多指ハンドをあやつるアバターロボット、現在研究開発中

Hondaは2021年9月、これまで積み重ねてきたコア技術を活用した新領域へのチャレンジを進めることを発表しました。そのうちのひとつが、「Hondaアバターロボット(分身ロボ)」です。そして、2022年3月に開催された「2022国際ロボット展」では、“あやつり“を行う「多指ハンド」が目玉となりました。

濱津 「今回の展示のメインは、器用で力強いハードウェアと、アバターロボットを通じて人間が作業できるように理解してサポートしてくれるシステムの2点です。プログラミングが煩雑かつ器用な動作(あやつり)を学習して獲得できるのが特徴で、あやつりに必要なセンサー類などのハードウェアを私が担当し、学習系のソフトウェアを林さんが担当しています」

Hondaは1986年からロボット開発をはじめ、「ASIMO」のように人の形をしたロボットにこだわっていました。当時は移動を重視して開発を進めていましたが、現在では手や指を使って作業することに重点を置いて研究開発を進めています。

吉池 「離れた場所で自分がそこにいるかのように作業できることを目指しています。そのためにまずは器用にかつ力強い動作ができるようにするためのロボットの手のハードウェアと制御の研究開発を進めています。

そこにいるかのようにロボットを制御するために、センサーを通じて視覚や触覚の情報を人間に返していくだけでなく、人間の視線や手の動きから人間が何をやろうとしているのかという意図を推定し、システムで動作をサポートすることも実施しています」

多指ハンドを搭載したロボットの発表に至るまでには、ASIMOで蓄積してきた知見も大きく影響しています。ただし、多指ハンドでできる作業の複雑さを増やしていくためには、乗り越えなければならない壁がたくさんあります。

林 「システムで動作をサポートするためにも、人間が今何をしようとしていて、実際に何をすればいいのか、システムが理解しなければなりません。単純な動作はすぐにできますが、複雑な家具を組み立てるなどのケースへの対応は取り組んでいる最中です」

濱津 「あやつりの学習をしようとすると、ロボットがどのようにものを触ったのかという細かい情報が必要です。情報を収集するセンサーそのものに加えて、情報を処理するシステムもまだまだ発展させたいと思い、現在注力している状況ですね。

今回は特にハンドにセンシングシステムを搭載する必要があるので、小さなシステムでの賢い情報収集法などいろいろな課題があると思っています」

さまざまな経験を活かし、Hondaでロボットの研究開発に取り組む研究者たち

アバターロボットの研究を進めているのは、先進技術研究所のフロンティアロボティクスに所属する研究者たちです。2019年12月に中途で入社しフロンティアロボティクスに配属された濱津は、転職活動中にエグゼクティブチーフエンジニアである吉池と話したことがきっかけでHondaに入社しました。

濱津 「前々職は大学で助教授をしていましたが、一度現場を見てみたいと思い、重工業の会社に転職して工場で働いていたんです。研究と工場というものづくりの両極端な現場を経験し自分がやりたいことを考えた結果、どの現場でもヒトを笑顔にできる技術を創りたいと思いました。

大学での研究は、論文を出すことで終わってしまうのですが、それを実際にモノにしてお客様に届けるという具現化に関わりたいと思い、転職先を探したんです。そこでHondaにエントリーし、面談の際に吉池さんに『こんなことがしたいんだけど、一緒にやらないか?』と誘ってもらい、転職を決めました」

Hondaに転職してから、濱津は大学での研究と企業の研究所で働くことの違いを実感しています。

濱津 「大学の研究では一回でも実験がうまくいけば論文を書くことができます。一方、企業の研究では何度やっても成功させる必要があります。たとえばセンサーであれば同じような値が返ってきたり、耐久性が高かったりすることが求められるので、大学の研究とはゴール地点が違うと感じますね。たとえばASIMOも、20年間ずっと世界のどこかで動き続けていますしね」

