量的変化から質的変化へ──AIがもたらす、人が豊かな社会像

安井 裕司(以下、安井) 「まずはAIと社会の関係性がどうなっていくのか、皆さんのお考えを聞きたいです。AIといえば、シンギュラリティで仕事が奪われるとか、逆にビジネスチャンスだとか、あるいは便利なツールだとか、さまざまな意見が聞かれますよね」

岡田 侑貴さん(以下、敬称略)「これからのAIがもたらすものは、量的な変化から質的な変化へと移行していくと思います。従来の機械学習は、働く人たちの量的な変化に寄与してきました。ある業務を自動化することで、その業務を担当していた人の仕事量が大幅に減るような事例がこれにあたります。

この変化は皆さんが不安視するような一時的な失業をもたらすかもしれません。しかしこの先にある変化は、例えば足の不自由な方が自動運転で外出を楽しめるようになるように、質的な変化がもたらされるでしょう。つまり、AIは豊かな社会の礎になる技術だと思います」

安井 「AIが浸透して社会から人がいなくなるのではなく、むしろAIによって人の活動が増えていくということですね」

三浦 亜美さん(以下、敬称略) 「とてもよくわかります。私はよく『AIは相棒だよ』という話をするんです。AIは人に新しい発見や経験、感動をもたらしてくれるものだからです。私は幼いころからスポーツに親しんできたので感覚的にわかるのですが、これからのAIのキーワードは身体性だと思います。より自分に溶け込んでいくような感覚ですね」

栗原 聡さん(以下、敬称略) 「そうですね。私たちは自分についた手足が身体だと認識しています。でも、例えば事故でけがをして義手をつけると、有機体でない義手でもいずれは触覚が芽生える。つまり、身体は拡張できるんです。彫刻師が彫刻刀を自分の手のように扱えるのも、同じ話です。

AIもまた、これからの私たちの身体を拡張する一つの方法だと考えてもらうとわかりやすいと思います。いわば私たちの黒子のような存在ですね。ただし、黒子は道具と違って使う人を想像した上でサポートしなければなりません。

それをこの業界では能動性や自律と言いますが、これこそが岡田さんの言及した質的なモードチェンジにつながるでしょう。そして、その変化に必要な材料はそろってきた。今はそういう時代にさしかかっていると思います」

人間の身体を拡張することで実現する、非言語的な技術継承

三浦 「実体験として身体が拡張されているな、と車を運転しているときにも感じることがあります。車庫入れのときに「お尻ぶつけないようにしなきゃ」と思うこと、ありませんか?“後ろ“じゃなくて“お尻“と感じるのは、もう自分の身体を拡張した一部として車を認識しているからなんじゃないかな、と」

安井 「実はHondaの先進技術研究所でも『車両との究極の一体感』をテーマにディスカッションしているんですよ。三浦さんが感じたような一体感を、どういう風に作っていくかが今後の課題です。

開発した運転支援スキルがドライバーに一体化すれば、AI搭載の車に乗った人はどんどんそのシステムを吸収して、ドライバー自身が成長していける。たとえ運転支援がない車に乗っても、もう安全な運転を体が覚えているから大丈夫だと自信をもって運転してもらえる。AI技術によってそういう世界を実現したいな、と考えています」

三浦 「なるほど。AIが教えてくれる技術を身体に記憶させるということですね。逆に、私たちが伝統技術の継承をAIによってサポートする事業では、人が身体で記憶する感覚を再現することが重要になってきます

例えば、車がスリップする瞬間、身体がゾワゾワしますよね。それをAIが体験するのは不可能でも、その瞬間を再現してAIに教え込むことは可能だと思うんです。そういった人の感覚を教育システムに組みこんで、酒蔵の匠の技を次の世代につなげていくというのが私たちの挑戦です。

日本酒の醸造工程を行う職人の集まり「杜氏(とうじ)」のコミュニティにはとても強固な関係性があります。弟子入りすると各酒蔵で何年もの修行を積むわけですが、その工程の意思決定はベテランの方がやるので、明確なカリキュラムはほとんどありません。いわゆる『背中を見て学べ』という慣習が強い業界です。

しかし、このままでは将来的に匠の技が消えていってしまう危機感を多くの方が抱えています。そこで、私たちは酒蔵さんと話しあいながら、AIによって教育プロセスをサポートできないか模索しています」

栗原 「熟練工が技術を伝えていくとき、その多くが言葉で語られると思いますが、その言葉が熟練工の知識のすべてではありません。例えば、自転車に乗る方法を誰かに教えるとき、バランスを取る感覚をなかなか言語化できなければ苦労しますよね。

そういう言語化できない感覚を、画像認識やセンシングによって説明できるかもしれない。そして、言語化が難しかった本来の熟練工の知識を機械に移してトレーニングできたならば、いよいよ想像力そのものを作れる時代が来るはずです」

想像力をも拡張する、AIがもたらすセレンディピティ

岡田 「AIが現時点でできることは継承までで、その先のアップデートは人間の領域です。現在のAIも学習した過去の経験から新しい何かを作り出すことはできますが、それが本質的なクリエイティビティかといえば異なるものだと感じます。ただし、新しいものを作り出そうとするチャレンジそのものを、暗黙知として保存することはできるかもしれません」

