年齢と障がいの壁を抱えながらも、前向きに。さまざまな人が活躍できる場所

▲本社の近くにある「大須観音」。名古屋に来た際に立ち寄り、初心を思い出しています

「採用は難しい」。就活時に何度も言われた言葉でした。

宝飾の販売店にて12年半、不動産関係会社で営業職として6年間勤めてきた土田 雅康。しかし、長年の過労がたたり、2010年に精神障害・双極性障害を発症してしまいます。

土田 「この病気は、気分が落ち込む『うつ病』と変に気分が盛り上がってしまう『躁病(そうびょう)』が交互に訪れてしまうものです。私の場合、うつ病の症状が強かったんですが、息苦しく体に力が入らないので、1年半寝たきりの生活を余儀なくされました」

体に合った薬の投与を続けることで、少しずつ体調は回復。国立職業リハビリセンターに9カ月通い、就職活動を始めます。

しかし、土田は当時44歳。「年齢の壁」と「障がいの壁」を感じていました。

土田 「私は、年齢も年齢で。さらに精神障害も抱えています。さまざまな企業の採用担当者さんから『採用しないとは言わないが……難しい』と言われ続けました。どんな企業にも、精神疾患で会社を休んでいる人が何人もいるというのです。

そんな中、同じような精神疾患の人を採用するのは、企業にとってハードルであるし、自分でも『それは、そうだよな……』と変に納得していました」

根気よく自分の可能性を模索しているとき、たまたま目にとまったのが、コメ兵でした。

土田 「ダメ元で連絡してみると、電話口の女性から『大丈夫ですよ!まず履歴書を送ってください』と、とびきり明るい声で言われたんです。あまりに明るい声色だったので、自身が患ってきた精神障害というものを理解してくれたのか、不安になりました」

のちに知ることとなりますが、この電話口の女性はコメ兵で車いすを利用しながら勤務するスタッフでした。

土田 「ご縁ってあるのだな、さまざまな人が働いていける会社なんだ、と感じましたね」

面会を重ね、無事、最終面接へ。面接場所は、本社のある愛知県名古屋市大須。仏教寺院である大須観音の他、国籍問わずポップカルチャーからアンダーグラウンドまで、文化・芸術を幅広く取り入れた、活気ある「大須商店街」の中に位置しています。

最終面接当日は、通りすがった大須観音で「神頼み」することも忘れるほど、緊張でいっぱいに。でも、話したいことはすべて話せたから悔いはない。そんな想いを抱えながら、帰路につきました。

結果は、見事合格。2015年12月1日、晴れて新宿店の契約社員として勤務することが決まった土田は、当時の想いをこう振り返ります。

土田 「働ける喜びと同時に、『こんな自分でも採用してくれる』ことが何より嬉しかったですね。ただ、嬉しすぎて気持ちが高ぶってしまい、眠れなくなってしまうことも。当時の私には、贅沢な悩みでした(笑)。

そんな気持ちにさせてくれた場所、大須観音は、私にとって『初心に返る場所』です。毎年5月に開かれる経営方針の発表会が名古屋で行われた後は、必ず大須観音に向かいます。その近くにある喫茶店で、雇ってもらえた喜びをかみしめ、また新しい1年を迎えることが恒例行事になっています」


働くことの厳しさを実感。頑張ろうと思えたのは、「周りの優しさ」でした

▲クレド(行動指針)に沿った行動をしていた人を社員でたたえ合う。土田にはたくさんのクレドカードが届きます

入社して配属されたのは、KOMEHYO新宿店内で勤務する東京管理グループ(当時の組織名称)。関東圏の総務として、荷物の受取・発送、社内電話確認など庶務を任されました。

もっぱら会社に慣れることが業務の中心。久しぶりに企業で働くので、やっていけるのだろうか……と不安な毎日を送ります。不安は的中し、同じことを何度でも聞いてしまう、メモを取っても結局わからずまた聞く、数時間かけても物品の数確認ができない、ということもしばしば。

土田 「周りの人たちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。しかし、毎日頭から湯気が出ている感覚で、とにかく必死でしたね」

とくに、土田にとってハードルが高かったのは、お客様からのお問合せを受ける「代表電話」でした。

代表電話は、顔の見えない声だけの接客。商品問い合わせや営業時間の確認など、お客様が第一に頼る場所です。幅広い知識と丁寧な対応が必要とされるため、当時の土田には対応が難しかったのです。

ある日、鳴り響く電話を前に何もできないでいると、たまたま居合わせた、当時宝石売場マネージャーの梶川 友士、吉祥寺店長の桑原 亮が、率先して電話対応をしてくれたことがありました。

土田 「私はそれがとても嬉しかったんです。自分が仕事を覚えられるようになったとき、同じように『誰かを助けたい』と思いました」

周りの優しさに触れ、自分なりにできる範囲で頑張ろうと決心した土田。入社から7カ月たったある日、朝のミーティングで店長に「もう土田さんに、代表電話出てもらったらいいんじゃないか」と言われたのです。 

土田 「傍からみると些細なことかもしれません。ですが、代表電話を任せてもらえることはもちろん、それ以上に店長が『いつもの行動をちゃんと見てくれている』ことに感動しました」

通常よりは長い期間となってしまいましたが、1年をかけて研修期間を終了。たとえミスをしても『人を責めない』雰囲気に、これまでの企業とは違う新鮮さを感じる毎日でした。

入社3年目を過ぎたころ、土田に、こんなCREDOカード(コメ兵のクレドに沿った行動をした人に送られるカード)が届きました。 

「8階(※当時の土田が勤務していたフロア)に、土田さんがいらっしゃると、安心します!」

大したことはしていない──そう土田は話します。しかし、周囲の人はしっかり見ています。仕事に真摯に向き合い続ける真っすぐな心や温かな人柄が、十分伝わっていたのです。

