技術者である父の影響を受け、Hondaの開発へ

Hondaは「自由な移動の喜び」と「豊かで持続可能な社会」の実現をビジョンとして掲げています。その取り組みの考え方として「環境負荷ゼロ社会」を目指し、2050年に全ての製品と企業活動を通じた二酸化炭素排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現に向けて舵を切りました。野坂は、経営企画統括部環境企画部環境エネルギー戦略企画課で、環境負荷削減に向けた取り組みの企画立案を推進しています。

野坂 「環境企画部は、世界動向を調査して具体的な数値をもってHondaとしての方向性を経営層に提案する部署です。私はHondaが排出するCO2の中で排出量がもっとも多い、製品の使用する際に排出されるCO2のデータ集計を担当していました。

2017年にHondaが策定した2030年ビジョンに向けた取り組みを加速していくため、環境エネルギー戦略企画課の前身である環境管理推進課にいた頃から、ワーキンググループを立ち上げ、他の部署も巻き込みながら課題への対応を進めてきました」

ビジョンを達成するためには、他部署との連携が必須です。野坂は二輪や四輪、ライフクリエーションなど全事業に加え、グローバルの全地域とコミュニケーションを取りながら、企画立案に取り組んでいます。

野坂は大学で機械工学を専攻し、新卒でHondaに入社しました。

野坂 「父が部品メーカーに勤めていて、小さい頃から『父さんが設計した部品が製品のここに入っているんだよ』という話を聞いていました。自然な流れで、自分が関わった製品を世に出してみたいと考えるようになったんです。

なかでも、家族でインテグラタイプRに乗っていたこともあり、Honda製品に触れる機会が多かったんです。Hondaについて調べるうちに、企業理念やモノづくりの姿勢に共感しました。特に『技術の前ではみな平等』というカルチャーに惹かれ、入社を希望しました」

2006年にHondaに入社した野坂が最初に配属されたのは、四輪開発センター(現在のものづくりセンター)でした。小型単体エンジンの性能試験を担当し、先代の製品から性能をブラッシュアップする開発に取り組みました。

野坂 「機械工学科出身とはいえ、これまでエンジンに触る機会はなかったので、中身を覚えるのに苦労しました。組み立て課に配属されたのかと思うくらいエンジンを何回も組み替えながら先輩方が丁寧に教えてくれたおかげで、比較的早く仕事を覚えることができましたね。職場環境には非常に恵まれました」

2度の育児休職を経て感じる環境の変化

▲誕生日に子どもたちが作ってくれたケーキ(左)子どもたちからのプレゼント(右)

2009年に1度目の育児休職を取ってからも、野坂は引き続き開発の仕事をしていました。単体エンジンの性能試験担当から、実車のノックコントロールシステムの設定担当となったのです。

野坂 「ノック判定しきい値を決めるためには、研究所内のプルービンググラウンド(テストコース)で車を走行させテストをしなければなりません。そのためには、運転免許とは異なるドライバーズライセンスを取得する必要があります。

当時子どもがまだ小さかったので諦めかけていましたが、上司が『業務の幅を広げるためにもチャレンジしたほうがいい』と背中を押してくれて、無事にライセンスを取得できたんです。研究所はチームで動くことを大事にしていたので、仕事を共有し支え合いながらチームのアウトプットにつなげられたのはありがたかったですね」

野坂は入社以来一貫して開発に力を注いできましたが、2012年に経営企画部へ異動しました。研究所から経営企画部へ異動するケースは多くありませんが、野坂は自ら希望したのです。

野坂 「恵まれた環境で研究開発に取り組んだことで、ますますHondaが好きになりました。次第に、エンジンに携わるだけでなくもっとHondaという会社を良くしたい、もっと世の人にHondaを知ってもらいたいと考えるようになったんです。

Hondaはキャリアの希望を上司に伝えられる機会が多いので、私は企画の仕事がしたいと希望し続けていましたね。視野を広げてHondaをより良くするための戦略を考える部署に異動したいと伝えた結果、経営企画部へ異動することになりました」

