静岡で挑戦する会社。その第一印象はフレンドリー

▲ITSMOutsourcing事業部、Digital Innovation事業部で活躍する漆畑 晃司

2020年現在は、システム運用をメインとするITSMOutsourcing事業部の部長とDigital Innovation事業部を兼務しています。2018年に発足したDigital Innovation事業部は、静岡へのコンサルティング事業拡大をミッションとする事業部です。

具体的には、エンジニアリング事業とコンサルティング事業の拡大を推進する立場として、組織運営から営業、プロジェクトマネジメントまで幅広い業務に携わっています。

そんな私ですが、エル・ティー・エスに入社する前は、マイクロフィルムを撮影する会社で働いていました。昔の写真のネガみたいなもので、企業や官公庁の帳票データをカメラで撮影し、撮影したフィルムを保存するという仕事です。それだけでなく、社内情報システム部門での仕事も兼務していました。

このとき、大学時代から東京に出て約10年経っていました。さらに結婚を控えていたので、地元である静岡に戻って働きたいという想いが出てきたんです。でも、首都圏以外でマイクロフィルムの仕事はありません。

自分には何ができるだろうと考えたとき、社内情報システム部門で培ってきたシステムの運用を生かせるのでは?と思い、静岡での転職活動を始めました。そこで出会ったのがエル・ティー・エスだったんです。

私が入社した2008年ころはエル・ティー・エスが静岡の地元採用を始めたばかり。私はその一期生として入社したんです。当時のエル・ティー・エスは、設立6年目のベンチャー企業でした。東京に本社を構えてはいるものの、静岡事業はお客様先常駐の現場のみという環境だったんですよ。

エル・ティー・エスに入社する前の印象は、“とにかく話しやすい“。とくに面接は記憶に残っていますね。2回目の面接のとき、面接官が時間を間違えて遅刻してきたんです(笑)。

でも、それ以上に面接官同士の距離について、印象深く覚えています。社員数が少ないとはいえ、現場リーダーと副社長だったら、さすがに距離があると思いませんか?それが、役職が違うとは思えないようなフレンドリーな会話が多かったんです。同僚として話しているかのようでしたね。

その後に人事部長や社長と面接をした際も、上から目線でこちらを量りにきているのではなく、「まずはお互いに情報交換をして知り合いましょう」という雰囲気をすごく感じました。面接で会った人全員に話しやすそうだなと思ったので、入社することに決めました。

お客様が安心できて当然の仕事

▲漆畑(左)とCloud Integration事業部の金藤 正樹

入社当時のエル・ティー・エスは会社っぽくなかったんですよね。60名くらいの社員が全員中途入社で。みんなバラバラの道を歩んできていたので、チームの連帯感みたいなものは薄かった気がします。それぞれが力を持っているのはもちろんですが、個別にお客様と関わっている人たちの集合体という感じでしたね。本社との関わりは年2回の全社総会くらいでした。

というのも、エル・ティー・エスに入社してから3年くらいは、静岡のお客様先に常駐していたんです。

常駐先では、ITに関する困りごとが起きたときに対応する、ヘルプデスクの役割を担っていました。困りごとの内容はさまざまで、「新入社員が入社したからPCのセットアップをしたい」「エクセルが固まってしまった。どうすればいい?」「モニターの映りが悪いけど何が原因だろう……」など、幅広い知識が必要でした。

今の世の中にはある程度PCに詳しい方も多いですが、当時はそうではなかったのでわれわれのような存在はとても重要になってきます。お客様から見たら、エル・ティー・エスはITやPCにおいて専門性のある人財ですから。

数人のチームとしてお客様先に常駐していたので、お客様の感覚としては“○○さん“に相談しているのではなく、“エル・ティー・エス“に相談しているということになります。

そうなると、誰が相談を受けても一定レベルお客様より詳しい話ができて、困りごとを解決できなければなりません。こういう現場での立場を経験して、“プロフェッショナル“について深く考えるようになりました。

またそんな環境もあってか私と同じようにチームメンバーの年齢や経験・知識の幅はさまざまでしたが、全員がプロフェッショナルの意識を持つようにしていました。

たとえば、「入ったばかりだからよくわかりません」ではなく、わからなくても「持ち帰ってすぐに確認しますね」などお客様に不安感を覚えさせないような返答をします。すぐに調べて回答するなど、お客様に安心してもらえるような対応が重要だと学びました。

