発明家になりたかった少年が見つけ出した、新規事業で世の中を変える道

2020年にHondaに中途入社した友谷は、2021年9月現在モビリティサービス事業本部のeMaaS戦略企画部に所属しています。日々の移動を便利にする新たなモビリティサービスを立ち上げ、併せてモビリティや生活の中で発生するエネルギー課題を解決していく、そんな「HondaのeMaaS構想」を実現していくのが主なミッションです。

友谷 「わたしたちの部署では、お客様が抱えている『移動の困りごと』に着目した新規事業を企画しています。Hondaは二輪や四輪をはじめとするさまざまなモビリティやハードウェアをもっており、それらを活用することもありますが必ずしもこだわりません。お客様の不都合・不便を探し出し解決することで、生活を変えていくことを大切にしています」

Honda歴は浅いものの、友谷はこれまでの経験を活かして新規事業の責任者やプロジェクトの統括を担っています。それは、Hondaに転職する前から新規事業の立ち上げに尽力してきた経験を見込まれたからです。

子どもの頃から友谷は「世の中にない新しいもの」をつくる発明家になりたいと夢見ていました。就職活動時に改めてその初心を思い出し「くらしをもっと便利に変えていくサービスをつくろう」との思いから、新規事業を積極展開する会社、という軸で就職先を決めました。

新卒入社した株式会社NTTドコモで、数年間の現場経験を経た後、希望どおり新規事業の部署に配属されます。ただ、そこで友谷に期待されていたのは既に立ち上がったインターネット事業のオペレーション業務。これまで様々なサービスを立ち上げてきた先輩たちに囲まれて、実績のない友谷は新規サービスを提案する糸口を掴むことができませんでした。

しかし、新規事業立ち上げに携わりたいという強い想いを持っていた友谷はこう考えます。「新しいサービスを立ち上げた後には必ず日々の運営が発生する。運営の品質はお客様が使い続けるサービス品質に直結していく。ならば、まずは『事業オペレーションでは誰にも負けないNo.1の人間』になろう! 運営のプロになれば新サービス立ち上げのときに呼ばれる人材になれるはずだ」と。 

担当サービスの運営品質向上・効率化で実績を積み重ねていった友谷は、いつしか新規事業の運営構築を相談され、オペレーション立ち上げを担う存在となっていました。

そんな日々の中、友谷は当時の上司に声をかけられます。「いまやっているニュース配信サービスのオペレーション立ち上げが落ち着いたら、どうする?」。友谷はずっとあたためていた企画、モバイル検索サービスを提案しました。これが、自ら提案者となりゼロから立ち上げを担った初めてのプロジェクトとなりました。

友谷 「当時のモバイル・インターネットでは『わかりやすくカテゴリ分けされたリストの中からコンテンツを探す』のが一般的。まだGoogle検索のように自由にキーワードを入れて検索するサービスは普及していませんでした。でも、急激にモバイルサイトが増える中で『絶対にPCと同じような使い方が普及する』という確信がありました。

これまでとは全く異なる使い方を提案するサービスに『本当にそこまでのニーズがあるのか』という声があったことも事実です。そこで事業オペレーションで積み重ねてきた経験が活きました。

漫然と運営するのではなく、日々『お客様がどこでつまずいているか、困っているか』を分析して改善を図っていたからこそ具体的に『こんなケースでお客様が情報を探せなくて困っている』、『既存の仕組みではここまでしか改善できない。だから新しいサービスが必要だ』ということが説得力をもって語れたんです。

関係者一人ひとりを説得し、自身で検索アルゴリズムまで考え、一緒にサービスをつくる提携先を探して……。実現するために必要なことはなんでもやりました。結果として当時日本で多くの方が利用する検索サービスとして育っていったのは、印象に残っています。プライベートで友人に会うと『え、最近使ってる。便利になったと思ったら友谷がやっていたんだね』って言われることも多く、とても嬉しかったのを覚えています」