栗原 「その結果、人間の想像力に対するアクセラレーションはできると感じますね。事例として、私たちは手塚治虫さんらしい漫画を生成するAI「TEZUKA2020」を開発しています。このプロジェクトのメンバーには手塚治虫的な絵を描く漫画家さんがいるのですが、その漫画家さんが真似る手塚 治虫“らしさ“には、やはり本人のクセや視点が介入します。

言い換えれば、現存する漫画家さんたちが描く手塚治虫像は、手塚治虫さん本人の特徴をすべて網羅することはできません。そういった現状をふまえて、AIが描く手塚治虫風の絵を漫画家さんに見せてみると、漫画家さんすら想像しなかった手塚治虫っぽさを出す描写ポイントを発見できたそうです。

つまり、これは漫画家さんが見ていた手塚治虫の空間的特徴を、AIが引き延ばしたということです。岡田さんがおっしゃるように、AIは過去の経験の学習をもとに情報を生成しますが、その生成の結果は偶発的で、時には人間の想像を超えます。今後の使い方や開発の仕方によっては、AIは人間の想像力をも拡張することができるかもしれません」

安井 「想像力というキーワードはアートにも関わってくると思いますが、三浦さんはAIがアートを表現できると思いますか?」

三浦 「一概にイエスかノーかでは答えられない質問ですね。アートの一番の魅力は、鑑賞者にクエスチョンを投げかけ、多くの回答を想像させ、思考をもたらすことだと思います。そこには鑑賞者側の経験や知識によるコンテクストを読む能力も関わってくるので、作者の意図を超えて作品に意味が生まれるものです。

AIが生成した作品を、AIが意図したこととはまるで違う解釈をする鑑賞者がいて、予想外の感動を生み出すかもしれない。そういう想像をすると、AIができる部分もそうでない部分もあるでしょうね」

人類は適応する──AIと共創する時代のヒントは次世代に

安井 「最後に、AIが社会にもたらす変化や影響について具体的に考えていきましょう。岡田さんはすでにデジタルアイドル開発などエンターテインメントの基軸から身近な技術を提供していますが、今後どのような展望がありますか?」

岡田 「コロナ禍によってデジタルのパワーが一層強まっていることは、一つの特徴として挙げられるかもしれません。オンラインにおいてもスムーズなコミュニケーションが行えるようになることに需要が高まり、アバターが対外的なコミュニケーションに利用されるようになると、外見的な価値は下がってくるのではないでしょうか。一方で性格や内面的な思考の価値は上がっていくと予想しています」

三浦 「アバター利用が一般化すれば、セクシュアルマイノリティやジェンダーに関わる不平等性も解決するかもしれませんね。心の性別に合わせてアバターを選んだり、どちらの性にも縛られないコミュニケーションツールを利用できたりすれば、自分らしく生きられる人が増えるんじゃないかな」

安井 「たしかに。教育の現場でも、オンライン授業のアバター対応が進めば、内気な子が質問しやすくなるかもしれません」

栗原 「でもこういう未来の予想をするとき、そこに登場する人物像が現在の人間なのって、実はちょっとおかしいですよね。僕らは適応力の高い生物で、技術の発展と共に不可逆の変化を起こしているのだから。

例えば、インターネットが生まれた頃を知る私たちの世代はYouTubeでお金を儲けられるなんて信じられなかったし、『ヤバい』という言葉がポジティブに使われる日が来るなんて思ってもみなかった。でも、若い世代はそれを当然のように理解しているし、活用できる。

こういう風に、時代の流れのなかで今もなお質的な変化は起きていて、その時代になればそれに適応する世代がいて。だから、20年後は20年後の人類になっているはずです」

三浦 「なるほど。であれば、コロナ禍でマスクをするのが当たり前になった世界で、今幼い子どもたちは目を見ただけで人をアイデンティファイできるようになるかもしれませんね。これまでは口元も含めて顔全体の表情を認識して相手の感情を読み取っていた人間が、これからは目で相手の感情を想像する能力をめきめきと伸ばしたりして……」

……という冗談はさておき、私たちが未来について考え、イノベーションを興そうとしているときは子どもたちと向き合うといいのかもしれませんね。彼ら・彼女らがどんなツールを使って生きていくのか予想しつつ観察していれば、そこからインスピレーションが湧いてくるはずです。

はずれ値人材が描く、人とAIが共創する社会

AIは人の身体や想像力を拡張する黒子的な存在であり、新しい可能性を生み出すきっかけになる。今回のイベントではずれ値人材の皆さんが描いたAIは決して特異なものではなく、私たちが発展しながら適応してきた社会の地続きにあるものです。

現状AIが持つ価値として注目されやすい業務効率化などの先には、人の生活を本質的に変えるような事業があるかもしれません。遠い領域の点と点を結び、想像を超える価値を生み出す。そんなはずれ値的な思考こそが、AIと人が調和する次世代の社会を創るのでしょう。

“オンラインイベント終了後も、ゲストとHonda社員との熱い議論は続き、数日後には音声SNS「Clubhouse」でも熱い議論が繰り広げられました。
はずれ値人材による新たなコラボレーションが、このイベントを機に生まれそうです。”

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