クリケット、企業参謀、コンサル、アナリティクス──本、人との出会いが導いた連なり

将来、自分が起業する。その未来を想像することさえなかったのが、子どものころの網野。地方都市のサラリーマン家庭で生まれ育ち、自分の将来を考えることもなく、小・中・高校生時代はごく平凡な生活を過ごします。

転機が訪れたのは大学生のとき。クリケット部での活動に勉強以上に熱中し、大学3年生のときに日本代表としてアジアカップに出場。社会人になってからもクリケットを続け、3大会連続でアジア大会への出場も果たしました。

「日の丸を背負って世界大会に行くと、国の代表としての誇りや、世界を舞台に戦う意識みたいなものが不思議と生まれてきました。間接的であっても、自分が生まれ育った国を良くしていきたいという想いは、このころに自然と身についたものだと思います」

クリケットの活動は、新卒で入社した会社の仕事と両立しながら行っていた網野でしたが、27歳で代表を引退。キャリアの岐路を迎えます。

「引退した当初は、正直、何か人生をかけて打ち込むものを見つけられずにいました。そんな折に、友人から紹介されたのが、大前 研一さんの『企業参謀』という本。これを読んだときに、 “ビジネス界でも、参謀という役割で世界と戦っていけるフィールドがあるのか”と初めて感じました」

それからの網野は、企業参謀としての仕事ができる経営企画部へ希望して異動。そこで、また一つ大きな出会いを果たすことになります。

「M&Aに携わる部署だったため、外部のコンサル会社と一緒に仕事をする機会がありました。そこで見たのが、前夜にミーティングして同じ時間に帰宅しているはずなのに、翌朝にはきれいな資料を提出するコンサルメンバーの働きぶりです。

『この人たち、いつ寝ているのだろう?』と疑問に思うと同時に、このまま発注者側にいてはビジネスパーソンとしての競争力を失って、取り残されてしまうのではないかという危機感が芽生えました」

こうした想いから、コンサル会社へ転職した網野。戦略コンサルタントとして働き始めましたが、転職直後は、優秀なメンバーの中で自分がまったく役に立てていない実感から、いつ辞めるかを考えていたと振り返ります。

それでも、自分で必要な質を担保するために、ハードワークもいとわず仕事に没頭。そんな中で、2008年頃に『分析力を武器とする企業』という本の著者、トーマス・H・ダベンポートから話を聞く機会が訪れます。それが、データを分析して経営に活かす“アナリティクス”の概念との出会いでした。

今後、世の中の経営判断が大きく変わることになる——そう考えた網野は、アナリティクスに近いテーマでクライアントに提案しながら知識を蓄え、世界初のアナリティクスの専門組織が立ち上げられたタイミングで、大手ITコンサル企業への転職を果たします。

今の会社でできないなら、自分たちでやろう──2人の同僚とともに起業を決意

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2014年 東京オフィス初の移転時、創業役員3名でとった写真

アナリティクスビッグデータ部隊のコンサルティング部門の責任者として、2011年に大手ITコンサル企業に招かれた網野。当時、“ビッグデータ”という言葉が流通し始めた時期ということもあり、データを活用した経営の可能性をクライアントに提案すると、「いいね。それはいつできるの?」と言われることも多く、社会全体で期待が高まっているなと感じていました。

「社会全体のムーブメントを感じる一方で、当時、私が働いていた大手IT企業が得意としていたのは、ハードとソフトを組み合わせた大規模なシステム。クライアントに『実現できるのは1~2年後です』と現実的なお話をすると、返ってくる反応は『そんなに待っていられないよ』というものです。

経営者の方が求めているのは、システムそのものではなく、“データを活用して経営を良くしていくこと”です。手段としてのシステムではなく、ビジネス上の成果がほしい。そのためには、今すぐにでも取り掛かりたいと思っています。クライアントのニーズと、私たちが提供できるサービスとのあいだに大きな溝がありました」

