学生の声から生まれた「障害者モニター制度」を、いざビジネスへ
働きたくてもアルバイトができない。就職がしづらい――障害のある若者が直面している現実。「ミライロ・リサーチ」の前身である障害者モニター制度は、こうした学生の声がもとになってつくられました。2014年のことです。
しかしスタートから2年ほどの間、モニターに関する業務は、社員が兼務をしてなんとかこなしている状態。それを変えたのが、2016年に入社した森田啓でした。
森田「2020年を意識されたお客様からのお声がけが増えていたこともあり、障害者モニターの声を活用した調査を、誰かが専任でやる必要性を強く感じました」
「バリア(障害)をバリュー(価値)に変えていく」という企業理念、そして自分自身の価値を高められるコンサルティング業に強くひかれて入社した彼。
それまでのキャリアにこだわらない新天地を求めていた一方で、大手通信企業でのリサーチ業務を経験していた森田は「自分のノウハウを生かせるのではないか」と、経営陣に自らモニター制度の事業化を提案します。
すると、意外な答えが返ってきました。
森田「最悪の場合、事業部をたたむことも覚悟してやる必要があるよ、と。それは、やりたいことをやる、という思いだけで突き進むのではダメだということ。ビジネスとして考え行動しなければいけない、ということを改めて問われたんです」
株式会社として、利益を出すことも大切。入社面接でも問われたそのマインドを、森田はふたたび胸に刻みました。
そして2016年4月、森田を専任とするリサーチ事業部が発足します。サービス名は「ミライロ・リサーチ」。
いかにして相手、すなわちモニターの目線に立ち、調査を遂行することができるのか。たったひとりの船出、大海原に挑む航海のはじまりでした。「障害者/健常者」の分類では意味がない。一人ひとりに違った視点がある
ひとりで部署を立ち上げる。人生で一度あるかないかの大きな局面。そこで森田を悩ませたのは、自分自身に障害に関する知識がほとんどなかったこと、そして障害者領域でのリサーチ調査というビジネス自体が前例としてなく、参考にできるものがなかったことでした。
しかしまわりを見渡せば、社内には視覚・聴覚障害者や車いすを使用する社員がおり、既存のモニターもいる。森田はアンケートを行なううえでの問いかけや画面の作り方などを彼らに聞き、設問のブラッシュアップを重ねていきました。
森田「たとえば、視覚障害のある方はインタビューの際に“あれ”“それ”などといってしまうと、何を差しているのかがわからない。いわれてみると『ああ、そうか!』と気づくような細やかな言葉づかいや設問の仕方を指摘してもらいながら、一つひとつ、改善していきました」
率直かつ貴重な意見に耳を傾けながら、モニターとの関係性を少しずつ築いていったミライロ・リサーチ。それに比例して、企業からの要望にも変化が見えはじめます。
事業立ち上げ当初に多かった依頼は、ソフト面の調査でした。モニターが店舗や施設におもむき、障害者目線で洗い出した改善点を受けて、多様なひとを受け入れられる体制、仕組みづくりへとつなげていくものです。
それがじわじわと商品開発や施設設計などハード面の領域にも広がりを見せ、この流れとともに、森田自身の気づきも増えていきました。
森田「たとえば、点字ブロック。これは視覚障害のある方にとって役立つものでも、車いす利用者とってはバリアとなってしまうことがあります。そしてこうした事情を、両者はなかなか知る機会がないのです」
障害者と健常者、この二者だけをわけて考えるのでは、ユニバーサルデザインは実現できない。障害者もひとくくりではなく、多様である――「障害者の知識ゼロ」ではじめた森田の挑戦は、この事実を知ることにより、大きく前進しました。
こうしてつくりあげてきたミライロ・リサーチの価値を、2017年現在、森田自身はどう見ているのでしょうか。
森田「ノウハウのぎっしり詰まった調査スキーム。そして、そのスキームを使って導き出した結果をそのままお渡しするのではなく、分析をしたうえで今後の展開をご提案できること。それが私たちの提供するサービスの価値だと思っています」
障害者のみなさんの声が、多くのひとの生活を豊かにするカギに
事業スタートから、約1年半。ミライロ・リサーチには接客業などのソフト面だけでなく、商品開発などハード面への調査依頼が多く寄せられるようになりました。
障害者のみなさんの声をもとに解決策を探すことになったという事例は、これまでも数多く存在します。
たとえば、当社が主催する「ユニバーサルマナー検定」を受講し、障害者の視点を知った方から依頼されたモニタリング調査。
運営している飲食店に障害者モニターを招き、「みんなにとって心地よい空間にする」ことをテーマにロールプレイングを行ないました。
逆に「障害者に受け入れられるのでは」と仮説を立てて調査を実施してみたものの、その予想に反し、商品化には結びつかなかったケースも。しかし、そういった場合でも企業側はフィードバックに対して「目から鱗が落ちた」「意外な視点で参考になる」など喜ばれることが多いのです。
森田「障害があることがバリアになるのではなく、それが価値になる、ということの典型だと思います。そしてモニターの方々からも、『こうして自分たちの意見が言える場があるのはうれしい』といっていただける。こうして双方の言葉を聞いたとき、心からやっていてよかったな、と思えますね」
商品化やサービス向上など、目に見える改善で生活が豊かになるだけでなく、調査に関わる全員が何らかの気づきを得て、心も豊かになっていく――。
これまで見えづらいとされてきた、障害のある方の声を可視化していくマーケティングリサーチ。その意義を、森田は実感しています。
宇宙ビジネスにもユニバーサルデザイン!? 多様な声がつくる快適な未来
2017年9月現在、「ミライロ・リサーチ」の企業導入数は約50社、モニター登録数は5,000人を超えています。
モニターのみなさんには、自身の声の価値を実感してもらう。そして依頼側の企業には、その声が新たな価値となって届く。
そんな可能性を帯びた「ミライロ・リサーチ」が描く未来もまた、多様です。
森田「今後チャレンジしたい具体的な取り組みとしては、まずモニター層の裾野を広げることです。現在メインの身体障害者からさらに広げ、精神・知的障害者の方も増やしていきたいと思っています。またこれまでは意見が社会に届きづらい少数者、いわゆるインバウンドやLGBTの方などにも参加してもらいたいですね」
加えて、森田が目標として定めているのは「導入効果の見える化」を進めること。
森田「満足度など数値化が難しい効果の報告はこれまでもありましたが。ビジネスとしてどれだけお客様の売り上げに貢献したかという点については、まだまだ数としては少ないという現状があります。すでに成果を実感していただいているところもありますが、そこは長期的に検証していきたいですね」
ちなみに、森田が入社当時から考えている“究極のユニバーサルデザイン”とは――?
森田「突飛な発想に聞こえるかもしれませんが、たとえば宇宙ビジネスにだって、ユニバーサルデザインの考え方が必要とされる未来がくるかもしれません。まだまだ、事業の可能性は広げていけると思っています」
バリア(障害)は、たしかにバリュー(価値)に変えていける。誰もが快適にすごせる社会は、多様な視点を得ることによって、私たちの手で生み出していけると考えています。