「社内図書館」という取り組み。読書を通じてスタッフの成長に寄り添いたい

▲手づくりで大きくしてきた社内図書館。スタートから1年で、約80冊の貸出があった。クマのぬいぐるみはお客様からお譲り受けた図書館のマスコット

2019年7月。KOMEHYO新宿店には、「社内図書館」が誕生しました。自己啓発を目的に、新宿店メンバー独自の「読書会」が起点となった、30冊程度の小規模図書館です。

月1回の「読書会」は、店舗の有志を募り、読んだ本について1分間のプレゼンを行うというもの。ビジネスに役立つものならジャンルは問いません。土田は、この読書会を支える『社内図書館』の運営を任され、初の『館長』(非公式)に就任することとなりました。 

土田 「副店長が私を指名したのですが、今思うと、与えられたのは『館長という役割』ではなく、ひとつの『チャンス』だったと思っています」

館長となった土田は、「積極的に本を借りてもらうには」「図書館を喜んでもらうには」と考えます。

土田 「まず、開始当時に並んでいた本は、堅いイメージのビジネス書ばかりだったんです。さまざまなスタッフに図書館を利用して欲しかったので、『どんな本なら読みたいか』とヒアリングしました。

とくに印象深いのは、女性スタッフから『ディズニー関係のビジネス本を置いては?』という意見が挙がったときのこと。助言通り『ディズニー・感動を生み続ける37のルール』という本を揃えてみると、2回も行方不明になるほどの人気本となりました」

「こんにちは!館長です。」から始まる心のこもった案内文。土田は、クスっとくるような日常ネタから、おすすめの書籍、本からの学びなどをスタッフ向けに発信していきました。すると、日に日に「貸出依頼書」には、スタッフの名前が増えていくのです。 

スタッフが積極的に本を選び、借りていく様子を見るのが、何より嬉しい。読書を通して、誰かに背中を押してもらう体験をするスタッフが増えていくのが喜びだと土田はいいます。

土田 「社内図書館の運営を通じて、自分が誰よりも『元気』をもらっているんです。その『お裾分け』ができれば嬉しいです。正直なところ、読書をしたからといって必ず出世するとか、誰もがお金持ちになるとか、そんなことはないと思っています。

ただ、自分の経験や体験を振り返ると『人生の歯車が逆回転してしまったとき、そこからどうやって立ち直っていくか』について、考えることがあって。読書は、その立ち直りの『引き出し』を増やすことにつながっているんじゃないかと思うんです」

「社内図書館」スタートから1年。寄贈やスタッフ希望の書籍購入などを経て、今では160冊もの規模になりました。土田館長はこれからもスタッフとともに図書館運営をしていきたいと熱い想いを話します。

土田 「この場所がスタッフの成長につながり、ちょっとした息抜きになればと願っています」

上司の姿勢に学んだこと。──どんな人でも安心して働ける職場を目指して

▲KOMEHYO SHINJUKU WOMEN事務所にて。サポートしている立場として、どんなスタッフからも気軽に『頼られる人』になることを目指したい

入社から5年。コメ兵で契約社員としてキャリアをスタートさせた土田は、2021年現在、正社員登用され役職も任されるようになりました。

5年間で1度店長の入れ替えがありましたが、それぞれの店長から感じた「柔軟な業務姿勢」と「部下を見守る姿勢」に感銘を受けたと話します。 

土田 「たとえば、店長業務だけにとどまらず、契約、設備の修理、荷受け商品の情報などさまざまな業務を把握していました。そして、細々したことであっても自ら動いているんです。どんなポジションであっても柔軟に対応する姿は『自分が理想とするもの』でした」

加えて、土田は部下として、良い環境に身を置けたと話します。

土田 「うまくいかないことがあっても、決して誰かのせいにしないんです。スタッフやパートナー企業様を悪く言うことは、一度もありませんでした。『誰かのせいにしない、悪く言わない』ことは、部下としてとても安心して働くことができました」

5年前に配属されたKOMEHYO新宿店は、移転リニューアルのため2020年2月をもって閉店。2020年6月5日に「KOMEHYO SHINJUKU WOMEN」を開業し、コメ兵は新宿東口エリアで、3店舗体制に生まれ変わりました。

あわせて、土田の業務も変化しました。この新宿3店舗のサポートを担当することとなったのです。

土田 「簡単に言うと『お困りごと解決業務』です。卓上カレンダーがほしい!傘がなくなった!入金機が動かない!──大きなことではないけど、誰かがやらないと業務が前に進まないことって、たくさんあります。日常にある些細なことが落ち着いていないと、みんなが本来の業務に打ち込めないですから」

土田は、スタッフ全員が安心して業務に打ち込むことが出来る環境づくりを目指し、日々奔走しています。 

土田 「まずは、少しずつサポート業務の精度を上げていきたいです。加えて、私が店長から学んだ仕事への姿勢は、これから、お客様と直接接しているスタッフに伝えていきたいですね。いずれ店長になるかもしれない方たちに、少しでも広い知識を積んでステップアップしていくためサポートをしたいから。

そうして、コメ兵で働くみんなが安心して仕事ができる環境をつくることが私の目標です。この実現が、私を受け入れてくれた会社への『恩返し』になると考えています」

自身の障がいとともにこだわりの強さや、仕事の交通整理が苦手な点などまだまだ苦労は絶えません。しかし、今ではそんな点も「自分らしさ」や「個性」として、ポジティブに捉えているといいます。「小さなことからコツコツと」そして、「熱意」と「工夫」。この積み重ねで、土田はこれからも会社に貢献していきます。