社会に役立ちたい──東日本大震災をきっかけに抱いた確固たる想い

▲東日本大震災時のボランティアで岩手県陸前高田市へ

2021年11月現在、私はゼネラルパートナーズ(以下、GP)の人事企画室に所属しており、全社的な3カ年計画に則った人事制度の企画、運用サポートなどの業務に当たっています。人事制度というのは、その時代にマッチしたものがベストです。そして、それはきちんと運用されてこそ意味があると考えています。

もともと新卒でIT企業に就職し、企業のSI(システムインテグレーション)案件の営業を経験しました。今の仕事とは畑違いですが、先輩や上司に恵まれて、社会人としての基礎を叩きこまれました。非常に多忙ではありましたが、やりがいもあって楽しい環境でした。自分は“仕事大好き人間”なんだと実感し、ずっとバリバリ働いていくんだなと考えていたほどです。

当時の具体的な業務は、法人のお客様に対してSIの提案をして新しいシステムを作ったり、システム更新などを営業の立場で支えたりすることです。しかし、「誰かの暮らしや仕事を豊かにすることにつながる仕事がしたい」と思ってIT企業に就職していたので、自分の仕事が直接個人や社会に役立つ実感が得られないことへのモヤモヤ感も正直なところありました。

「社会に役立ちたい」という私の気持ちが決定的になったのは、社会人2年目が終わるころに起きた東日本大震災です。まだ20代で体力もありましたし、「今すぐ手を動かさねば」と思い、岩手県や福島県でのボランティアに参加しました。そのご縁でNGOに参加するなどして活動を続ける中で、もう少し自分から近いところで世の中を良くしたり変えたりしていきたい、と感じるようになったのです。

ただ、「NPOで働くのは少し違うかもしれない」とも思っていました。社会人経験の中でビジネスが世の中を動かす現場を見ていたので、「社会貢献をするにしてもやはりビジネスを通してやりたい」という想いが強かったんです。そこで、社会貢献とビジネスを両立できる仕事として、ソーシャルビジネスの会社へ転職を決めました。

所属する会社の規模は従業員2万人から10人ほどになり、収入も下がりました。それでも「仕事で何ができるか」の方が大事だと考えていましたし、収入も「自分の力で会社を大きくして上げていけばいい」くらいの気持ちでした。

実際に働いてみると、複数部署にまたがる仕事を常に兼任するプレイングマネージャーのようで(笑)。前職では体験できないような、非常に多岐にわたる仕事をしていたので、会社が機能するために必要な仕組みも学べたと思っています。

「命が助かったのはやるべきことがあるから」──言葉を受けて抱いた使命

▲入院時、ICUから出られて子どもと久しぶりの再会

その後結婚して、子どもを出産しました。しかし、半年間の育休から復職して間もないころ、私は自宅で倒れているところを家族に発見されて救急搬送されました。

幸いにも一命はとりとめましたが、20分ほど心停止していたそうです。原因不明の突発性心室細動と診断されたため、ICD(植込み型除細動器*)の植え込み手術を受け、障害者手帳(1級)の交付を受けました。それから6年経った今も原因は不明ですが、突然心臓が止まるリスクを抱えています。

*ICD(植込み型除細動器) 心室細動が起きたときに自動で蘇生をしてくれる装置

入院と手術で1カ月ほど仕事を休みましたが、医師に「状態が安定していればICDが入っているので仕事をしても問題ない」と言われたことから、比較的早く復職しました。「仕事がしたい」「働くのが好き」という気持ちが強かったのだと思います。このとき、子どもがまだ生後半年くらいだったので、育児時短という形で復帰しました。

入院中にリハビリの先生から「命が助かったということは、やるべきことがあるんだと思います」という言葉をかけていただいたことが心に残っていて、そのときの原動力となりました。この言葉が印象的だったこともあって、復職後に、ふと「もしも今の仕事以外に自分にできることがあるとしたら何だろう」と考えることがあったんです。

私は幸いにも、当時の会社からも職場の人からも職場復帰を自然に受け入れてもらえましたが、病気になったり、障がいがあったりする人がスムーズに仕事に戻れるのだろうか、なかなか難しいのではないか……と思うようになりました。そういうところで何か貢献したい、と考えていたときにGPの存在を知りました。

初めてGPの話を聞いたときは、大きな衝撃を受けました。障がい者のための人材紹介会社があるんだ、と。特に転職活動をしていたわけではなかったのですが、「働きたいと願うすべての人が楽しく働ける社会を作る仕事」という、私が考えていたこととまさに同じ考えの会社に出会うことができた。そこで、履歴書を出すことにしたのです。

社長をはじめ、GPの人たちが持っている、「社会に対してこう変えていきたい」という想いを実現する力がこの会社にはあると感じましたし、私もその力になりたいと思いました。

2018年に入社した後はやはり育児の都合で時短勤務でしたが、業界のリアルを知りたいと思い営業を希望。CP(クライアント・パートナー)として、GPの転職サービスを利用する企業を担当し、障がい者雇用のサポートをしました。