ジレンマに苦しんだ網野。そんな中で考えついたのが、現在のギックスが展開するビジネスモデル「成果につながる迅速なデータ活用支援」でした。

「クライアントのデータをお預かりして分析を行い、分析結果をもとに提言を行ったり、現状の課題に対する打ち手を提案したりするサービスが求められていました。クライアントは仕組みがほしいわけではなく、分析結果とそこから得られる示唆がほしい。だったら、仕組みではなく分析結果を提供するサービスをつくればいいじゃないか、と考えたわけです。至極当然のことですよね。

そこで、当時のチームメンバーで、現在ギックスで取締役を務める花谷や田中と共に新しいサービスの立ち上げを社内で提案しましたが、残念ながらその企画は通りませんでした。当時のIT会社のビジネスモデルとはまったく別物で、さらには必要となるケイパビリティも異なるアイデアでしたから、採択されないのも、無理もないことだと今なら思いますけれど。

やりたいこと、やるべきことが見つかっているのに、それを実践できない。社外を見渡してみても、同じような事業を手がけている会社は見当たりません。これは、“自分たちがやるべき事業”なんじゃないかと考えて、3人で起業しました」

当時、網野が任されていたのは部長というポジション。子どももいるため大企業を退職して起業することにもちろん不安はありました。しかし、最終的にためらいはなかったと振り返ります。

「『この事業をやりたい』という気持ちが勝っていました。また、私たちの事業はシェアオフィスとPCさえあれば始められます。初期投資は限定的ですし、大きなリスクを取って起業するという意識はありませんでした」

ギックスの立ち上げに関わったのは、それぞれ異なる強みを持つ花谷と田中。共に起業する上ではベストなメンバーでした。

「花谷には事業を推進していく実行力やプロジェクトを率いていく統率力があります。一方の田中は、客観的な視点でメリット・デメリットを整理し、計画を立てていくことが得意です。

そして私はといえば、『こんなことをして世の中に価値を提供したい』と進むべき方向性を明確に示すビジョナリー型。創業したタイミングではそれぞれの強みが、こんなにうまく合致するとは思いもしませんでしたが、結果的に3人でうまく互いを補いながらバランスを取ることができ、強固な経営推進体制が築けていると思います」

短期と中長期への取り組みのバランスをとりながら。今と未来に向く視線

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2022年3月 東証マザーズ市場最後の新規上場、セレモニーの写真

2012年12月に創業し、2022年3月には東証グロース市場への上場を果たしたギックス。経営者として網野が大切にしているのは、短期と中長期、両方の目線でバランス良く物事を見ることです。

「上場すると世の中から数字を見られるようになり、短期的な成績や指標への期待が高まります。もちろん、それに応えることは大切です。その一方で、欠かせないのが将来の成長に向けた準備です。

今、まさに、未来への種まきが必要です。それを怠ると、めざすところには絶対にたどり着けません。たったの2〜3年後であっても、いま目先のことだけやっているようでは、自分たちが思い描く場所にたどり着けないと思っています。成長のための戦略的な投資・準備が極めて重要だと考えています」

短期的な結果を残して周囲の信頼を勝ち取りながら、将来に備える。それらのバランスを取ることは決して簡単なことではありませんが、網野は、そこに経営の醍醐味があると言います。

また未来志向の網野にとっては、そもそもビジョンを掲げ、そこに向かってチャレンジするプロセス自体が経営者として胸躍る出来事。一方で、すでに乗り越えた挑戦や、過去の出来事一つひとつに強いこだわりはないと話します。

「もちろん、ここに至るまでにいろいろな苦労がありました。取締役3名の給与を止めたこともあります。経営が安定してからも、上場にあたっての準備期間には、とても苦労したなと思っています。

もちろん、のど元過ぎればなんとやらで、どんな苦労もいまでは笑い話になっていますけれど、そう言っていられるのも、創業以来、私たちを支え続けてくれた社内外の皆さんがいらっしゃるからです。皆さんのおかげで、現在のギックスがあるわけですから、本当にありがたいなと思っています。

