ずっと感じていた「絵」の可能性

▲当時の交換ノート (小学校6年生の間、7人のメンバーでノートを回し、卒業するまで丸1年間続きました)

中学生の時から、美大に行きたいと思っていました。

絵が特別うまいわけでも、描くことが特別好きなわけでもありません。でも、私の描いた絵を見た時の“相手の反応”を見ることが好きなんです。

絵だと、一瞬で共感が広がるんですよね。文字や言葉で伝える以上に伝わる。そこが絵の面白さだと思っています。

そうした自分の原点を探ってみると、小学生の時の経験に行き当たります。当時、友人と交換日記をしていました。その時、日記とあわせて、リレー小説も書いていたんです。1日交替でお互いに話を書き足していくのですが、私も友人も、そこにイラストを添えていました。

なんとなく、絵があると伝えたいことが伝わりやすいし、相手の共感を得やすいんだなと感じていたからだと思います。その「絵を交換する」という経験が、表現や創作に興味を持つきっかけだったのかもしれません。  

人とのコミュニケーションの手段としてのものづくり・表現方法をもっと知りたい。そんな思いから、美大に進みました。

大学で向き合った「表現」の本質と、私にとっての意味

▲布を使った作品の一つ、chikextile(焼き鳥の皮風の布)

大学では 工芸科で染織を専攻しました。染織専攻を選んだ理由は、「布」という素材に興味があったからです。

布って、モノにかけたりモノをくるんだりすることで、立体的になりますよね。またくるむことでその物質の表面に、別の質感を与えることができる。2次元と3次元を行ったり来たりできる唯一の手段だと思い、興味が湧きました。

大学は、染織の技術を鍛える場ではなく、染織を通して表現を学ぶ場でした。

何か技法ありきで勉強するのではなく、表現したいものを考え、そこに到達するために技法が必要なら習得する。そういう取り組み方でしたし、教授も一人一人の考えを聞いて、アドバイスをしてくれました。

そのため、制作に入る前に、必ずプレゼンシートを作ります。何を考えていて、その作品を通じて何を伝えたいのか、何を考察したいのか。それをしっかり考えずに作ると、ただのモノができ上がってしまうためです。

この「最初に何を伝えたいのかを考え抜く」という取り組み方を繰り返したことは、今の仕事でもとても役に立っています。 

とはいえ、こうした美大での制作活動は、自己表現であり、あくまでも「自分のため」の制作だと感じていました。

では、人の役に立つ制作って何だろうか?そう考え、アートとデザインの違いに目が向いたのが、大学の4年間が終わるころです。そして、私は「アートとは問題提起、デザインとは問題解決」と捉えるようになっていきました。 

アートはどこまで自分本位で、デザインはどこまで他人本位なのかといった点にフォーカスし、様々なアートディレクターやデザイナーの作品や考えに向き合う時間をとりました。

自分の志向はデザイン寄りだとは思っていましたが、さらに考えているうちに、仕事としてのデザイナーを志向しているのではないことに気づきました。

デザイナーはクライアントのためにモノを作る上で、モノづくりの情熱をかけ、自分の表現を必ず入れます。でも私は、自分が手を動かして作る工程よりも、「モノづくりを通じて伝える」という、より川上に重きを置いていることにあらためて気づいたんです。

モノづくりが誰かの役に立つ場面に立ち会いたい。反応が見える場所でモノづくりをし、モノづくりを通じて伝えたい。そんなことを就職活動の軸に据えて企業を探し始めました。

なぜ医療広告代理店だったのか

▲インタビュー中の細見

「モノづくりを通じて伝える」仕事を探す中で、医療広告代理店という業種。そして協和企画という企業に行き当たりました。

その背景には、美術とは違う領域でもう一つ興味があった分野が生物学だったことがあります。

中学生の時にメンデルの法則(遺伝)を知り、そこから先天性の疾患・病気などがなぜ引き起こされるのかに興味を持ちました。美術を武器に就職をして、落ち着いてから生物学を学びに大学にもう一度行ってもいいなと考えていたくらいです。

また、就職先を決めるにあたって大切にしたことは、「誰かの役に立ちたい」という自分の想いを実現できるかという点。そして、「自分が面白いと思うことをしていたい」という好奇心を満たしてくれるかという点でした。

だから、美術と生物学、それぞれ興味があった分野を両方仕事でできるなんて面白い、と心躍りました。そして、協和企画に入社を決めました。

協和企画の仕事では、医学・薬学・疾患といった領域を取り扱います。さらにそれを、正しく、わかりやすく伝えるために図解することが必要です。入社してから1年がたちますが、興味は尽きません。