機会があれば、障がいがあることをクライアントに伝えるケースもありました。私の働き方を実例として、何かしら参考になる部分があればいいなと……。担当企業の方に許可を得た上で、採用いただいた方の配属先社員向けに私自身のエピソードをお話する場面もありましたね。

仕事と家庭のどちらも大切にしたい。ありのままを認め、ベストを尽くす

自分の体調もそうですが、育児でもコントロールの効かないことがたくさんあります。でも、私にとって仕事はとても大事だし、同じくらい家族のことも大事。ですから、どちらかが犠牲になることは許さないのがポリシーです。

「あと1本メールを打てたら明日の仕事がスムーズに行く」と思っても、子どものお迎えの時間が来たら、そちらを優先して切り替える。そしてあと1本のメールが打てなかった時間管理を反省し、効率を上げて時短でも8時間勤務と同等の成果を出す、という気持ちで日々取り組んでいます。

子どもたちには、自分の思い通りにいかないことに対して苛立っている姿を見せたくはありません。2人目を出産して2021年4月に育休から復帰しましたが、5月の半ばに持病の悪化で倒れてしまい、子どもたちにも寂しい思いをさせてしまいましたし、病気のために苦しい顔ばかり見せるのは申し訳ないです。

だから、「それでも私の人生は楽しいんだよ」という姿を見せたくて、できないことよりできることをちゃんと見て、楽しむことを心掛けています。

私の病気は安定している時もあれば、突然不安定になったりもするため、100%や120%の力を出して頑張ることは現実できないと思います。他の人の70%くらいしか力を出せないかもしれません。バリバリ働きたかった私にとって、それは残念なことですし、キャリアが積めないかも、という不安が頭をよぎることもあります。

ですが、そうした現実をきちんと受け止めないと、結局自分の人生は続けていけません。そこで、70%の中でも密度を高めるとか、幸せを感じられるように気持ちを切り替えるよう意識しています。

私が抱える病気は、予期しない状態で突発的に症状が起こるので、突然仕事を抜けることになっても周囲が困らないよう、できるだけ引継ぎ不要でバトンタッチできる形を意識して準備しています。GPの風土、仕事の手順やシステムが他者をカバーしやすい仕組みになっていることにも助けられています。

GPでは、社員一人ひとりの状況に合わせてどう仕事に復帰するかを考えてくれます。必要な制度も整えてサポートしてくれるので、復帰もスムーズでした。またいつ倒れるかわからないという恐怖感もあって、実はひとりでの外出はまだ難しいのですが、フルリモートワークの環境が十分に整っているので、日常生活よりもむしろ仕事の方が早く戻れたくらいです(笑)。

誰しもが尊重されるべき存在。お互いが認め合える世界を目指して

今後の課題は、健康な人も障がいがある人も、一人ひとりを大切にできるような人事制度をつくることです。バリバリ働きたいと思っていた私が、障がい者になって思ったのは、「どちらの自分も大事にしたい」ということです。「宇治川さん」から「障がい者さん」に人格が変わったわけではありません。私という人間の一要素として、障がいがあるということなのです。

たとえば、家族の介護をしなければいけない人もいますし、今後さまざまな事情のある会社員が世の中全体で増えてくるでしょう。そういった一人ひとりの状況を尊重しながら、キャリアに対する希望もなるべく叶えられるような制度が作れないものか、そうした制度ができたら理想的だなと考えています。

とはいえ、みんなに合う制度を作ることは、現実的には難しいです。もしかすると、制度として作れないかもしれません。ですが、人は誰しも個人として尊重されるべきで、尊重することをあきらめてはいけないと思います。相手か自分、どちらかが我慢するのではない世界にしたいのです。

私自身、急に仕事ができない事態になり、他のメンバーに急遽代わってもらった、迷惑をかけたとネガティブな気持ちになることもありました。ただ、仕事の現場では一時的に負担が偏ることは誰にでも起き得ることです。そういった場合でも、ある程度長期的な視点から、トータルで見た時に負担のバランスを取ることはできます。ですから、私の場合もできるだけ早く復帰して、元気になることで貢献したいと考えました。

日本ではまだ障がい者の就職は難しいのが現実です。雇用を確保するためには、障害者雇用制度という法律上の制度を適用することが必要なのですが、本当はそうした法律がなくなる世界が理想です。

本来は、「人間っていろいろな人がいるよね」という「いろいろ」のひとつに障がいがある。できる限りの想像力を働かせながら、お互いのパーソナリティや人間性などを尊重し合える世の中になれば、障がい者雇用もうまくいくのではなくかと思います。

誰かが我慢するとか変な遠慮をしないで済む、お互いが相手を尊重できる。そんな関係性を社内で整えていくことができれば、GPからほかの会社へ、そして世の中へと広げていけると信じています。そのために今、私ができることとして、“理想の人事制度づくり”を進めたいのです。