とにかくやってみる──幼少期に生まれたポジティブなマインド

▲大学時代、カンボジアで

2020年9月現在は、予算管理のシステム構築のプロジェクトにPMとして携わっています。

数年がかりの大規模なプロジェクトではなく、開発体制としても私含めたメンバー3名で進めています。実際に自分がつくったものについて、直接お客様と会話できるスピード感もあるためプロジェクトを柔軟に進められるのは良いなと感じています。

2018年4月に入社し全体研修受講後すぐに、現在の案件とは別の予算管理システム構築プロジェクトにアサインされました。正直、まったく想像していないアサインだったので、最初は「私で合っているのかな?」と思いました。

もともと文系でプログラミングスキルがあるわけでもなかったので、SIerの方と会話が成り立つのかも不安でした。実際、ほぼ0からのスタートだったので、しっかり話ができるようになるまでは苦労しましたね。

そんな状況で意識していたのは、とにかく手を動かしてみることです。学生のころの勉強とは違い、覚えたら何とかなるという単純なものではないので、まずはやってみて、どこがうまくいっていないのかを確認する。泥臭いやり方ですがわからないところがわかるようになるまでは、とても重要なことだったと思います。

今振り返ると、この「とにかくやってみる」というスタンスが形成されたのは、幼少期からの経験が大きく影響しているなと感じています。

私の家庭は幼少期から引っ越しが多く、小学校を3校経験したのち、中高で関東から関西への引っ越しを経験しています。

毎回の引っ越しは寂しいものですが、小学生の頃は既にできあがっているコミュニティに入っていくことに苦労していました。高校時代には関西の文化が強く、かつスポーツや音楽などの一芸を持った人が多くいる高校へ入学したことで、「学校」というものの印象が一気に変わりましたね。カルチャーショックという言葉が見事に当てはまるような高校で、馴染むのがとくに大変でした(笑)。

ただ、自分自身スポーツが好きで選んだ高校はさまざまな種目の一流選手が集っており、振り返ってみると恵まれた環境だったと思っています。小学生から高校生の間でさまざまな新しい環境に入り込む経験をしたことで、現在の、どこへでも飛び込むマインドの土壌ができたのかな、と思います。

目の当たりにした、「豊か」な途上国

▲モンゴルでヤギの放牧中の一枚

そんな幼少期の経験も影響してか、大学時代は海外の多様な文化に触れる機会がたくさんありました。

もともと異文化に興味がありましたし、日本という恵まれた国に生まれてきて不自由なく暮らせていたので、なにか途上国の方の力になれないかと思っていたんです。その第一歩として、カンボジアでのスタディツアーへの参加を決めました。

現地の村には3日間しかいられませんでしたが、そこで大きな衝撃を受けることになります。

その当時、先進国が途上国に対し支援をすることについて、どこか上から目線で「何かを与えてあげるもの」という先入観を持っていました。しかし、いざ行ってみると、与えられるものの少なさを実感しましたね。

実際に決して経済的には裕福ではないと思うのですが、どうしても豊かに見えて、こちらから何かを与えるというよりもむしろ、私自身が受け取るものの方が多かったんです。

彼らのまっすぐな表情や無邪気な笑顔。その瞬間をとても大切にする姿勢、後先を考えない部分も含めて、良いなと思いました。既存の概念が「がらがら」と音を立てて崩れていく感覚がありましたね。自分は「途上国=かわいそう」といったすごい偏見を持って彼らを見ていたのだ、と。

3日間の滞在で自分は何かできたのだろうか?と考えるところもあり、「もう少し長く滞在したい!」という想いから、次の夏休みにはモンゴルへ。もちろんモンゴル語はわからないのですが(笑)。それでも丸2週間、遊牧民の方とのゲル生活を経験することができました。

大草原にポツンと移動式のゲルがあるので、電気や水道、ガスなどのライフラインはなく、当然Wi-Fiもありません。ですが、そこで生活するうちに便利なのが必ずしもポジティブではないと感じました。そういう環境に身を置くと、便利なものがなくても生きていけることも理解できましたし、むしろ、ないからこそ人と人とが密に接することができるなど、さまざまな気づきもありました。

一緒に生活する家族だけではなく、どこからともなく現れるお客さんをとても大切にしていましたし、家族・ご近所さんが支えあって日常生活が成り立っていました。言葉の通じない私でさえもどこか居心地の良さを感じる不思議な空間でした。

また、モンゴルで迎えた20歳の誕生日には、とても日本では想像もつかない体験をすることになりました。

モンゴルでは9月になると一気に気温が下がりはじめ、真冬にはマイナス30度になることもあるそうです。そのため、冬を越すことが難しいと判断された家畜は毛皮を売り物としたり、食用にするみたいです。そのタイミングが偶然にも私の20歳の誕生日の日でした。

労働力が足りなかったのでお手伝いすることになったのですが、そこで経験したのは、自分の誕生日に目の前でヤギおよそ20頭と牛2頭が命を落とし、その命をいただくという体験……。衝撃を通り越し、言葉が何も出てきませんでした。食へのありがたみとともに、「生かされている」ということを実感した瞬間でした。

助け合いの大切さや食のありがたみなど言葉としては耳にしてきていたことも、実際に体感するインパクトはやはり大きかったです。便利になる前の日本にもきっとこうしたことが当たり前に存在した時代があったんだろうなと思いましたし、現代社会の中で失われつつある感覚なのかもしれないと感じました。