ASIMOが歩いたり走ったりしているのをテレビで見て、移動した先で作業もできたらもっと役に立ちそうだと感じHondaの門を叩いた林は、入社直後からロボット開発に携わってきました。

林 「入社後4年ほどは日本にいましたが、その後ドイツに駐在し、ホンダ・リサーチ・インスティチュート(以下HRI)という子会社で6年半ほど研究開発をしていました。ロボットだけでなく知能化技術を広く手がけている部署に所属していました」

林の前には、吉池がドイツのHRIに駐在していました。2009年から3年間駐在し、ロボットが歩いたり走ったりするところから手の部分にフォーカスし、学習技術を取り入れながら進化させる研究をしていたのです。

HRIは日本、アメリカ、ドイツに拠点があり、密接にコミュニケーションをとっています。

吉池 「それぞれの拠点にロボットの研究者がいて、ほぼウィークリーのテレビ会議などで議論をしながら研究開発を進めています。

傾向として、ドイツ拠点は物事の本質に関わるようなことが得意で、アメリカ拠点は世の中のトレンドをキャッチし、推進する力が強いと感じます。日本はしっかりモノを作るのが得意なので、各拠点の強みがうまく絡み合って研究を前に進めることができる点がHondaのロボット開発の強みだと思います」

グローバルな会社であり、フィロソフィーが世界に共有されているからこそ、肩書きで話をするのではなくひとつの技術の言葉で皆が平等に話すことができる。それこそが、Hondaで研究をする魅力だと3人は感じています。

濱津 「私も入社3カ月頃に一度ドイツを訪れましたが、両親がF1好きであったり、ASIMOを見てロボット開発がしたいと思ったりしてHondaに入社した方がたくさんいました。Hondaが好きで研究開発に携わりたいという志を持った世界中の人とともに研究できるのは恵まれた環境だと思います」

自分の研究が人の役に立つ。Hondaらしいロボット開発

学生時代から一貫して研究に携わっているメンバーたちは、それぞれモチベーションを見出しながら日々研究に励んでいます。

林 「ドイツ駐在していたときも今も、学習を使ったり作業させる方法を考えたりしているんですが、自分がプログラムを書いて学習させるなかで、想定していた以上の結果を出してくれる瞬間があるんです。そこまでデザインしていなかったよ、すごく賢いじゃないかとまるで自分の子どもを見るような感覚で見てしまいますね。そのような瞬間が稀にあると、モチベーションにつながります」

濱津 「作ったものがきちんと動いて、それが世の中の役に立ちそうというのは大きなやりがいとしてありますね。私が担当しているセンサー領域では、世の中の人に対してはもちろん、学習を担当している林さんのチームが成果を上げられるなど、周囲の役に立つことがモチベーションになっています」

吉池 「我々は研究者なので、自分の技術で何かができたというところに対してはすごくモチベーションが高いんです。私もASIMOが歩いたり走ったりした喜びを経験してきましたが、それだけでなく、ASIMOを通して子どもたちが笑顔になってくれるなど、そういうところにすごく価値を感じますね。

我々はお客様の期待を超えることを常に頭に持っているので、どういう世界を作るべきか、Hondaだからこそできることは何かと考えなければならないと常に感じています。ASIMOをやってきたHondaだからこそ、Hondaらしいロボット開発では負けたくないという想いです」

これからますます成長が期待されている、Hondaのロボット開発。フロンティアロボティクスに所属する研究者たちは、新たなメンバーを迎えてともに研究開発を進めていきたいと考えています。

濱津 「世の中を変えてみたいという強い意志を持っている人が集まってくれると、楽しそうですね。技術的な面では、センサー系も学習系も人材を必要としているので、そこに関わってくれる人が来てくれたら嬉しいです」

林 「最近ではグローバル採用でインドなどから新しい方が入ってきています。僕らが持つ考えと違う多様な意見が出て来て、議論が非常に面白くなってくるんです。また、できればこだわりの強い人が入ってくれるとよりおもしろいと思います」

