当事者と世間の認識の違い──「発信」することで伝えたい想い

私は、2007年にゼネラルパートナーズ(以下、GP)へ入社し、14年目になります。今GPにいる社員の中では古株になります。

入社して最初に担当したのは、Web求人の編集。その後、経営管理部、マーケティング部、就労移行支援事業部と渡り歩き、2019年から広報室に在籍しています。2021年3月現在は主に「障がい者総合研究所」「しごとLABO」「Media116」の3つを担当しています。

どの業務にも共通しているのは「発信」ですね。

1つ目の「障がい者総合研究所」(以下、障がい者総研)では、障がい者雇用をはじめとするさまざまな情報を当事者の声を集め、研究、情報発信をしています。声なき声を可視化することで、障がい者が今おかれている立場や状態などを知ってもらうことを目的のひとつとしています。

2つ目の「しごとLABO」は、GPの転職サイト「atGP」の中にあるコンテンツのひとつです。当事者向けの就活ノウハウや、障がい者雇用をご担当されている人事の方向けの法令や最新情報などをまとめています。

3つ目の「Media116」は、「当事者の当事者による当事者のためのメディア」を掲げています。ライターさんも視覚障がい者や聴覚障がい者など、障がい当事者の方たちで。主に当事者あるあるをテーマに日常の気づきやお役立ち情報などを発信しています。

こういった発信をする目的は、誰かに向けてというだけでなく、自分のためでもあります。自分はまだ何も知らないからこそ、こういう発信を通していろんな障がいのことを知ろうとしているのかもしれません。

私がGPに入社した2007年と比べ、世間的には「バリアフリー」や「ダイバーシティ」などの言葉の認知度が高まっていると思う一方で、そういうことに敏感な会社で仕事をしているからそう感じているだけなのかもしれないと思うこともあります。

障がい者総研のアンケートでも、当事者の方たちは一向に変化を感じられないという声を拾うこともあって、自分が感じている感覚と当事者の感覚って同じときもあれば、ずれるときもあるんですよね。

以前、障がいがある方へパラリンピックへの期待感に関するアンケートをとった時、パラリンピックで世間が変わる期待感について、当事者の方たちは冷めた目でみていることがわかりました。パラリンピックがあったからって、そんなに大きく障がいに理解のある社会に変わることはないだろうと。

そんな認識の乖離をなくすためにも当事者の声を聞き、表面化した課題を社会の人に知ってもらうことが重要です。、そのうえで、どうやったらより良い方向に進めるのかを考えるきっかけになればと思っています。

深く考えてもらうことまではできなくても、「障がいのある方たちはこう思っているよ」「こんな困りごとがあるよ」ってことを発信することで知ってもらう機会をつくっていきたいです。

「いそひと」の立ち上げ──聴覚障がい者支援の難しさと発見

▲「全国聴覚障害者公務員研修討論集会」で講師を務める戸田

2015年、GPで初めて聴覚障がい者専門の就労移行支援事業所「いそひと」を立ち上げるタイミングで施設長になりました。

それまでは就労移行支援事業に関わった経験がまったくなく、実際に開所してみたら知らないことばかりで。自分が何も分かっていなかったことを実感しました。

聴覚障がい者の中にもまったく聞こえない人と聞こえづらい人、子供の時から聞こえない人と大人になってから聞こえなくなった人など、障がいの程度や症状はさまざまなんです。

聞こえなくなった時期や経緯、聞いて話すことができるのかできないのかと、知れば知るほど一人ひとり違うんだってことがわかってくるんですよね。

立ち上げた当時は、聴覚障がい専門の就労移行支援事業所って全国的にほとんどなかったんです。今の「いそひと」では、正しい日本語講座などで「伝える・伝わる」技術の研修やパソコンのスキルを学べますが、その時は事務系の仕事に就くための就労支援のノウハウすらなく、これはまずいぞ、と。当時は相談するところもなく、ゼロからのスタートだったのでいきあたりばったりで、やればやるほどわからなくなりました。

聴覚障がい者の就職が難しいと言われる理由も、自分たちでやってみたからこそよくわかりました。「いそひと」で施設長を務め、就職者が何人か出始めてみると、聴覚障がいは他の障がいと比べて格段に離職率が高かったんです。

そのひとつに、企業が「聴こえないだけだよね」と障がいをよく理解しないまま雇用したため、いざ一緒に働いてみるとコミュニケーションをうまくとれなかったことで辞めざるを得なかったというケースにたびたび出くわしました。

一例ですが、「2時10分前に集合」と言われて、聞こえる人なら1時50分に集まるけれども、聞こえない人の中には手話が第一言語で日本語が不得手な方もいて、そうした場合、文字通り「2時10分の前に着けばいい」と解釈して2時7分に到着する。すると遅刻扱いされたとか。

そういったボタンの掛け違いが埋まらないまま、数ヶ月で離職にいたってしまうことが多いわけです。

聴覚障がいのことが世間一般に全然知られていない現実を、利用者さんの就職や離職を何回も繰り返し見ることでわかってくるんですよね。雇用側は、聴覚障害を知ってるつもりで雇用するけど、いざ雇用してみて想定外にうまくいかなかった。初めての障害者雇用でそういう体験をしてしまうと、「聴覚障がい者の雇用は難しい」と多くの企業が感じてしまうのです。

