浪人時代の焦りをバネに、「社会」や「働くこと」を探求した大学生活

▲大学では、先進的な街づくりに取り組むオレゴン州ポートランドの大学に短期留学した(右から4人目がおおもり)

現在、マーケティングやPRを中心にさまざまなプロジェクトに取り組む私が、なぜこれらの仕事を始めるようになったのか? それは、学生時代に原点があるように思います。

中学、高校時代は、バスケットボールの部活一筋。中学時代に市内の大会で優秀選手賞を獲得したこともあり、高校はバスケットボールの強豪校に進んだものの、自分より上手い選手ばかり。レギュラーにはなれませんでした。それでもめげずに毎日練習に励むうち、試合にも出場できるように。

引退時には、「バスケはもうやりきった」と感じられるほど、打ち込んでいましたね。とはいえ、部活漬けの日々を過ごしていたため、勉強する気がまったく起きず、大学受験に失敗。

浪人時代当初は、「目標とする進路がないまま、浪人してしまった」という後悔や、周囲から取り残されたような焦りを感じて、悶々としていました。

しかし、なんとなく「早く社会に出て働きたい」という気持ちがあり、「働くことを次の目標に見据えれば、自分は頑張れるはず」と考えるように。そこで、大学生活の4年間を常に社会を意識して過ごすため、志望校は実務を学べる大学に変更。産業界で活躍する人材を教壇へ多数登用するなど、「実学教育」を実践している点に特徴のある大学を選びました。

大学で出会った同級生の中には、社会人を経験してから入学してきた人や他大学から編入してきた人も多く、経験豊富な年上の友人がたくさんできました。彼らは、大学生活の過ごし方に目的意識を持っていて、「社会に出たら、こんなスキルが必要」など、実体験に基づいたアドバイスをもらうこともあり、とても刺激を受けましたね。そんな環境から、私は学生ではあるものの、すでに社会人に近いような感覚が芽生えていました。

勉強にもまじめに取り組み、大学2年生の終わりには短期留学プログラムに参加。留学先は、当時から全米一サステナブルな街づくりを推進していたポートランド。英語とビジネスを学べるコースを選び、現地の不動産屋やレストランを訪れて、そこで働く人たちにインタビューをさせてもらうといった貴重な体験をしたことも。留学生活を送りながら、「もっとさまざまなことが知りたい。もっと深く社会と向き合いたい」と考えるようになりました。

社会的意義をストーリーで伝える「PR」という職業との出会い

大学3年生になると、身近な社会に対する関心とクリエイティブな仕事への憧れから、特定非営利活動法人「ETIC.(エティック)」にインターンとして参加。

「ETIC.」では、NGOやNPO、社会起業家に興味がある大学生と各団体とのマッチングや起業を支援する事業を展開しており、私は学生向けに団体の魅力や起業家の人となりを紹介するメールマガジンを書くことに。学生ライターとして、たくさんの人々と出会い、社会に貢献するさまざまな団体や人の活動を知ることができました。

そして同じころ、映像・広告の専門学校にも通い始めました。就職活動時期を前に将来を考えたとき、子どものころからテレビが好きだったため、漠然とテレビ業界をイメージするように。

中でもCMプランナーに興味がありました。というのは、子どものころはCMの存在理由がわからず、「CMが流れるとつまらない」と感じていましたが、テレビ関連の本を読むうちに、「CMも情報を人に伝える重要な要素」だとわかり、「もっとCMについて知りたい」と思ったんです。

専門学校では、現役業界人である講師の方々の思考法やアイデアに圧倒され、充実した時間を過ごしました。

そんなある日、とある有名クリエイティブディレクターの方による、「CMには、なぜこの商品が必要なのか、社会的意義を伝えることが必要」という話が強く印象に残りました。なぜなら、私がNPOのインターンをしながら日々感じるようになっていた、「社会のために必要なサービスや組織の活動を広めたい」という想いと重なったからです。

そこで、そのクリエイティブディレクターの方に「世の中にはさまざまなCMがあるけれど、自分は社会的意義のあるCMをつくりたい」と相談。すると、「プロモーション傾向が強まっている現在のCM業界では難しいかもしれない。社会的意義のあるメッセージを広めたいなら『PR=Public Relations(パブリックリレーションズ)』という手法もある」と教えてもらいました。そこで初めてPRという職種を知ったんです。

それからPRについて興味を持つようになりました。調べるうちに、さまざまな業界や職業の方と出会え、時代や社会の変化に合わせて仕事自体が進化する点もおもしろいと感じるように。そして、粘り強く就職活動を進めた結果、志望した総合PR会社に入社することができました。

「コミュニケーションのプロになりたい」PR経験を積んだ後、世界一周へ

▲世界を回った「ピースボート」での日々。ボルネオの環境ツアーでは衝撃を受ける

総合PR会社では、スポーツメーカー、製薬会社、ソフトウェア企業、コンシューマー製品、地方自治体などを担当。報道資料作成、メディアリレーションをはじめ、芸能イベントや一般向けイベントなども経験し、BtoBからBtoC、社内広報まで幅広くPR業務に携わりました。