エル・ティー・エスのような存在がいるのであれば、お客様は安心できて当然なんです。

リーマンショックの恐怖と芽生えたプロ意識

「お客様は安心できて当然」とはいえ、最初からプロフェッショナルとしてのサービスを提供できていたわけではありませんでした。そもそも現場に常駐して、チームとして動くようになったのは入社2年目の後半からでした。

そのころはリーマンショックの直後で、お客様もわれわれも苦しい状況。初期は2、3人の派遣として常駐していたので、5分の残業すら許されないような雰囲気。

次々と退職者が出て、派遣社員や契約社員の雇用が終わり、毎日のように退職者のアカウント削除やPCのデータ削除をしていました。目の前でたくさんの人がいなくなっていくのを見て、お客様にしっかりとサービスを提供し、評価されないとここにはいられないという緊張感があったんです。

のちに、6人チームの請負という形でお仕事をさせていただくようになりました。しかし、われわれのチームも豊富な知識を持った人財だけで成り立っていたわけじゃなかったんです。6人チームで経験者は私ともうひとりだけ……。他の4人はほぼ未経験。チームとして動き始めた最初の1年は本当にたくさんのクレームをいただいていましたね……。

それでも見限らずに契約を更新してくださったお客様には感謝しかありません。「確かに動きは悪いけど、頑張ってくれているから」と言ってくださり、これに応えなければ自分たちの存在価値がないと思っていました。しかし、だからこそ頑張ろう、と。

お客様の信頼に答えるため、みんなで何度も何度も話し合って一緒に力をつけていったんです。われわれの仕事のベストは、お客様がITを意識しなくてもスムーズに仕事ができる環境を整えようと奮闘し、なんとかリーマンショック直後の苦しい状況を乗り越えられました。

自分たちがあのときお客様のために一致団結できたことももちろんそうですが、一番はわれわれを信頼してくれたお客様が居てくれたからだと。われわれの状況を正直にさらけ出したとき、一緒に考えてくれるお客様だったからこそ、お客様と共に成長させていただくことができました。

コンサルティングとエンジニアが共存していく組織

▲2017年(マザーズ上場時)の写真

現場時代の苦しい経験をへて、マネージャー、部門長とステップアップしてきました。これからどういう事業にしていけば自分が考えている理想に近づけるか試行錯誤を続けていますが、この立場になってもやはり個人でできる仕事には限界があると感じています。

だからこそ、コミュニケーションを大切にしているんです。入社当時も感じたことですが、今でもそれは変わらず、役職関係なく意見があればどの立場であろうと、“まずはしっかり聞こう“というスタンスがあると思います。

具体的には、Didital Innovation事業部の立ち上げや経営会議に関わる中で、マネージャー陣や現場のグループ長とのコミュニケーションを心掛けたり、ひとつの企業様へ向けたサービスを全国の複数拠点で展開しているので、私は各拠点の橋渡しのような役割で連携を取れるようにしたりしています。

このようにチームの規模が大きくなり、提供できるものの価値や量が広がっています。だから、今は事業を大きくすることが目指すところです。

それ対して、これまでやってきたシステム運用の仕事は受け身になりやすいと考えています。実はエンジニアにとって、時代やニーズに合わせて変化させていくことは苦手分野なんです。

システム運用は安定化させることが仕事なので、中にはそもそも変化を嫌っている人もいます。しかし、3年・5年・10年を超えたとき、否応なしに外部環境は変わっていくので、その変化をポジティブに捉えていけるようにならないといけません。

さらに変化させていくときはエンジニアも、コンサルタントのように新しいものを取り入れ、プランニングし、お客様を支援していかなければなりません。お客様が安心してより良いITの使い方ができるようにならなければ、と現場を回しながら感じてきました。

それを実現するため第一歩が、兼務しているDigital Innovation事業部だと考えています。

お客様がつくったシステムを、お客様がつくった手順通りに作業するのは当然です。それ以上に、われわれがそれを見直し、本質的に活用するにはどうすればいいかを提案していけるようにしたいですね。

そして、「3年経ったらシステムを入れ替えましょう」と話すときには、“なぜ“入れ替えなければならないのか、“どういう“入れ替えがベストなのか、といったところまで提示ができるような、コンサルティングとエンジニアが共存している組織をつくっていきたいんです。

まだまだ、自分の理想に到達したとは思っていません。

むしろ、世の中が変化していくという観点では、ゴールなんてないのかもしれません。