モノづくりに憧れ、機械工学に進学も知財の道へ

Hondaの知的財産・標準化統括部で働く安田 直矢は、幼少期から乗り物やモノづくりを身近に感じながら育ちました。

安田 「祖父が自転車屋を営んでいたので、便利で格好いいものを自分でつくることに魅力を感じていました。モノづくりの道に進むため、大学では機械系を学ぶことにしました」

大学院で機械工学を学んだ安田でしたが、就職活動では研究職ではなく、知的財産部門への就職を目指すことになります。それは、大学院時代に「研究の苦しさ」を実感したからでした。

安田 「就職して自分が良いと思えるプロダクト開発に携わることができれば、この上なく嬉しいと思いますが、研究職というのはそればかりではありません。わがままな話ですが、自分が魅力的だと思えない研究テーマには没頭することができないものですし、仕事を楽しめないと考えてしまったのです。そこで研究職以外の道を考えました。

これまで身につけてきた知識をうまく生かしてできる仕事はないだろうか?と考えを巡らせるうちに知的財産を守る仕事があると知り、自分の強みを活かしていけると考えました。知的財産の仕事ならば、研究テーマに左右されることなく、イノベーションを保護して会社の経営や事業に役立てるという戦略性のある仕事ができるため、研究開発よりも遥かに魅力的だと考えたのです」

知的財産の業務に携われそうな、あらゆるメーカーを調べた安田。

そのなかでもHondaを選んだのは、親近感と期待感があったからでした。

安田 「祖父からHondaや創業者の本田宗一郎について話を聞く機会が多かったんです。Hondaのプロダクトは壊れにくい、格好いいと特別に見ている祖父の言葉を聞いて、私もHondaに特別な親近感を抱いていました。幼少期にわくわくしていたように、Hondaで魅力的なプロダクトづくりに関わって、それを世の中に出していきたいと思いましたね」

知識を身につけ、Hondaの知的財産を守り続ける

2004年、Hondaに新卒入社した安田は、基礎技術研究センターに配属されました。最初に携わった業務は、ロボットの研究開発をしている開発者のもとへ行き、最新の研究開発のなかから特許にて保護すべき技術を抽出し、権利化することでした。

安田 「当時携わったプロダクトはASIMOの音声認識や歩行補助装置のメカや制御、AIのような知能化・学習技術などです。対象領域は幅広かったですね。複数の特許出願でHondaの技術が他社に真似されないよう“特許網“を作ることが、私のミッションでした」

大学で知財を学んでいたわけではなかった安田は、特許の理解を深めるため、入社後、必死で勉強しました。

安田 「技術面は、主にOJT※で学びました。専門である機械系は問題ありませんが、専門外の音声認識の技術なども学ぶ必要があったので、開発者から教えてもらい、足りない場合はwebや教科書で勉強を続けました。また、知財面では、OJTで得られる知識は限定的なので、資格のスクールや社会人大学院に通って知識をつけました」

※OJT:On the Job Training 職場での実務を通した能力開発

特許の仕事をするためには、なによりもその技術の特性を正確に理解する知識が必要です。安田はそれに加え、アンテナを立て広く情報を収集することが重要だと考えています。

安田 「他社がどういう特許を出していて、それに対しHondaの発明にはどんな良いところがあるか考えます。良いところを特定するためには、異業種の技術レベルも知らなければなりません。常にいろいろなところにアンテナを立てることは、とても大事ですね」

安田は、一輪車スタイルのパーソナルモビリティであるU3-Xの知財担当も務めました。

安田 「U3-Xも最初は一輪の車輪で小さくて便利という構想とデザイン画だけで、具体的にどうやって一輪で倒れない乗り物を実現するのか、具体案は何もありませんでした。そこからメカ設計や制御などのメンバーに加えて知財担当の私も参加し、わずか数名でプロジェクトがはじまりました。

まっさらな状態からはじまるプロジェクトで、他社がやっていないことを目指していましたので、最初から知財の知識を持っている人もメンバーに選ばれたのだと思います。また、知財担当の重要な役割のひとつに新しいアイデアを引き出して集約することがあります。

このプロジェクトでは知財担当の私が主導して、みんなでアイデアを出し合って、それを束ねて具現化していくことをしました。私が開催したアイデア出しの会議で多くの斬新なアイデアが生み出され、それが実際にU3-Xに搭載されていきました」

外務省に出向し、自分のなかの物差しが大きく変わる

▲写真は「ジェトロ主催 クルド人自治区の知財保護状況 情報収集会議(2016年3月・ドバイ)に参加した際のもの」

着実に知的財産の業務を遂行し、知識も経験も積み上げてきた安田は、2014年から2年間、外務省に出向しました。外務省での主な仕事は、経済連携協定参加国との知的財産の交渉でした。

