「デザインって、エモーショナルな仕事」メンバーの意見に耳を傾ける日々

三菱自動車デザイン本部のエクステリアデザイングループは、車の外装のデザインを手掛けるデザインのプロフェッショナル集団です。芦田は、ASEANで販売されている「エクスパンダー」をはじめ、数々のカーデザインを手掛けてきました。

芦田 「デザインの仕事は、まずスケッチから始まります。『こんなものを売りたい』や『こんな人たちに運転してもらいたい』などの企画をもとに、三菱として出すべき新しい車のデザインを考え、スケッチに落とし込んでいきます。スケッチをしながら本部長などに意見をもらい、商品として求められている世界観にデザインを合わせていきます。

こうして、でき上がったスケッチをもとに、3Dデータや、クレイモデルを作ることが次のステップです。モデルやデータを役員や社長に提案し、デザイン案を絞ります。同時に、法規に合った車になるように他部署とのすり合わせを行うのも、デザイナーの重要な仕事です」

また、芦田はマネージャーとして、プロジェクトの全体を俯瞰しながらチームを牽引しています。 

芦田 「チーム全体を率いるのが私の仕事ですが、デザイナーのチームでは、全員が同じ方向を向いていても駄目なんですよ。たとえば、『丸を作って』と言われて、みんなが同じ丸を作ってしまったら意味がない。マネージャーの仕事で大事なのは、チーム全体のバランスをとりながら、上手くデザイナーを導くこと。優しい丸や硬い丸など、さまざまな丸をアウトプットさせたいのです」

マネージャーがバランスを取ることで、デザインの多様性が生まれる。そのために芦田は、デザイナー一人ひとりの意見に耳を傾けます。

芦田 「デザインって、すごくエモーショナルな仕事なんです。不思議なもので、デザイナーが嫌だなと思ってデザインしたら、嫌なものができてしまう。良いものを作ってもらうためには、デザイナー自身が自信を持つことが大切です。だから私は、みんながモチベーションを上げられるように、それぞれの声を尊重することを心がけています。難しいですけどね」

海外で多国籍チームを牽引。「スケッチを描くだけがデザインではなかった」

▲留学時代

芦田がデザイナーの道を志したきっかけは、ふとしたことでした。

芦田 「私は高校を卒業してすぐ、アメリカへ留学しました。明確な理由があったわけではなく勢いで(笑)。最初は警察官や消防士に憧れて『National Ranger Service:森林警備隊』を目指したのですが、国籍の関係で就職できず断念しました。どうしようかと悩んでいた時、偶然テレビでデトロイトモーターショーを見かけました

番組では、有名なカーデザイナーが手描きのスケッチを描いていました。そのスケッチがあまりに綺麗で『これだ!!』と思って。一生懸命勉強して、世界有数のデザインの学校に入りました」 

念願のデザイン学校で、車のスケッチや、デザインのプレゼンテーションをみっちりと学んだ芦田。このままアメリカで就職を……。と考えたとき、日本の自動車メーカーからの誘いを受けます。話を聞き「日本に戻るのもおもしろいかも」と帰国を決意。その後、自動車メーカーを3社経験し、デザイン経験を積みました。

芦田 「やることなすことすべて上手くいくという感じで、とても楽しい期間でしたね。でも、ある時『マネージャーになってみんなを引っ張ってほしい』と会社から言われまして」 

突然の打診に芦田は戸惑います。自分はまだデザイナーとして燃え尽きていない。日本だけでなく、海外でも手を動かしてみたい──。決意したのは、イタリアにスタジオがある自動車メーカーへの転職でした。

芦田 「私の中で芽生えていたある使命感も、海外行きを後押ししました。日本人は仕事に対して真面目だし、良いデザインもするのに、それが世界で知られていない。『日本ってすごいんだぜ!』というのを海外に伝えたいと思っていたんです」

使命感を胸に海外に出た芦田は、デザインの仕事の傍らチームのリーダーを任されます。そのチームは、フランス人、韓国人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人という多国籍なメンバー構成でした。

芦田 「あまりにみんなが言うことを聞かなくて、ビックリでしたよ(笑)。OKOKって言うのに、全然仕事をしてくれなかったり。一度、上司に、みんなが言うことを聞いてくれないと相談したこともありました。でも上司には、『それをまとめるのがリーダーの仕事でしょう。何を言ってるの』と言われるようなシビアな環境でした」