その後、大学3年生のときには青年海外協力隊へ応募しました。しかし、当時の赴任候補地の情勢の問題から、受験はしたものの結果は保留の状態が続きました。そこで実現が難しいと判断し、周囲の方に相談した結果大学院への進学を決めました。大学院で学び終えた後に、もう一度受けなおそうと考えていたのです。

しかし、大学院時代に1週間ほどケニアへ行き国際協力の現場を回る機会があった際「私に何ができるのか」と改めて疑問を覚えだしたのです。関わった人たちを一生お世話できるわけでもないのに、中途半端な知識で手を出して期待させる方が罪なのではないかと。

将来的に、国際協力の現場に行くとしても、専門性を持ってからでないと不安だと思い、青年海外協力隊の受け直しは止めることにしました。

はたらく現場に向き合うため「お客様の中に入り込むエル・ティー・エス」へ

▲同期の仲間たちと

さまざまな国へ赴いて漠然と感じたのは、現地の人の方が日本人より幸せそうに見えるということでした。

ちょうど同じ頃アルバイトで塾の講師をしていたのですが、何気ない会話の中で中学生から「大人になりたくない、働きたくない」という声を聞いた際、返せる言葉がありませんでした。広く見たら裕福なはずの国にいるのに、子どもが大人になることに希望を持てない、そして大人が多くの時間を割く、働くことに対してポジティブな印象を持ちづらいというのは悲しいと感じたことを覚えています。

小さくてもいいからこうした日本の環境に向き合い、少しでも良い方向に変えていけるような仕事をしたいと漠然と思いながら就職活動をはじめた当時、「AIに仕事を奪われる」という話を頻繁に聞くようになりました。

そこで、AIやロボットが機械的にこなせてしまう仕事が奪われていく状況は、大人が多くの時間を費やす「働き方」を考え直す大きなチャンスでもあるのではないかと考えるようになりました。

こうした中、エル・ティー・エスに出会い、お客様の中に入り込み、デジタル技術を生かしつつも会社の「仕組み」の変革を内側から支援するといったアプローチを知りました。技術に振り回されるのではなく、人のための仕組みをつくるといった部分に興味を持ち、入社を決断しました。

入社してからいくつかのプロジェクトを経験してきましたが、特に自分を成長させてくれたなと感じるプロジェクトは大きくふたつです。

ひとつ目は冒頭にもある通り、最初のシステム構築プロジェクトです。実際に開発を通して、仕組みを形にしていく経験ができたのは大きかったですし、SIerの方とのコミュニケーションの取り方など、社会人としての基礎を学ぶことができました。

ふたつ目は、データ活用支援のプロジェクトです。開発管理をする傍ら新しいサービスをつくっていくための調査や、トライアルを繰り返し、社内サービスとして形にしていくといった経験をさせていただきました。

お客様先のIT部門の一員として進めていたのですが、もちろんやりがいもありつつもトライアルに協力いただいた様々な現場の方々の多様な期待になかなか応えられない難しさや、サービスとして形にしていくうえで様々な方々を巻き込んでいくうえでの力不足などを痛感しました。必死で食らいつきながらも、早くいろいろなものを自分の力にしていかなきゃと思えた期間でしたね。

肩肘張らずに働ける仕組みをお客様とつくっていけるよう学び続ける

2020年現在も、予算管理システム構築プロジェクトを担当していますが、このプロジェクトは、今までに学んだことを活かして進めています。

実は、お客様に提案をしたのが2020年1月で、無事に受注したのですが、その後すぐに新型コロナウイルスが流行し、そこからはずっとオンラインでのコミュニケーションとなっています。

2020年9月現在、まさにその難しさを感じています。

特に難しいと感じるのは、お客様の情報収集です。現場にいれば表情などからお客様の感覚や意図を汲み取ることも多少はできましたが、今ではそれができません。ミーティングから得られる情報もありますが、社内で偶然聞こえてくる話や、周りの人の何気ない会話から得ていた情報も多かったな、と今になって気付かされました。

ですから、Web会議などはできる限り言葉だけにはならないよう簡易の画面をつくり実際に触ってもらいながらコミュニケーションを取るなど、情報量を増やせるように心がけています。

これから先、私はお客様と一緒に解決策をつくっていくことのできる存在でありたいと思っています。これまでも予算周りのお仕事を経験する中で、お客様ごとに管理の思想が異なることを感じています。

お客様とコミュニケーションを重ね、それぞれの思想を学びつつ、より良い姿になるためにシステムが必要であればシステム導入支援をしたいですし、社内の仕組みを変えていくことが必要ならば、組織制度等にも関われる人になっていけるよう学び続けていきたいと思います。

さらに、私がモンゴルで体感した居心地の良さのように、肩肘張らずにいられる環境をいかにつくっていけるのかといったことも考えていきたいと思います。その一つが情報共有にあるのではないかなと感じています。

良くも悪くもモンゴルの場合、基本的にずっと同じ人たちと同じ時間・空間を過ごすため情報が筒抜けであり、お互いの状況は会話せずともわかる状況であったように思います。全く同じような状況をつくることは難しいですが、どんな情報を共有しておけると安心できるのかといった視点を持っていたいですし、少しでも働く環境の中でも気持ちの良い時間を過ごせる人が増えたらいいなと思っています。