経営企画部に異動したあと、2014年にもう一度育児休職を取得した野坂。育児休職制度が過渡期であった1度目とは、制度が大きく変わっていたことに驚いたと振り返ります。

野坂 「1度目の取得時と比べて、キャリアを描き続けられるような支援する制度が充実していましたね。そんな環境のなかで、安心して2人目を出産し、仕事に邁進した結果、社内の資格試験にも合格することができました」

また、制度だけでなく、子育てについての周りの意識も時代とともに変化したと野坂は感じています。

野坂 「子どもの小学校でSDGsの宿題があり、その出来事を上司に話したところ、そのエピソードが社長に提案する資料に入ることになったんです。子育てや介護をしながら働いているからこそ気付くことがあり、その観点を周りが受け入れようとして、さらに経営の提案にも結びついたという経験を通じて意識の変化を実感しましたね」

2020年に入り、コロナ禍によって多くの企業で働く環境の改革が進みましたが、Hondaではそれ以前から在宅勤務をはじめとする多様な働き方を導入していました。野坂自身も、2016年の育児期の社員を対象にしたトライアルの段階から在宅勤務を行い、子育てと仕事を両立させた働き方を実践してきたのです。

「叩かれ台」となり議論を重ねる。かけられた言葉にこぼれた涙

経営企画部でも経験を重ねた野坂は、Hondaが掲げる環境ビジョンを達成するためのワーキンググループの立ち上げに携わりました。

野坂 「A00*1は“カーボンフリー社会の実現“。各事業や各地域の社員が揃って議論できるワーキンググループを立ち上げました。環境分野において事業や地域を横断して活動するはじめてのワーキンググループで、2030年ビジョン*2や2050年カーボンニュートラルに向けた取り組みを加速させてきました」

*1 プロジェクトごとに決められる本質目的「これからはじめる仕事は、どんな世界を実現するためのものなのか」を示すもの。

*2 「すべての人に、『生活の可能性が拡がる喜び』を提供するー世界中の一人ひとりの『移動』と『暮らし』の進化をリードするー」という宣言であり、Hondaがこれからも存在を期待される企業であり続けるために設定されたビジョン。環境面では「クリーンで安全・安心な社会に」という方向性を打ち出し、カーボンフリー社会の実現をリードする存在となることを目指している。

野坂がワーキンググループを立ち上げて最初に行ったのは、データ集計を通した課題の解決でした。

野坂 「長期目標を掲げるにあたって、事業ごとにCO2の集計方法がバラバラだったんです。そこで、まずはデータ集計の条件を揃え、対象地域を追加するべきだと判断しました。

環境に関する取り組みのアウトプットの場としては、サステナビリティレポートや外部評価機関への提示などがありましたが、2011年にデータ集計をはじめて以来、条件を変えずに集計を続けていたんです。それは2020年目標に向けた実績の管理が目的だったからなのですが、2020年目標の区切りがついた2021年以降のあるべき姿を考えたときに、これまでの集計方法を踏襲するだけではいけないと判断し、整備をはじめました」

2021年以降のガイドラインをはじめて作ったのは、2018年でした。その後は世の中の動向の変化に伴いアップデートを繰り返し、集計条件の整合を行ってきました。しかし、集計ができるようになっても、各部門が当事者意識を持ってPDCAを回してほしいという思いから、スキームの再構築や役割や責任の所在の明確化にも取り組みました。

ガイドラインの整備を最終的に終えたのは2021年4月。整備にあたっては各事業や各地域との整合が難航しました。野坂は整合を進めるために、多くの起草提案をすることで自ら「叩かれ台」となる道を選んだのです。

野坂 「私たちが必要だと思っていることを盛り込んだ案を出しても、異論が出るケースもあります。たとえ反対意見を受けても議論をすることで必要性を理解してもらったり、それぞれの部署で努力しないと他部署が苦労することを伝えて、足並みを揃える大切さに意識を向けてもらったり、部長も含めて戦略を立てて粘り強くプロジェクトを進めていきました」