経験がないなかでも、新規事業の立ち上げに成功した友谷。新規事業に携わるときに大切なのは、知識ではなく熱い想いを強く持ち続けることだと考えています。

友谷 「新規事業は開発、企画、アライアンス、マーケティング、PR、営業、運営、とにかくすべてをやらないと立ち上がりません。1つの知識やスキルが秀でているからといってできるものではないと思うんです。1番大切なのは、『お客様が困っている問題を解決したい、これをやれば生活が便利になるから実現したい』という強い想いをもち続けることなんですよね。

なぜそのサービスが必要なのか、その事業が生活をどう変えていくのかを熱く語り続けて味方を増やしていくことが、とても大切だと思います。これまでの経験でも自身の想いを語る中で、社内・社外問わず共感をしてくださった方が『一緒にやろう!』と言って、結果的に厳しい局面を乗り越えサービスが世に出るきっかけにことが何度もあります。

強い想いさえあれば、必要な知識・スキルは後からついてくるものだと感じます。だって実現するのにどうしても必要であれば、その場で必死に学びますから(笑)」

ハードウェアからモビリティサービスを変えたいとHondaに転職

その後もいくつもの新規サービス立ち上げに携わり、自身が提案したサービスがたくさんのお客様に使ってもらう経験をした友谷。この経験から、「よりリアルな生活を変えていく事業をつくっていきたい」との思いをもつようになりました。そこで関心をもったのがモビリティの分野でした。

友谷「とある新サービスの立ち上げが落ち着いて、長めの夏休みをとって欧州に旅行に行ったんです。途中、パリの街中でシェアサイクルを見かけました。しかも街中どこにいってもある。『ものすごく便利だな!』と感動する反面、使いづらいと感じることも多々あって……。

『これって実は都市の移動スタイルを変える可能性があるのでは』と気づいて、旅行中ずっと気もそぞろに事業アイデアを夢想していました」

日本に戻った友谷はインターネットからモビリティへ自身のフィールドを移すことを決意。ドコモのシェアサイクル事業の立ち上げに自ら手を上げて飛び込んでいきます。

実際に挑戦してみて、インターネット領域とは異なる難しさ・苦労に直面することも多かったと言います。国の法律・規制や都市ごとの規定がある中、行政、地域企業などの多くの関係者と時間をかけてつくりあげていく事業だからです。

友谷 「10年以上前ですから、“シェアサイクルは都市の移動で重要なパーツとなる”と言ってもぴんと来ないのも当然ですよね。“東京で1万台、いや10万台のシェアサイクルが走る日が来る”となんて語っていたので荒唐無稽なことをいう奴だ、と思われていたかもしれません。

インターネットの業界にいると、スタートアップやシリコンバレーの方たちと『きょう話したら来月には実現する』スピード感で走り続けなければならず、ついていくのに精いっぱいな毎日。その速さと比べて時間がかかることに焦りを覚えたこともあります。

でも、ほぼソフトウェアだけでサービスができているインターネットサービスと比べて、リアルな空間を走るモビリティは、新しいものが入ってきたときの影響度が異なるのは当たり前です。

行政の方たちと規制の取り扱いや都市計画の中での位置づけを話し、地域の開発事業者や様々な関係者と議論をして、『これは私たちの街に必要だ』と共感していただく年単位の取り組みを地道に続けていきました。

それだけに実際にサービスが立ち上がり、日々の生活の中で使われているのを見た時の感動はひとしおでした。移動しているお客さまの様子を直に見られるのはモビリティサービスならではだと思います」

ドコモとメルカリで複数のモビリティサービス立ち上げ・普及に取り組んだ友谷は、「モビリティサービスは根本のハードウェアから変えていかなければお客様が本当にほしいサービスは提供できないのではないか。自分が目指す“街の風景を変える”レベルのイノベーションは起こせないのではないか」との思いを抱くようになります。

友谷 「ドコモはまだシェアサイクルが一般的でなかった頃から行政や地域関係者と信頼関係を築きながらインフラ整備を着実に進め、多くの都市で新しいモビリティとして普及を進めてきました。また、メルカリのシェアサイクルプロジェクトに移ってからは、IT業界ならではのソフトウェア・ドリブンな考え方で、疾走しながらサービスをブラッシュアップしていくスピード感の大切さを学びました。