日本とは大きく違う環境。だからこそ新しい発見もあったと言います。

芦田 「リーダーとしてチームをサポートして、みんなでモノを作る経験をするうちに、気づいたんです。スケッチを描くことだけがデザインではない。チームを作ることも、ある種のデザインだって。そう思うとリーダーの仕事が楽しくなりました。チームメンバーに感謝されることも多く、これまでにない達成感を得ることができましたね」

三菱自動車のユニークなデザインができる過程を、中から見てみたくなった

▲京都散策

イタリアで活躍し、手応えを感じた芦田。しかしビザの関係で、半年ほど日本に帰らなくてはならなくなりました。テレワークをしながら街並みを散歩する日々の中で、ふと思います。

芦田 「日本って、良いものがいっぱいあるなと改めて思ったんです。それから、こんな風に日本の魅力を感じられるのは、海外に行った人ならではかもしれないな、とも感じました。ならば、この日本のすばらしさを伝えていくのが僕の責務なんじゃないかなと思えてきて、もう一度日本の企業に入ろうと決めたんです」

元々勤めていた会社に戻るという選択肢もありました。しかし、せっかくなら慣れない環境で自分に努力を強いたいと芦田は考えます。そのとき、選択肢として上がったのが三菱自動車でした。

芦田 「よく周りと『三菱っておもしろいよね』『あんな車どうやって作っているんだろうね』と話していました。なので、ユニークなデザイン作りを中から見てみたいなと思ったんですよね。

それに加えて、私の上長であるデザイン本部長とは、前職のときに一緒に仕事をしたことがあったのですが、デザインのことを真剣に考えているし、めちゃくちゃおもしろい人でした。もう一回その人と働きたいなと思ったのも、三菱自動車への転職を決めた理由のひとつです」

実際に中に入ってみて芦田が感じたのは、三菱自動車がとてもグローバルな会社だということ。

 芦田 「三菱自動車は、他社に比べて外国人の比率が高く、普段から英語を使える環境です。雰囲気はとにかくオープンでフラット。それから人がいいですね。大丈夫か?ってくらい、いい人が多い(笑)。自分が中途で入ったことを忘れてしまうくらい、居心地の良い会社です。

ただひとつ課題を感じたのは、最近の三菱自動車は少し保守的になっているように思えるんですよね。昔の方が、『こんなものを?』と驚くような車を出していたなと。デザイン部として、これからもっと盛り上げていきたいところです」

わくわくする、楽しい職場をデザインしたい

▲チームでレビュー中

三菱自動車のデザインのこれからを担う、デザイン部。デザイナー兼マネージャーとして芦田が心がけているのは、「自分たちが良いと思うもの」を作ることです。

芦田 「買ってくれる人や、会社の役員、株主に納得してもらうのは当然大切です。でも何よりもまず、自分たちが良いと思うものを作らないとダメだと思うんですよ。これはかっこいい、これだったら自信を持って売れる。そう言えるものを作るんだと、毎回言い聞かせています」

そのために芦田がこだわるのは、仕事を仕事と思わないようにする環境づくり。デザイナーたちのクリエイティビティを高く保つためにも、誰もが楽しくデザインできるような環境を目指したいと語ります。

芦田 「今の時代は、昔よりも車の開発期間が短くなりました。したがってデザインにかける時間も短くなって、以前より失敗が許されない雰囲気になっています。昔だったら、新人は教育の一環として現場でチャレンジをして、間違いをリカバリーしながら成長していましたが、今はそれが難しい。実際、経験のある人ばかりが仕事をして、新人が経験を積みにくい状態になっています」

こうした現状を変えることが、芦田の目標です。

芦田 「私が若いときなんて、早くスケッチがしたい、早くクレイを触りたいと、うずうずしていたものです。でも今は、仕事は仕事、あまり楽しくないという雰囲気が漂っているように感じます。今の若い世代にも、僕らが体験したような楽しいデザインを味わってほしい。早く会社に行きたくなるくらいの、楽しい職場を作っていけたらいいですよね」

理想のチームを追い求め続ける芦田から、最後にメッセージがあります。

芦田 「日本の会社が合わないとか、日本人の中で浮いてしまうと思っている人がいたら、ぜひ三菱自動車に来てほしいですね。きっと居心地がいいんじゃないかと思います。三菱自動車って、とにかくなんでもやらせてくれる会社なんです。性別も出身も、経験も関係ありません。

『これをやりたい』という意志さえあれば、チャンスをくれる環境があります。これからのカーデザインを変えていきたいという人がいたら、ぜひ来てください。歓迎します」 

デザイナーとして、そしてチームを率いるマネージャーとして。両方の経験を武器に、芦田は新しいカーデザインの未来を描いていきます。