震災がきっかけで芽生えた課題意識

出身は秋田、大学は福島で、もともとずっと東北にいようと思っていました。転機は大学1年生のときに起きた東日本大震災です。 

ボランティア活動の中で、物資が届かず、各所の方々とのコミュニケーションに追われたことがありました。物資が届かないことも、それによってさらに作業が発生してしまうことも、仕方ないと割り切って既存のしくみに合わせて動くしかありません。

ですが、本当はもっと便利にできるはずなんです。このことを周りの人に話してみると、一緒に活動していた仲間や支援先の方々も同じようにストレスを感じていることがわかりました。

このとき、自分が認知している課題を解決することで多くの人のネガティブな感情を解消できる可能性を感じました。この例に留まらず、世の中には注意を払っていないだけで多くの課題があるのではないかとも思いはじめました。 

また、さまざまな場所から集まった人たちと活動する中で地元を離れて仕事をしてみたいという気持ちが高まり、加えて先端技術も東京発信のものが多いという事実もあって、一度東京で経験を積んでみようと思うようになりました。 

この経験から、課題解決と東京という軸で何社かインターンに参加しました。その中で、根本的な課題に向き合う理念に共感し、一緒に働きたいと思えたのがエル・ティー・エスでした。 

2014年に新卒で入社して、大手自動車会社で3年間常駐し、社内稟議の運用、改善や見積りから発注までのプロセスの運用を手がけていました。予算管理部門のサービスデスク立ち上げにもリーダーポジションとして参加したり、ほかのプロジェクトと兼任したりすることもありました。 

自分でサービスをつくるため、エンジニアへ

コンサルタントという仕事は、お客様の事業をサポートする中で、喜びをわかちあえるというやりがいがあります。しかし一方で、直接顧客に届けるサービスを自分でつくってみたいという思いが徐々に強くなりました。 

そこで3年目くらいから、仕事を早く終えられた日や週末に、ピッチ資料をつくるようになりました。渋谷や六本木のVC(ベンチャーキャピタル)へアポを取って、作成した資料を実際に見てもらったこともあります。

投資までは至らなかったのですが、出会いやつながりができました。その中で、簡単なプロダクトを一度つくってみてはどうかという意見を聞き、「じゃあつくってみるか」と思ったんです。これがエンジニアになろうと思ったきっかけです。 

エンジニアになりたいという話をすると当時の上司が応援してくれて、代表の樺島 弘明につないでくれました。そこで「まず、うちの会社で挑戦してみたら?」と提案を受け、2017年4月にサーバーサイドエンジニアとしてアサインナビへ参画しました。

それまでコンサルタントとして頑張ってきた分、もったいないかなという気持ちはもちろんありました。業界全体を見てもコンサルタントはお給料が良いですしね(笑)。ですが決断に時間はかかりませんでした。若い起業家たちの考え方に影響を受けたことが背景にあります。 

とくに、学生時代に復興活動で関わった先輩の言葉が強い後押しとなりました。向き合うべきなのは「今、自分がどうしたいか」。積み重ねたことがプラスになることもある、一方でそれが気がつかないうちに次の行動を制限する足かせになることもある。その話を聞いてから、過去のキャリアはあえて無視してみる、ということを意識的に実践していました。 

「今の自分」に本気で向き合うことは、集中力を高め、結果がどうであれプロセスが楽しいから、人生の幸せにつながると考えています。過去や未来のことを考えている人は多いですが、今やっていることに迷いや不満があるのではないかと感じます。

私自身、理想を掲げては熱が冷めてしまうタイプでしたが、そのときどきの自分と向き合って素直になってから、いつも充足感を持ってものごとに取り組めています。まさかエンジニアになるなんて想像もしていなかったですけどね。 

実践の場に立つことで、身に付けた技術力と自走力

アサインナビに異動したとき、未経験かつスクールにも通っていない状態でしたが、上司である中田 義一の「とりあえず手を動かす」方針で、動いているシステムの改修をやらせてもらいました。1週間くらいはプロゲートなどのオンラインサービスで基礎を学んではいたのですが、実際に触るとわからないことだらけ。ちょっとした改修でもすごく時間がかかりました。 