吉池 「強い主観を持った人たちがお互いに議論し合って新しい価値が見えてくるというのがすごく大事だと思っています。そのため、しっかりと主観を持っている人に来ていただきたいですね。お互いを尊重して議論を重ねて新しい価値を生み出していくのが、Hondaの文化でもあります」

チャレンジすれば知見が蓄積される。協力して研究しやすいHondaの環境

フロンティアロボティクスの研究者たちは、Hondaは研究しやすい環境が整っていると口を揃えます。

林 「一般的にロボットに学習させる研究をしている方は、市販のロボットを買ってプログラムを試すことが多いんです。Hondaではセンサーなどの電装、メカ、認識、制御、機械学習など、各分野のスペシャリストが一カ所に集まっていて、欲しい情報を取るためのセンサーを新たに開発するなど、Hondaにしかないハードウェアで研究を進められることが強みです。また、万が一壊れても直したり対策してくれたりするので、研究を進めやすいループがどんどん整っていくんですよね。

実験中に問題が起きたときも、いろいろなチームの方がわらわらと寄ってきてくれます。そこで、自分の考えを教えるからそれで解決してみてというアドバイスがはじまりますね」

濱津 「私たちは肩書きで人を呼ぶことがなく、非常にコミュニケーションが取りやすいです。私も林さんが実験している姿を見たら寄って行って話しかけますし、その逆もあります。技術を作ろうという目標に向かって、皆一丸となって進んでいる組織だと思いますね。

雰囲気がとてもフラットで意見を言いやすく、初歩的な困りごとを相談しても真剣に聞いてくれます。相談した結果、『その視点はなかったから取り入れてみよう』ということもありますし、いい雰囲気で研究開発ができる環境だと思いますね。研究者が議論しながら目指すべき方向を決めるのも、トップダウンではないHondaならではの特徴だと思います」

吉池 「Hondaは行動を伴いながら提案し続ければ、ボトムアップでやりたいことをやれるチャンスがある会社です。また、ハードとソフトの両方ができるのもHondaの強みだと思います。

たとえばソフトウェアを専門としている人でも、ハードウェア担当の人と一緒に研究開発を進めると新たなことができるなど、ハードとソフトが協力し合って新しい技術が生まれるのが良いところですね」

現在のアバターロボットの開発には、ASIMOを作り上げた際の知見が大いに役立っています。そのため、フロンティアロボティクスではできないと決めつけずにチャレンジして知見を蓄えることも大切にしています。

吉池 「ロボットの世界では昔からずっと手の研究をしており、実現できないという世の中の雰囲気を感じます。しかし、なぜできないのかを議論してみると、できない理由はそんなにありません。自分たちができないという先入観を持っているだけで、チャレンジしていけばできる。そしてチャレンジすれば、次から次へとアイデアが湧いてきます。

目標で100%を宣言して、100%できなかったら成果が0という考え方ではありません。メンバーが一生懸命研究開発すれば、60〜70%しかできなくても、次に対しての知見が蓄積されていきます。チャレンジのポジティブループは、ずっと回っていると思いますね」

ASIMOの前身から数えると、35年以上ロボットの研究開発に取り組んでいるHonda。世の中に夢を与えてきましたが、今後はさらなる目標に向かっていきたいと研究者たちは考えています。

吉池 「誰もが手にすることができる商品として、実際にお客様に届けるところまではできていないと認識しているので、できるだけ早い段階で世の中に製品として提供し、社会を変えていきたいという研究者の想いがあります。

少し先ではありますが、2030年前後にはそのような価値をしっかりと世の中に出していくことを目指して、これからも研究開発を進めていきたいですね」

長い歴史のなかで積み重ねてきた知見を活かし、新たなアバターロボットの開発に取り組むフロンティアロボティクスのメンバーたち。

強い想いとチャレンジ精神を持った研究者たちが集まることで、世界を変える新しい価値が生まれる日も遠くないでしょう。