カルチャーの異なる2つの会社で新しい事業に取り組めたことはかけがいのない経験でした。いまでもチャレンジを続ける旧職のみなさんを本当に尊敬しています。

しかし、モビリティサービスでは、移動するときに使う乗り物自体がユーザー体験の大部分を占めることになります。移動の未来を考えたときにモビリティのハードウェアそのものを根本から見直し、創り出していくことが重要ではないか、と感じるようになったのです。

モビリティハードウェアそのものからつくって、そこからサービスを生み出せる仕事をしたいという思いが強くなっていたタイミングで、Hondaの現部署の方から『多様なモビリティサービスをつくりだしてきたHondaだからこそできる新しい移動サービスを一緒につくろう!』と熱いメッセージをいただき、入社を決意しました」

Hondaに入社した友谷は、すぐにその思いが間違っていなかったことを確信します。

友谷 「入社後に『こうすれば世界のマイクロモビリティシェアで課題となっている問題が解決するんじゃないか』とチームメンバーにアイデアを投げかけたことがあります。想定どおり『技術的に無理だと思います』という答えが返ってきました。

でも、いままでの『保有』を前提とした使い方と、たとえばシェアサービスでの使われ方では同じモビリティでも実は全く違う使われ方をしています。だから、『使い方がかわることを前提とすれば実現性はあるんじゃないか』と伝えたところ、『なるほど面白いですね。検討してみましょう!』と言ってもらうことができました。

そのわずか1週間後、チームメンバーが『確かに技術的にできそうです!』ととても嬉しそうに教えてくれました。更にその後、半年で試作機品を作り上げ検証まで終えてしまったんです。普通なら『無理です』で終わってしまいそうなところを、面白がって新しいことにチャレンジしたがるのはHondaならではの気風だと思います。

モビリティメーカーとしての技術蓄積とチャレンジ精神というHondaの強みを感じ、これからどんどん新しいものを打ち出していけるという思いを強くしました」

松明は自分の手で──すべてを任されプロジェクトを進める

Hondaに入社した友谷がまず驚いたのは、プロジェクトベースで会社や事業が運営されていることでした。

友谷 「創業者である本田宗一郎氏の精神が色濃く残っているんだと思います。プロジェクトを始める際は必ず“A00”と呼ばれるミッション、“A0”と呼ばれるビジョンを決めます。Hondaではミッションやビジョンをとても大切にしていて、これまでに“世界で初めて”と言われるものをいくつも生み出してきました。

だからこそ、僕がいくつかの新規プロジェクトを任されたときも、『こんなサービスを実現したい』、『こんな世界をつくりたいんだ』という想いから打ち出すとすんなりと受け入れてもらうことができました。もし納得できない部分があれば曖昧にせずに徹底的に議論してから先に進むのもHondaらしいカルチャーだと思います」

2020年7月から、友谷はマイクロモビリティプロジェクトの事業立ち上げ責任者を務めています。マイクロモビリティは軽自動車以下の移動手段を指し、クルマや公共交通機関と組み合わせることで都市交通課題の解決につながると期待されています。マイクロモビリティの普及により、都市に暮らす人々のかけがえのない時間を創り出すことがプロジェクトのミッションです。

入社後すぐにリーダーを任されたのは、Hondaが今までにない道を大切にしているからだと友谷は考えています。

友谷 「私は異業種からの転職なので、考え方や仕事のやり方でびっくりされてしまうこともあります。既存のHondaのカルチャーは尊重しますが、自分の異質な考えについては敢えて隠さずに表に出すようにしています。異質なもののぶつかり合いから生まれるものもあると考えるからです。

入社後すぐにマイクロモビリティのプロジェクトを任されたのも、『こんなやり方もあるんじゃないですか』と提案したら、『だったらお前がやってみろ』と言われたことがきっかけでした。

Hondaは、新しいことを始める人をとても尊重します。いろいろなバックグラウンドの人が集まる部署なのでさまざまな意見は出ますが、あまりダメだとは言われません。上司からも『止めろと言われなければ、それはGOなんだ』とにやりと言われたことがあります。

松明を掲げることを重視し、リーダーにすべてを任せるんですよね。仕事の進め方も、プロジェクトごとに違います。『最後は責任を取るから、リーダーが松明を掲げなさい』という姿勢が終始一貫していると感じています」