野坂が整合を進める相手は、他部署のマネジメント層が中心でした。当初はプレッシャーに感じることもありましたが、あえて肩書を意識しないようにしながら整合を進めていった結果、嬉しい出来事もあったと振り返ります。

野坂 「地道に取り組んでいた集計条件の整理や、サステナビリティレポートのデータに関して他部署の役職者の方へ報告する場で、日頃の協力に対する感謝を伝えたときのことでした。相手から『すごく大変だけど素晴らしい仕事をしているね』とお言葉をいただいたのです。

たくさん意見をもらって議論を重ねた結果そう言ってもらえて、思わず職場内で涙が出てしまいましたね。困難を乗り越えたときの喜びが、私のモチベーションにつながっていると感じます」

実行フェーズへ移行、アクションに向けた取り組みを加速させる

2021年7月現在、野坂はこれまで自身が担ってきた役割を後輩にバトンタッチし、支えています。野坂自身が共感を得ることでモチベーションを高めるという経験をしたので、後輩にアドバイスをするときも共感することを心がけています。

野坂 「時には、後輩に対して注意しなければいけないこともあります。そんなときもまずは相手の置かれた立場や状況に共感して、自分もそうだったというエピソードを話すようにしています。その後、改善してほしいことを伝えるようにしています。

誰しもモチベーションがあれば、仕事の効率がアップし、アウトプットの質も高くなります。モチベーションが下がっただけで普段の力が発揮できなくなることもあると思うので、自分も含めて周りのモチベーションが上がるよう工夫するようにしていますね」

また、家庭において子どもたちと触れ合うことは、野坂のモチベーション維持につながっています。野坂は仕事と育児を両立させる選択をしたことが、自分の人生にとってプラスになったと感じているのです。

野坂 「私が小さい頃、母は専業主婦で家にいました。そのため当初は私も専業主婦になろうと考えていましたが、仕事を続けるなかで『仕事を辞めたくない、育休取得中も仕事がしたい』と感じている自分がいたんです。その気持ちを素直に認めて周りの協力を得られたことで、育児をしながらでもしっかり働くことができています」

2021年4月から野坂の役割は変わり、ワーキンググループをまとめる事務局としてでなく、別の形で環境ビジョンの達成に関わることになります。今、野坂は、これまで自身が地道に行ってきたデータ集計ノウハウをシステム化し、Hondaで一元管理できることを目指しています。

野坂 「今期中に新たなシステムを導入し、一元管理できる仕組みを整えることが大きなミッションです。私たち環境企画部が管理しているデータを他の部署のメンバーにも提供できるようにして、担当地域のシミュレーションなどへの活用を可能にしたいと考えています。さらに、私たちは各事業を横断的に見ることができる部署にいるので、事業を超えた新しい取り組みも考えています。ゼロベースで考える企画にチャレンジしていきたいですね」

2021年7月に発表したサステナビリティレポートでは、環境負荷ゼロ社会を目指すコンセプトとして、これまでの“Triple ZERO”を超える“Triple Action to ZERO*“という、より高い取り組み目標を掲げました。この名称には「実行フェーズへの移行」というメッセージを込めています。

*「カーボンニュートラル」「クリーンエネルギー」「リソースサーキュレーション」の3つのコンセプトとしてまとめた取り組み目標。具体的には、2050年に向けた「二酸化炭素排出量実質ゼロ」「カーボンフリーエネルギー活用率100%」「サステナブルマテリアル使用率100%」を掲げている。

野坂はHondaが目標達成に向けて、ひたむきに取り組んでいくことこそが大切だと考えています。

野坂 「できない!と決めてしまい、だからやらないという選択肢もあるかもしれません。けれど、やると決めたら、できない理由は解決すべき課題へと変わっていきます。Hondaには、一社員が考えたことでもそれが良いアイデアであれば、提案した人に任せてくれる風土があります。全社一丸となって取り組まなければならない難しいチャレンジですが、Hondaならきっと実現できます」

開発から経営企画にキャリアチェンジして、Hondaの環境ビジョンの実現に向けて、粘り強く取り組む野坂。仕事も育児も両立させて奮闘する彼女は、Hondaの未来を環境面から支え続ける存在です。