TAi-PJ発足の背景にあった働き方改革

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木場が入社したのは1994年のこと。出光初の製油所として建設された徳山製油所で、FCC装置と呼ばれる分解装置の運転を担当し、その後、1999年に工務課へ異動して分解装置の検査担当となり、10年ほど現場で仕事をしていました。

2014年から2016年にかけては、工務課のNo.2(係長)として勤務。2017年からは保全企画グループのリーダーとして、設備管理に関わる企画やしくみの改革を検討しています。

コスト競争力指標の検討や、設備管理を中長期スパンで考えるしくみの改革を検討するため、他社との情報交換や海外出張を行い、情報を収集しているのです。情報収集する中、木場はアメリカへの出張時に感銘を受けました。

木場 「2018年にアメリカに行かせてもらったときのことは、今でも印象に残っています。海外では、メンテナンス後の設備の評価が次の中長期的な保全を決める非常に重要な評価と位置付け、力を入れていると聞き、感銘を受けましたね」

徳山事業所では4年に1度、装置をすべて止めて洗浄や補修を行う定期補修工事、通称SDM(Shut Down Maintenance)を実施しています。次の4年間の連続運転の信頼性を決める非常に重要な工事ですが、全装置を止めるため機会損失は大きく、メンテナンス期間を極力短くするため、これまでは深夜まで作業をしていました。

しかし近年の働き方改革、業務改善の推進により、2020年のSDMでは残業時間をおさえつつ極力短い工程でできる方法を検討することに。

そこで、徳山事業所の係長を中心としたメンバーが集結し、始まったのがTAi-PJ(タイプロジェクト)です。このプロジェクトを推進するリーダーに選ばれたのが木場でした。

木場 「プロジェクトを成功に導くためには、現場をよく知り、経験や問題意識も持ち合わせている係長がキーマンになると考えました。海外では定期補修のことをTurn Aroundと言います。プロジェクトメンバーとこれまでの固定観念を打ち破る意味で、プロジェクト名も“Turn Around innovation”の略でTAi-PJに決めました」

固定観念を捨てることで、改善活動が進み始めた

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▲アメリカテキサス州で開催されたカンファレンス参加時の一枚

TAi-PJは2019年2月にキックオフし、隔週で定例会議を行いメンバーと問題点を出し合いました。

木場 「プロジェクトメンバーの係長も現場を離れて何年か経っていることもあるので、ときには現在の現場に詳しいメンバーにも参加してもらうことも。他所のSDMでもいろいろな問題点があると聞いていたので、他所の情報も共有し、社内のSDMにどういう制約があるのかということから根本的な問題点を洗い出しました。

各自の過去の経験から、どういう問題点があって、こういうアイデアがあるというブレーンストーミングも実施。全部洗い出して、それに効果や実現性という観点から優先順位をつけて、今回適応すべき案件を所内で承認を受けました。それぞれの改善効果時間を出しているので、その積み上げから2020年に予想される残業時間の見込みを立てて今回のSDMに突入しました」

効率を追求しすぎると安全を犠牲にしかねません。木場はバランスを取るために徳山事業所のトップにも会議への参加を依頼します。

木場 「プロジェクトの方向性をチェックするために、月に一回ステアリング会議というものも実施したんです。副所長以下、各運転課長、保全課長にもプロジェクトメンバーに入ってもらい、『この案は時期尚早じゃないか、これはやろう』などとその場で協議し、きちんと安全を担保できるように進めました」

しかしSDMの業務は過去から受け継がれてきたことも多く、最初は「なんとかしなければいけないが、はたしてそんなことができるのか、具体的な案はあるのか」という雰囲気がプロジェクト内でも漂っていました。しかし、その手つかずの原因はただの固定観念だったと、木場は振り返ります。

木場 「SDMが手つかずになっていたのは、固定観念があったためです。装置の停止や可燃物のパージ、火気工事での補修といったさまざまな業務の中で安全を担保するしくみはあったものの、安全は犠牲にできないから、今あるしくみは変えられないと考えていました。

長年の先輩方が築いてきた方法が一番失敗の少ないやり方なんだ、みたいな感じでみなさん捉えていたのかもしれないですね」


課長メンバーと連携し、困難を乗り越えて作業時間を削減することに成功

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さまざまな関連部署にヒアリングし、問題点を洗い出す作業を地道に行った後、メンバーの係長たちは木場と同世代だったため和気あいあいとしつつも、既存のSDMのしくみを壊す勢いで、時にはかなり斬新なアイデアも出していきます。

