働きやすい環境づくりは、まず特性を理解することから
私は長野の佐久市にあるプロセスチーズを製造する工場に所属し、業務係として働いています。主な業務内容は一般的な庶務労務で、従業員の勤怠や給料、社会保険の手続き、福利厚生など全般をみています。工場に在籍しているのは全部で180名ほど。そのうち5名がチャレンジドです。
チャレンジドと一緒に働く上では、それぞれのメンバーの特性を知ることを心がけています。たとえば、私と一緒に仕事をしているメンバーは、片方の耳が聞こえません。そのため、聞こえるほうに回って話をしたり、聞き取りやすいような机の配置を意識したり、紙やメールでコミュニケーションを取ったりといった工夫をしています。また、工場では、チャレンジドが自分の特性を書いたカードをつくって現場に周知し、働きやすい環境を構築する取り組みもしています。人によって配慮すべきポイントやサポートするべき点が異なるため、まずは知ることが大切ですね。
また、私を含めて業務係の内の社員4名全員が、障害者職業生活相談員の資格を取得しています。5名以上の障がいのある労働者を雇用する事業所では、相談員を設けるという規定が「障がい者の雇用の促進等に関する法律」によって定められてはいるのですが、イキイキと働いていくための環境をつくるためには、業務係全員が資格を取得することが最善と考え、みんなで学んでいきました。
チャレンジドの中には、いろいろなことに気づいたり、表現力が豊かだったりと秀でている部分があるメンバーが多く、彼ら、彼女らの能力が職場環境の改善につながっています。たとえば、現場で働くメンバーが、「ドアを開けた先が見えなくて危険」と指摘してくれて安全性の確保につながったこともありましたし、また別のメンバーは社員向けの文書を作成してくれた際にイラストを入れて、表現力豊かな加工をするなど、現場に響くような資料を作ってくれたこともありました。彼ら、彼女らの特性を活かしたからこその気づきが、現場の改善につながっています。
当事者の声を届けるカルタ制作で、周囲のサポートへの理解を深める
当社には、ERG(Employee Resource Group)の活動があります。これはダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の取組みの一環として推進されている会社公認のネットワークで、障がいのあるメンバーにとって働きやすい環境の実現を目指すチャレンジドERGのほか、LGBTQ+アライをテーマにしたERGなどがあります。
私がチャレンジドERGに参加したきっかけは、現場の困りごとを解決したいという動機からでした。チャレンジドと一緒に働きはじめた当初は、コミュニケーションがスムーズに取れていたわけではなく、ときには現場が止まってしまうといった課題があったのです。ERGでは、情報交換の場やわれわれの悩みを聞いてもらう機会もあり、非常にありがたかったですね。
チャレンジドERGの活動の中で最も印象に残っているのは、2022年12月の全国障害者週間に合わせて行った取り組みです。チャレンジドERGのメンバーで目標を決め、チャレンジドが働きやすい職場づくりを目指す取り組みをいくつか行いました。
そのひとつが“カルタ企画”です。「つたえたい・話したいので 少しだけ 待ってください 聞いてください」という具合に、チャレンジドが“職場の皆さんに伝えたいこと”をテーマに五十音のカルタを制作。遊びを通じて当事者の活躍や周囲のサポートへの理解を推進しようという試みです。
チャレンジドの中には、声や気持ちを伝えたくてもなかなかできないメンバーもいます。そこで何か別の方法で発信できないかと考え、ERGメンバーとの話し合いの中でこのような取り組みが決まりました。カルタ企画が当事者の声を届けるツールのひとつになればと思っています。
アプローチの仕方ひとつで、反応が大きく変わることを実感
チャレンジドERGの活動にはカルタのほかにもうひとつ、チャレンジドへのインタビュー企画があります。どのような配慮があると助かるかなど、会社に伝えたいことについて当事者にインタビューを実施。生の声を届けるという目的のもと、社内に向けてその内容を配信しました。今回は本社メンバー2名、支社メンバー1名、工場では私と同じ業務係のメンバー1名の計4名に協力してもらいました。
業務係のメンバーは、自分の障がいを公表し皆さんの前に立つことにあまり乗り気ではないようでした。しかしD&Iの取り組みの意義や、当社では一人ひとりがお互いの個性を認め合い尊重し合うことで、いろいろな能力を発揮することを目指していることなどについて説明したところ、非常に前向きになってくれて。最終的には皆さんに向けた動画の中で、「障がいがあっても、こうやっていろいろなことができるんですよ」とすごくポジティブなメッセージをくれて、私としてもすごく嬉しかったです。
私自身にとっても初めての取り組みで不安に思うことがなかったわけではないのですが、インタビューを見てくれた方々からの反響も大きく、前向きに情報発信することの大切さを教えてもらった貴重な経験となりました。
また、アプローチの仕方ひとつで返ってくる反応が違うことを知ったのも大きな発見でした。私の普段の仕事は庶務労務全般。いわゆる従業員に向けたサービスなので、自分の業務の進め方を見直すことにもつながっていると思います。
社内外の連携で、すべての人が働きやすい職場に
ここ2年ほどの取り組みの中で最も助けになったのは、「ひとりで抱え込んでしまうことが一番良くない」というアドバイスを受けたことでした。チャレンジドであるご本人はもちろん、一緒に働くメンバーも、ひとりで悩まないことが大切です。
当事者のご家族や市の福祉課、ハローワーク、地域で当事者のサポートをしてくれる障がい者就業・生活支援センター、カウンセラーやジョブコーチを派遣してサポートしてくれる障害者職業センターなど、さまざまな連携していくことで、解決の選択肢が増えていきます。
たとえば、時間を守るのが難しいメンバーにはタイマーを使って「10分以内にお願いね」と伝えたり、聴覚障がいがあるメンバーにはタブレットに文字を起こすことができるような装置を使ってコミュニケーションをとったり。関係者が多いと、具体的なアドバイスをもらうことができます。実際にそうした声をもらえたことが、職場環境の改善につながったと感じています。
大切なのは、チャレンジドが働きやすいのはもちろん、一緒に働く皆さんにも負担がないような環境づくりをすること。サポートするメンバーへの配慮も忘れずに、実践していきたいですね。
チャレンジドに限らず、ともに働く上で意思疎通がうまくできないとき、面倒だからと関わりをもたないようにしたり、あるいは「この人はそういう人だから」と特別扱いしたりしてしまうことがあると思うんです。しかし、そこで関係を終わらせて改善の道を閉ざしてしまうのではなく、納得がいくまできちんと話し合うことが重要なのだと思います。
こちらが気づいたことを伝えることで業務がスムーズになり、互いに仕事がしやすくなります。きちんと話し合うことできれば、前向きに働けるようになるんです。「コミュニケーションを取る」というのは、口でいうほど簡単なことではありませんが、積極的に関わりを持つことを意識して、より良い方向に転じていきたいと思っています。