ですが、手を動かすことは絶大な効果がありました。わからないことを調べるとさらにわからない言葉が出てきてまた調べる、という作業を繰り返すので、いかに自分が無知かわかって焦りが出てくるんです。課題をこなす中でキャッチアップを繰り返して、3カ月である程度のところまではできるようになりました。 

「アウトプット前提で手を動かし、足りない部分をインプットしていく」。この3カ月を原体験にこれが一番良い学習方法であると実感し、現在も学びの基本としています。 

この立ち上げ期において、プログラミングってこんなに楽しいんだ!というのは嬉しい発見でした。もともとプロダクトをつくりたいと思ってエンジニアになりましたが、技術は調べるほどおもしろいなと感じますし、綺麗にコードが書けたときの快感には驚きました。 

もう一段階成長できたのは、Railsでassign naviのリプレースに着手したときです。 

Rails経験者がおらず、かつPMポジションの人もいなかったので、全員がひたすら手を動かしていました。既存のシステムを隣において、機能をどんどん置き換えていく進め方で、ともかく先行きが見えませんでした。 

立ち上げ期以上に自走が求められ、技術力は高まったと思います。0からデータベース設計やパフォーマンス改善などに挑戦でき、一通りのスキルを身に着けることができました。テストの戻しがないよう、テストパターンの洗い出しを徹底し、細部にも気をつけられるようになりました。テスターの方に「良くなったね」と声をかけていただいたこともあり、エンジニアとして一皮剥けたプロジェクトだったと思っています。 

assign navi のリプレース後から2021年現在までは、CS Clipという新規サービスの立ち上げにチャレンジしています。樺島をはじめ、エル・ティー・エス、アサインナビメンバーと一緒にビジネスモデルやコンセプト、ミッションを検討するところからはじめました。

加えて、assign navi リプレース時の反省をもとに、メンバーの採用やスクラムの導入、ルール決めやツール(slackやJira)導入も積極的に行いました。2021年現在、サービスをローンチするところまで漕ぎ着け、試行錯誤しながら機能強化を進めています。 

強い組織づくりと、ビジネスアイデアの実現を

社内では今後、技術力の底上げ・育成・評価の3つに取り組みたいと思っています。 

技術力については、他社に比べまだ弱いのが現状です。イベントなどに参加すると、自分自身理解が追いついていないなと感じたり、新しい気づきが多々あります。勉強会を行い、業務で使わない技術も学ぶ場を設けてはいますが、チームとしてのスキルを広げて深めていくことをもっと意識したいです。

スキルを自分の内にとどめずオープンソースとして共有することで、応援しあえるような関係を築き、各々が「自分はこの知識を身に着けてお返ししよう」と思えたら、良い循環が生まれるのではないかと考えています。 

育成については、組織として、最低限会得すべきスキルガイドラインを決めたいです。アウトプット前提で足りないものをインプットする、というのがこれまでのやり方で、最も成長する方法であるとは思っています。

ですが、「これは学んだ方がいい」というガイドがあった方が効率的なこともあり、部分的にしくみ化していく必要性を感じています。 自身の成功してきたやり方があったとしても、より良い方法がないか、メタ認知することは日頃から心掛けています。 

評価については、技術力に加え、押さえるべきビジネススキルなども組み込みたいと思っています。スキルを定量化して評価するのが目指すところではありますが、ほかの会社の技術顧問の方やCTOの方に話を伺うと相当難しいことのようです。メンバーと相談し工夫しながら、できるだけ全員が納得のいく形をつくっていきたいです。 

個人としては、Webサービス・アプリをつくりたいです。学生時代から、こういうものがあったらいいなというアイデアをメモしてストックしています。そのビジネスアイデアリストを消化していきたいと思っていて、今も個人開発を進めているところです。 

また、アートの領域にも興味があります。絵や造形、音楽などのアートは、ここまで生産性を求める世の中でなぜ廃れないのか。それは、アートが「人々の心を豊かにする活動」だからだと考えています。一方でビジネスも端的にいえば目的は同じはずで、アートをもっとビジネスに転用できるのではないかと、最近漠然と思考しています。 

エンジニアになることが想定できなかったように、今後も自分が何者になっていくかはわかりませんが、これまで以上に手を動かしてとにかくやってみることを大事にし、さまざまな人にポジティブな影響を与えていきたいです。