おかげさまで、会社は、売上40%成長(上場期起点)を掲げながら、それを実現することができています。40%成長というのは大変な目標です。時間が進めば進むほど、事業の規模が大きくなればなるほど、めざす成長の“量”は大きくなっていきます。

ですから、今、直面している問題は過去のものよりも困難なものばかりです。私が焦点をあてて向き合うべきは、そうした大きな課題や、将来の成長に向けた取り組みだと考えています」

網野にとって過去は、“現在および未来へとつながる連なり”。過去に対しては、スティーブ・ジョブズの有名な一節、“Connecting The Dots(点と点をつなぐ)”への共感の想いを示します。

「私は過去が大事ではないと思っているわけではありません。むしろ大小含めてすべての過去の経験が、今につながっていると考えています。今、取り組んでいることが10年後にどうつながるかはわかりませんが、10年後から今を振り返ると『すべてがつながっていた』と思えるはずです。

たとえば、6~7年前に出した特許が今になって効いてきています。未来もきっと、今の積み上げの延長線上にあります。とことん考え抜いて戦略を打ったとしても、8割以上は思い通りにいかないものです。

でも、いつの日か振り返ると、『失敗だと思えたことが、今に生きている』と感じられることがきっとあるはずです。未来志向でいれば、無駄なことは何ひとつないと思っています」

データを用いた経営判断によって日本企業の成功率を高め、この国をもっと豊かに

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ギックスは“あらゆる判断を、Data-Informedに。”をパーパスとして掲げています。判断・意思決定を行うのは、あくまで人間。それを支援するのがデータの役割だと捉えています。

「AIは個別の課題解決には適しているものの、複合的な情報を元にした判断には適していません。世の中に求められる全ての質問に答えるAIをつくるには、投資対効果が合わず実用的ではないため、短期での実現は難しいと考えています。

現時点で、最も柔軟な意思決定システムを保有しているのは人間の脳。だとすれば、これを使わない手はありません。データを人間に付与(Informed)し人間が持つ経験をもとに、人間が最終的に判断するのが現時点では合理的だと思っています」

Data-Informed推進企業として、ギックスがめざすビジョンは一貫しています。

「データを使って経営判断を行うには多大な時間と費用がかかるため、これまでは勘と経験を頼りに判断されてきた場面が多くありました。そんな中、手軽かつ迅速、そして手頃にデータを活用できるサービスを私たちが提供できれば、日本企業は、成功確率の高い判断を合理的に行うことができるようになります。

その結果、日本の経済を活性化させ、日本人の暮らしを良くするのに貢献することができます。それが、私たちの目標です。クライアント企業の競争力を高める支援をしながら、同時にわれわれもしっかりと利益を上げることで、われわれ自身もクライアントも、永続的に成長し続けられる、そんな関係を築いていきたいと考えています」

そんな網野が共に働く社員たちに求めるのは、情熱を傾けられるものを見つけること。組織の将来像を展望しながら、未来の仲間に向けてこう呼びかけます。

「組織としてめざしているのは、一人ひとりが夢中になれる何か、情熱を傾けられる何かに懸命に取り組んだ結果、一人ひとりのスキルが向上して会社の業績が上がっていくことです。そうすると、社員一人ひとりへの評価が自然と高まりますから、待遇も上がっていきます。

それを実現するために、たとえば“リアルタイムプロモーション”という制度を用意して、成長に対してタイムリーに報酬で報いられるようにしています。一人ひとりの成長が、会社の成長につながり、それが個人に還元される。そんな好循環を実現できる受け皿の広い組織をめざして日々変革を推し進めています。

誰かから与えられるものに満足するのではなく、自ら『より良い会社にしていこう』『自分と会社の両方にとって良い変化を起こしていこう』と思ってくれる方たちに参加していただきたいと思っています」

今、取り組んでいる先々のための取り組みは、いつか振り返ったときに何かに結びついている──。その考えのもと、網野はこれからも前を向いて進みます。遥か彼方の未来に焦点を合わせながら。

※ 記載内容は2023年6月時点のものです