Hondaで働くなかで、友谷は自身の価値観が変化していくのを実感しています。

友谷 「今までの仕事は、スピード感を持って手を打ち新しいものを立ち上げていくことが多かったんです。一方Hondaでは、現時点で手を動かしながら10年後に対して手を打つことも同時にやらないといけません。それがとても刺激になっています。

モビリティやハードウェアから抜本的に暮らしを変えるには、時間がかかるところもあります。目の前で変えられることをやりながら、どんどん事業を立ち上げていく。未来の夢の部分を大切にして、そこに対して世の中がどう変わっていくかというのはより強く意識するようになりました」

街の風景が変わってしまうくらい、便利なサービスをつくりたい

▲息子との一枚

eMaaS戦略企画部には、さまざまな経歴を持った多様性のあるメンバーが集まっています。そのため、新しいものや考え方を取り入れながら新規事業の立ち上げを進めることができ、それがやりがいにつながっています。

友谷 「たとえば、一般的に新規事業を立ち上げるときは収支計画を立てないといけませんが、立ててもすぐに変わってしまう収支計画よりもまずお客様が使うかどうかを先に検証すべきではないか、そんな風に新規事業創出フローそのものを独自につくる取り組みもしています。

新たな考えを取り入れながら、Hondaの既存の技術やビジネスを活かして新規事業をどんどん立ち上げるべく毎日七転八倒する。それがとてもおもしろいですね」

Hondaに転職したことで、友谷は自分のやりたかったことが実現できていると感じています。

友谷 「身の回りに圧倒的な実力を持つ技術者がいて、事業や営業のスペシャリストがいて、中途入社で新たな考えを持ち込む人がいる。三位一体となって新しい考えが生まれていくなかで、新しいソリューションやお客様に提供する価値が生まれていると日々感じますね。

最近、社内の研修事務局から依頼を受けてMaaS研修の講師を務めたんです。『まずはトライアルで』なんて話していたら120名以上も集まり、新しい動きへの関心の高さに驚きました。その中で『ボトムアップで連携しながら新しい提案をどんどんするのがHondaらしいと思う。一緒に変えていきましょう』という話を参加者のみなさまにしました。

そのとき、『ぜひ一緒にやりましょう』といろいろな方に声をかけていただけたんです。想いをもってアクションを起こす人が、とても多い会社だと思いましたね」

友谷は今後も新規事業の立ち上げに関わり、街の風景が変わってしまうくらい便利で新しいサービスをつくりたいと考えています。

友谷 「今10年前のドラマや映画を見ると、昔の携帯電話をいじっているシーンを古臭く感じてしまいますよね。そんなふうに、今後も新しいものが次々と生まれてくると思うんです。そして、Hondaはトップランナーとして新しく生み出したものを世の中に浸透させていく力がある会社だと感じています。

まずは自分の住む街で新たな移動サービスを浸透させ、いずれは世界に広げていきたいです。グローバルに展開するHondaだからこそ、それができると思います。

自分が子どもの親になってからより強く思うんです。私が小さい頃に夢見た世界は新しい技術でどんどんと実現している。自分は子どもたちにもっと便利になった夢の世界を残せるんだろうか、と。だからこそ“街の風景が変わってしまうくらい便利な移動サービス”をつくってくことにこだわりたいと考えています。

そして最終的には、自分が手がけたプロジェクトがHondaをイメージさせる事業の1つとなるように育てていければいいですね。Hondaは自転車に補助エンジンをつけたバタバタ*から始まり、バイクや自動車、いつの間にか飛行機もつくっていたという歴史があります。『Hondaってこういうこともやっていたんだ』と言われるようなサービスをつくっていきたいと思います」

*1947年に初めてHondaの名で製品化した自転車用補助エンジン「ホンダ A型」の通称。市販の自転車に簡単に取り付けられ、1951年まで継続生産されたロングセラー。

「世の中の暮らしをもっと便利にするサービスをつくりたい」という一貫した強い想いを胸に、キャリアを積み重ねてきた友谷。

マイクロモビリティをはじめとする新規事業の立ち上げプロジェクトに携わりながら、世の中をより良く変えるために今日も奮闘します。