クライアントから要望される結果以上に応える社風の中、次々と舞い込む案件に全力投球する日々。そしてPRの仕事を知れば知るほど、「もっとコミュニケーションのプロフェッショナルになりたい」と考えるようになり、さらに幅広い手法を学ぼうと決意しました。

そこで4年間勤めた後、セールスプロモーションやWebのスキルを身に付けるため、書店営業を柱とするプラットフォーム企画運営会社へ転職。WebやSNSによるプロモーションを始め、DM・店頭ツールなどダイレクトコミュニケーションまで一貫したブランディングに携わり、多様な事業展開をする企業におけるインハウスでのコミュニケーション戦略を経験しました。

しかし、社内外での業務に取り組む中、「大きな組織の一員として働くのは向いていないかもしれない」「自社の利益を追究するだけではなく、社会な観点から必要なコミュニケーションを実践する仕事もしたい」と感じるように。

そして、もともと考えていた30歳を越えてからの新しい生き方に挑戦すべく、退社を決意。会社を辞めた後は、「さまざまな社会情勢を知るために、もっと広い世界を見たい」との想いから、100日間で世界一周の船旅をコーディネートするNGOの「ピースボート」に乗船しました。

「ピースボート」では、世界10数カ国の寄港地に降りて国々の文化にふれる中で、たくさんのインスピレーションを得る日々。

ボルネオのジャングルを訪れるツアーに参加したしたときは、日本経済が現地の環境に悪影響を与えていることに衝撃を受けましたね。そのとき同行していた、北海道・旭山動物園の坂東 元(ばんどう げん)園長が話してくださった環境保全活動に共感して、「日本だけではなく、世界の社会課題解決につながる活動をしよう」と、想いを新たにしました。

帰国後、ちょうどひとしずくを創業したばかりの代表のこくぼ ひろしから、「手伝ってもらえないか」と声を掛けてもらい、業務委託メンバーとしてPRチームに加わることに。

実は、こくぼは、総合PR会社時代の私の先輩。彼が社内で立ち上げた環境専門チームに参加して以来、お互いソーシャルビジネスへの関心が強かったことから、退社後も交流が続いていたんです。

社会課題の解決と経済の成長を両立し、ソーシャルとビジネスの架け橋に

▲個人で行うコーヒー支援活動では、東ティモールコーヒーフェスティバルに審査員として参加

これまでひとしずくをサポートした中で、いちばん印象に残っている案件は、水産資源の保護に取り組むNGOが発行する、持続可能な水産物の認証ラベルに関するPR。認証ラベルが貼られた水産物は環境に配慮されていることを訴求するために、チームメンバーでアイディアを出し合い、パートナーさんの後方支援を行いました。

その一環として、周年ロゴやキャッチコピーをつくることに。「どうしたら消費者に伝えたいメッセージが伝わるか?」というPR視点に基づき、活用シーンを想定した結果、外部のプロフェッショナルとも協働して、無事にローンチすることができました。

そのとき意識したのは、複数のステークホルダーの視点を持つこと。自分たちの伝えたいことを伝えたいように表現するのではなく、ロゴを使ってくださる小売りや流通業者の方々がどうしたら使ってみたいと思うのか? 消費者にはどのように伝わるのか? これまでの経験を生かしながら、ひとしずくという立場だからこそできるロゴをつくろうと、力を尽くしました。

ひとしずくのサポートをするようになって4年。いわゆる企業ビジネスの世界だと、同業他社はもちろん、異業種であっても協働することは少ないかと思います。しかし、ひとしずくでは、同じ志を持つパートナー同士が連携したソーシャルビジネスができて、とてもやりがいを感じていますね。

私にとって、ひとしずくは「先進的な会社」。新型コロナウイルス感染拡大の影響により世界中で推進されたテレワークを創業当時から導入していたり、環境問題に対しても早くから高い意識で取り組んでいたりと、時代の半歩先を歩んでいるように思います。

私個人としては、2020年3月にマーケティングやPR業務を中心としたフリーランスとして独立。昔の百姓という生き方(自分が生きるため、そして地域に必要とされることは何でもするという生き方)に憧れもあり、「HYAKUSHO(ひゃくしょう)」という屋号で活動しています。

その活動の柱のひとつとなるのが、大学生のときにカフェでアルバイトして以来、奥深さに目覚めたコーヒー。世界中でSDGsが推進される現在、コーヒーにおいてもその観点がますます重要視されています。

そこで私は、消費者や生産者、環境にやさしいサステナブルコーヒーの実現に向けて、フェアトレードや有機コーヒーの普及とビジネスの両立を目指し、イベント出店やホームパーティーへの出張、豆の卸しをしています。また、有機コーヒーの産地として知られる東ティモールのコーヒー産業を支援するために、日本でのセミナー開催や現地でのイベント運営にも積極的に関わっていく予定です。

これからも、「社会貢献」と「ビジネス」を両立させる観点を忘れずに、自分の強みを生かした「食」や「地域活性」に関する分野のマーケティング・PRを中心にサポートを行い、志ある人たちとつながりたいと願っています。