知的財産の保護に関する約束事を決めるため、各国が集まる会合での交渉をサポートするのが、安田の担当業務だったのです。

安田 「実際に交渉するのは外務省の官僚の方ですが、その会議に至るまでのプロセスのなかで資料作成や、会議当日の議事録担当として、目の前で繰り広げられる交渉に参加しました。交渉の結果を関係する省庁に共有するのも大切な役割の一つです。

特許庁、経済産業省、財務省などの担当者に会議の内容を伝え、次回の会議に向けた交渉の資料を作り、また会議に参加というのを繰り返していました。国どうしの交渉事に産業(企業)の視点を取り入れることを期待されていました」

こうした外務省への出向により安田はさまざまな学びを得て、自分のなかにあった物差しが大きく変わったと感じています。

安田 「日本のために全力を尽くして、夜遅くまで戦っている人達や世界中を飛び回っている人達と一緒に仕事ができたことは大きな刺激でした。たとえば、外務省とHondaでは労働時間が大きく異なります。役所では国会対応で深夜まで働くこともありますが、たとえ残業時間が増えても世の中を動かすという気概を持って働いているのです。

そうしたことを目の当たりにしたことやそこで自分も奮闘したことが自信になりました。こうした経験は間違いなくプラスになっています」

また、海外に対する考え方が変わったり、世の中を見る際の視座が高まったりもしました。

安田 「私はそれまであまり海外に興味がなかったのですが、外務省に出向した2年間で計10回以上の海外出張を経験し、交渉相手国の知財政策を調べたり、コーヒーブレイク中に交渉相手国の方と雑談をしたりするうちに、海外に対する見方が変わっていきました。

交渉相手国ごとに様々な事情がありますが、政府間の交渉といっても結局は人対人であるため、相手の事情を理解した上で信頼関係を作ることが大事ですし、他国と目標を共有して進めることの重要さがわかったのです。国を代表して各国と交渉する経験を通して、自分の視座のレイヤーがひとつ上がるような感覚がありましたね」

出向して戻ってきたからこそ気づいた課題と、今後の目標

安田は外務省への出向を経験したことで、帰任後にHondaの課題にも気づくことができました。

安田 「一般によく言われることですが、役所の仕事は縦割りで、責任の範囲が明確に決まっています。縦割りという言葉はネガティブに使われやすいですが、そうではなく、領域毎に熟慮された判断が行われると共に、自らの担当領域ではない部分は、その領域の専門家に照会すれば熟慮された判断が返ってくるという仕組みがきちんとありました。それがシステマチックでとてもよくできていると感じたのです。

一方、Hondaでは縦割り感があまりありません。それはもちろんHondaの魅力の一つでもあり、業務を主体的に進める上で重要ですが、もう少し役割の範囲を明確にして、ベースとなる仕事にコミットすることも重要だと考えています。外務省でシステマチックな仕事を経験したからこそ、それぞれの長所と短所がわかり、改善に向けて動けるようになりましたね」

Hondaに戻って、それまでの知財領域の業務とは異なる、国際標準に関する新たな業務を任されました。

安田 「国際標準化団体の会議に参加して国際標準を作るという業務を行うことと、国際標準に関する社内の課題を解決するという役割でした。当時、国際標準についての社内認知は高くなかったので、国際標準って本当に大事なの?というところから伝えていく必要があって非常にチャレンジングでしたが、Hondaに国際標準を活用する文化を新たに作っていきたいとの思いで活動をしました。

最終的に、国際標準の重要性と当時の体制上の課題を役員に報告し、新たに標準化の組織を作る必要性を提案しました。その結果、Hondaで初めてとなる国際標準のための組織が設立されました」

大きな変革の時を迎えている自動車業界で、今後Hondaはどう動いていくべきか。外務省への出向で視野が広がった安田は、国際標準を武器にした戦い方を実現したいと考えています。

安田 「国際標準を使いこなせれば、Hondaはさらに強くなると思います。そのためには、他社と協調してやっていくことが必要になります。

しかし、Hondaは他社と比べると、外部との関係性をつくる機会が多い訳ではなく、協力して進めていくのが苦手だと感じています。国際標準は、みんなにとってプラスになるようなルールを作るものなので、他社との協力が必須なのです。特定のプレイヤーとだけでなく、多くのプレイヤーと仕事をしていかなければ、Hondaの提供できる価値は広がっていきません。

ASIMOやU3-XのようなHondaの優れた先端技術や、今後ますます重要になる環境技術が、国際標準によって世界中の方に使っていただけるようになり、豊かな暮らし・豊かな社会が創られていく、これを実現させることが今後の目標ですね」

外務省出向によって得た知識や経験を活かし、Hondaが今後さらなる成長を遂げるために解決すべき課題を見据え、改善に向けて動いている安田。

学びを積極的に還元する社員の活躍により、Hondaはまた1歩前に進んでいきます。