者の社員が登壇する社内イベントの開催を提案しました。
その時に「一緒にイベントを成功させよう」とれいが声をかけたのが、友人のまなです。
まなは今までこうした活動に対し、意欲的なタイプではありませんでした。
まな 「私はLGBTの『L』(レズビアン、女性が恋愛対象の女性)にあたります。しかし、これまで職場でカミングアウトしたことはなかったし、当事者として特に困っていることもありませんでした。
同僚のほとんどが結婚していることもあり、私の周りに私以外のLGBT当事者はいそうにないなと思っていましたし、『声を上げても仕方がない、日々忙しく働くなかで会社を変えていくなんて、自分にはできっこない』と、はじめはそう思い込んでいました。
それに、組織が大きく変わるのは上層部の方がトップダウンで指示したときだけ、とも思っていました。自分が動く意味なんてないと思っていたんです」
そんな考えを持っていたまなを変えたのが、れいからの誘いでした。
まな 「れいに声をかけられなかったら、M-LANに参加することは恐らくなかったです。でもれいの話を聞いていて、れいやM-LANのメンバーと一緒なら、この行動の輪が少しずつ広がって大きなうねりを起こせるんじゃないかと思えました。
〈みずほ〉が会社として制度を整え、意識改革を推進している一方で、れいはひとりの社員として、ボトムアップで組織を変えようとしている。れいの挑戦する姿を見ていたら、社員の行動が起こしたうねりで〈みずほ〉は絶対に良くなると思えたし、組織を良い方に変えていけるチャンスを傍らでただ見ていて、応援しているだけではもったいないと思いました」
私も加わって〈みずほ〉を良い方向に変えていけたら、きっと、もっと楽しい──
そうした思いを携え、まなはM-LANへの参加という形で、最初の一歩を踏み出しました。
まな 「私はこれまで、周りと合わせて現状に留まろうとすることが多かったんです。『なにかやるなら正しい結果を出さなければ』と思い込み、失敗を恐れて行動に踏み出せなかった。
でも、れいが『何が正しいかなんて未来は誰にも分からないんだから、組織のために自分が“良い”と思ったことなら、どんなことでも発信すればいい』と言ってくれて、本当にその通りだと思いました。
今は、何もしないと後退する一方だと感じています。それが一番大きな気持ちの変化ですね」
こうしてまなは、社内イベントにLGBT当事者として登壇することを決意しました。それは、職場でカミングアウトしていなかったまなにとって、とても勇気のいることでした。
れいとまなの動きは、さらに仲間を呼びました。
「組織が変わろうとしている。制度は整った。次は、私たち当事者が変わる番だ」と、他のLGBT当事者も、登壇者へと立候補したのです。
れいが起点となり、まなを、そして社内の仲間を巻き込みながら、〈みずほ〉に変化が芽吹き始めました。
ボトムアップの動きが、人を変え、組織を変え、新たな〈みずほ〉をつくる
れいは現在、M-LANメンバーとして活動していますが、以前は入るつもりがなかったと振り返ります。
れい 「M-LANに入る前は、アライ(支援者)の人がLGBTに関する啓発活動をしている団体なのだろうと思っていました。M-LANの存在は知っていたのに入っていなかったのは、そんな先入観があって、自分とは合わないだろうと思い込んでいたからです。
しかし、M-LANに入って一緒にイベントを作り上げていく中で、M-LANのメンバーには様々な背景を持つ人がいて、LGBT当事者かどうかというようなラベリングをすることなく、一人ひとり違う人間だということを前提として、その価値観や人間性に向き合っているということを感じました。〈みずほ〉を、もっと多様性が生かされる組織にしていこうという、M-LANの本気度を感じました。
いつか、一人ひとり違うことが当たり前になって、LGBTみたいなラベリングも全部なくなって、M-LANがいらなくなることが目標なんです」
当たり前や普通の基準は、人によって違う。人間は誰もがオリジナルの存在であり、相手の価値観を知ることがコミュニケーションの始まりだという考えをれいは持っています。
そして、そのれいの影響で、行動を起こしたまな。
2人はこの先、どんな未来を展望しているのでしょうか。
れい 「〈みずほ〉の未来に続く道は、私たち一人ひとりが起こすアクションで、より明るい方へ延ばしていけると思っています。
私が自分にできることを行動に移していくことで、新たな出会いがあり、縁が生まれ、さらにその縁が大きな円となり波紋のように広がっていくはずです。いまやっている取り組みは、あくまで通過点にすぎません」
まな 「当事者である私たちが動くことで、組織は変わっていくのだと実感しました。それに、LGBT当事者である私が困らずにいられたのは、D&I推進室の人やM-LANの人たちが行動してきてくれたおかげだと気が付いたんです。これからは私が、行動する側になっていきたい。そして、それがいま、とても楽しいんです」
れい「社内兼業やM-LANでの活動を通じて、社内には、熱い思いを持っている人たちがたくさんいることを改めて実感しました。私たちの姿を見て、社内の誰かが自分の中に情熱の火を灯して『自分も行動してみよう』と一歩踏み出してくれたらうれしいです。まなとの縁が一つの化学変化を起こしたように、誰かの一歩がまた誰かの心に響き、つながりが連鎖していったら、〈みずほ〉はもっと良くなるはずです」
2020年11月28日に開催したM-LANのオンラインイベントには、れいとまなを含むLGBT+の社員4人が登壇し、自分たちの思いを存分に語りました。また、視聴している社員から寄せられる質問にリアルタイムで答えるという形で、れいがどうしてもやりたかった「対話」も実現しました。
イベント後のアンケートには「本当に働きやすい職場とは、LGBT+の方々にとってだけではなく、すべての人にとって働きやすい職場なんだと感じた」といった声が多く寄せられ、2回目、3回目の開催が熱望されています。
どんな小さな一歩でもいい。どんな行動だっていい。ひとりが行動を起こすことで誰かとつながり、そのつながりが別の誰かにつながる。その連鎖が新たな発想を生み、周囲や組織にインパクトを与える。最初の小さな勇気は、こうして大きな力になる。
組織を変えていくのは、人なのだ。
れいとまなは、M-LANがなくなる未来に向かって、共感の輪を広げながら、新たな挑戦を続けています。