業務に携わる中で、なぜその病気になるのかという悪化の作用と、なぜ治せるのかという薬の作用機序は流れが一緒なんだな、と感じました。最近では、友人の服用している薬の添付文書を熟読して驚かれたこともあります(笑)。

今は、基本資材とよばれる医療用医薬品の情報資材のほか、ウェブサイトやYoutubeを活用した企画で、患者さんや一般の方と疾患や薬の知識を結ぶような仕事をしています。

直接反応を見ることはなかなかできませんが、どこかで患者さんの役に立っている仕事なんだなと感じることが、患者さんのお話を聞く中で多々あります。

たとえば患者さんには、既存のお薬がご自身の病状やライフスタイルにベストフィットしているとは言えず、本当に新しいお薬を待望している方がいます。

他にも、主治医の先生との意思疎通のためのツールがあることで治療が円滑に進み、結果的に生活の質が向上するというお話をされる患者さんもいました。

お薬を作るのも、患者さんを支えるのも私たちの直接の役目ではありません。しかし、陰ながら、新しいお薬が世に出るのをお手伝いしたり、患者さんの治療を支えるツールを作ったりすることは、間接的に誰かの役に立っていく仕事だと感じています。

こうして「誰かの役に立っている」と仕事を通じて感じることで、心が満たされ落ち着いていきます。

「伝える」ことを、もっともっと橋渡しするために

▲大学での卒業制作 タイトルは「ルポゼ*」

(写真注釈) *ルポゼ
Lupozeとはフランス語で「安らぎ・癒し」の意味があるのですが、当時ちょっと心が疲弊していたので、「安らぎとは何か」について追及していました。

多くの方は綺麗な景色、綺麗だと感じるものを見て癒されるシーンがあると思います。

「だれに対しても癒しの空間になる=綺麗だと感じる空間を作る」ということを目指して、フランス生まれのサボンジェムをモチーフに綺麗という言葉を分解し、要素を再構成した作品になります。

日光を取り込んで絶えず光ったり、床や壁に落ちる影までカラフルで「綺麗」な空間=癒しの空間になることを目指しました。
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「モノづくりを通じて伝える」という観点で選んだ今の仕事。

アートかデザインか、とその仕事の定義を考えたのですが、出てきた答えはどちらでもなく、「ディレクション」というものでした。表現そのものを考えるのではなく、表現を伝えるための手段として使う役割だと思っています。 

私たちは、クライアントからの「こんなことを訴求したい」「こんなことを対象層に知ってほしい」といった要望を具体化し、形にして世の中に発信していきます。

「どの年齢層をメインターゲットにするか?」「そうであれば、どのような手段がよいのか?」外部の方も含め、営業・プランナー・ライターの方など多様な職種でチームを組み検討を進めます。

動画がいいのか画像がいいのか。あるいはどうやってきちんと伝わっていることを確認しようか。色々とアイデアを出していきながら1つの形にしていく。そのときに、デザインや美術の知識を活かして制作サイドとクライアントを結ぶパイプになるということが、私の発揮できる価値ではないかと考えています。

昨年度(1年目)は企画営業という顧客対応の役割を担っていましたが、7月から営業部への配属となりました。これまでと大きく変わったことは2点です。

クライアントと直接お話させていただく窓口になったこと、そして扱う情報が非製薬(ヘルスケア周辺)からより専門的な医療用医薬品となったことです。

それによって業務内容が、企画業務中心から、社内外の方とのコミュニケーションが中心となっていきます。これから数年、目指す姿に向けてまずは営業部での業務を通して製薬業界自体や医薬系の専門知識をつけ成長したいと思います。

そして将来的にはディレクターのような具現化する役割も担っていきたいと思っています。企画から一緒に考えられたほうが、クライアントのニーズを深堀りできると感じているからです。

また、今まで培ってきたデザインの知識を窓口が持っていることで、制作サイドとクライアントの間で生じる様々な齟齬を未然に防いだり、少なくしたりすることができると思うんです。

そして、こういう表現のほうがいいのでは?など、もっと自分の意見を言っていける存在になりたいと思っています。そのためにも自分自身が良い仕事をして、クライアントの信頼を積み重ねていきたいですね。

クライアントと制作サイドのパイプとして、もっともっと役に立ちたい。一番役に立てる人になりたい──そう考えながら、これからも日々の仕事に取り組んでいきたいと思います。