木場 「ステアリング会議でアイデアを説明して実行させてくださいと提案したのですが、案件によってはトップから『待て』がかかりました。徳山事業所は世代交代が終わった直後の段階で、若手の比重が大きくなっている。

『従来のベテランならそういうやり方で改善しても上手く行くのかもしれないが、今の若手に適用すると逆に混乱を招いてしまう。まだ基礎ができていないのにいきなり応用動作をやらせるようなものであり、事故につながりかねない』と指摘を受けました」


説得するため粘り強く代案を出し、ステアリング会議以外にも時間をつくり、関係者のところへ飛び込みでメンバーと説明に行った木場。結果的にすべては実現できなかったものの、ステアリング会議は大事な機会だったと木場は振り返ります。

木場 「それぞれの作業でやっていた操作がどういうねらいのもと、どういう効果があるのかを全員で整理して、最終的にはトップの判断をいただいていました。こういった積み重ねが作業時間の削減につながっていったんです」

保全部門ではICTを活用し、社外技術員にカメラで撮影した現場機器の画像を送ってもらって、事務所にいながら現場の損傷の状況を判断する取り組みを行いました。

しかし、現場の損傷を見る4年に1度の貴重な機会にも関わらず、若手がリモートで観察するのは、組織として良い判断なのかといった議論も。木場は、すべてを効率化すれば良いわけではないという中長期的な視点をもちながら、成果を出すことを意識していました。

木場 「従来通りの伝統的なSDMのやり方では、たとえばうちのメイン装置であるエチレン製造装置は工程を10日以上延長しなければならなりませんでした。今回の改善時間を累算すると、事業所の運転保全の人員約300名で約14,000時間の改善となり、結果としてエチレン装置は数日の工程の延長で収めることができました。

その差の機会損失は億単位とインパクトは大きく、今回の大きな成果といえますね。もちろん、安全や工事品質も妥協なく担保した上で達成できています。また、運転・保全部門の平均時間外労働時間は、前回のSDM実績を大きく下回っており、アフター5含め公私ともにゆとりも生まれました」

出光のベストプラクティス構築を考え、効率的なやり方を若手に引継ぎたい

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若手の育成、出光興産の今後という視点においても、木場は海外に勝てるような設備管理の型を構築する必要があると考えています。その際、徳山事業所だけでなく、すべての事業所が標準的に適用できるような出光のベストプラクティスを構築できれば、大きな効果が出ると踏んでいるのです。

木場 「出光に限らず日本のSDMのやり方は全装置を一斉に止めて、一斉にメンテナンスを行うことが多いのですが、その間の業務ボリュームが大きいがゆえに、保全費がかかって期間も長くなってしまう。現在のベストプラクティスでいけば、すべてを止めるのではなく、装置を小分けにしてSDMをやるのがベストプラクティスだという意見をいわれる方も海外にはいます。

海外とは設備に差があるので、海外のベストプラクティスを一概には適用できません。素直に受け入れられるものではないという意見もありますが、何が本当にいいのかという議論を社内でしっかり行って、出光版のベストプラクティスをうまく構築できたらいいなと思います」

2020年のSDMはコロナの影響を受けましたが、多くの人の協力を得て事故なく工程を守りながら当初の目的を達成しました。ひとりではできなかったことであり、木場は人の力の偉大さを実感しています。

過去の業務において、家庭を犠牲にしながら打ち込んできた木場だからこそ、同じことを若手にさせたくないという気持ちがありました。

木場 「今の若手に自分たちがやってきたことをそのまま強いることはしたくありませんでした。もっと早く帰宅して家族と一緒に夕食を食べて欲しいと思っています。そのために更に効率的な方法を構築して、若手に引き継いでいきたいと考えています。まだまだ現場には改善の余地はたくさんあると思うので、やり残したことは次回につなげられるように、若手に引継いでいければと考えています」

2020年のSDMを終えて、プロジェクトメンバーからはすでに2024年のSDMに向けた改善アイデアがあがっています。会社と若手の将来を見据えながら、今後も改善を続けていきます。