世間一般の人に知ってもらうようにすることも大事ですが、障がい者自身も自分のことを職場の人に知ってもらうように働きかけることも大事だと思います。

たとえば「聴覚障がいがある」というだけではほとんどわかってもらえないので、自分の障がいのことや必要な配慮を言語化して伝えられるようにしよう、ということは当事者にも伝えていかないければと思っています。

その一環で、「いそひと」では自身の障がい特性を知り、人に伝える技術を身につける研修も行っています。

おすそ分けで支援の輪がつながっていく──学生時代に感じた違和感

▲障がい者就労の専門家として参議院の厚生労働委員会で参考人として

GPでは社員一人ひとりが名刺の裏にモットーみたいなものを自分で考えて印刷するんですが、私は「誰だって幸せな人生を送る為に生きている」と書きました。このモットーの根っこの部分は、学生時代の体験が大きく影響しています。

大学では障がい児教育を専攻しており、今でいう特別支援学校の教員になろうと考えていました。

学生時代、今でいう就労継続支援事業B型のような作業所でボランティアをしていた時にある話を聞きました。

重度の知的障がいだと福祉とか支援の手が厚くなってくるんですが、軽度の知的障がい者の場合は一般的な会社で働いている人が多くいます。

ある人は作業所勤めからようやく一般就職したのに、給料日初日に周囲におだてられてすべておごりに使ってしまった人もいました。他にも騙されて風俗店で働かされたりとか。

そうやって弱みに付けこまれてしまう人たちがいて、それが自分より年上の人だったりするわけです。胸が詰まるような想いでした。

また、学校を卒業した青年期には知的障がい者同士の結婚や妊娠など、就学中とは違った問題やサポートが必要です。青年期の軽度知的障がい者の支援もこれからもっと必要になるんじゃないかと漠然と思っていました。

障がい者を取り巻く支援には、医療や教育、就労などがあります。でも、それぞれの分野が縦割りで支援が途切れがちだったりするんですよね。なので、そうではなくて、きちんと横の連携がとれたらいいな、と学生時代からずっと考えていました。

GPに入社し「いそひと」で施設長をすることで、病院と繋がったり学校と繋がったり、大学病院と関係性を作って、聴覚障害児と保護者向けに就労に関する研修するなど、聴覚障がい者の一貫した支援をやりたいと考えていました。

自分の無知さをなんとかしたいという想いからいそひとの立ち上げにあたっては、手話通訳者や、ろう学校の先生、補聴器メーカ-などさまざまな聴覚障がい者支援のプロの人たちに教わってきて、今度は教わったことをおすそ分けしていくことが必要だと思っています。

具体的には、東京医科大学で人工内耳を装用しているお子さん向けに就労に向けた準備、心構えの研修をしたり。聾学校に行って、先生方と就労の課題についてディスカッションをしたりもしました。

2019年には、中央省庁の障がい者雇用水増し問題がありました。永田町と霞が関全体で障がい者雇用の是正に関するプランを考えていたとき、障がい者就労の専門家として参議院の厚生労働委員会で意見させていただいたこともあります。

つながった人からまた新たな人を教えてもらって、その人たちが考えている課題感を共有してもらい次につなげる。そのおすそ分けの繰り返しによって、障がい者を取り巻くさまざまな支援がつながっていくようにと願っています。

コロナ禍で常識が変化する──多様性を認め合う社会を目指して

▲社内で手話勉強会。講師を務める戸田

新型コロナウイルスが流行し、今の生活スタイルはこれまでの常識が通用しなくなっていると思うんです。

コロナ禍で緊急事態宣言が出され、外出が制限されて、みんな引きこもりになると、これまで「リア充」って言われてきた人の方が、むしろしんどい思いをしているかもしれませんね。何ひとつ障がいを感じていなかった人が、外に出づらいことで障がいを抱えるような、ある意味「障がい者」観が変わってきている気がしています。

あることがきっかけで常識がある日突然ガラッと変わることがありえることが分かりました。今後社会のありようによって、障がい者の定義ってガラリと変わると思うんです。

「テレワーク」って一番大きい変化ですよね。アウトドアが好きな人はお出かけできないという不自由を感じている人が多くいるはずです。でも、通勤にしんどさを感じていた肢体不自由の方や、満員電車が辛いっていう精神障がいの人は通勤しないで仕事ができることで働きやすくなったと感じる人もいます。人それぞれ、状況によって得意不得意が変わるんです。

これからの時代どういう人が障がい者になっていくのか、もしかしたら発信力がない人が障がい者になってしまうとか、自己管理できない人が障がい者になってしまうとか。一日三食だったけど、テレワークだと太るから一日二食が当たり前になるとか。20時に店が閉まっちゃうなら夕飯は16時とか。

極論ですが、場合によってはコロナかかっちゃった人の方がマジョリティになって、はしかみたいに、「まだあんたの子コロナなってないの?早いうちにかかった方が良いよ!」とかそういう可能性だってあります。明日がどうなるかわからないじゃないですか。

これから社会がどうなっていくかはわかりません。

将来的に健常者も障がい当事者も分け隔てがない世の中にしたいと思っています。それこそ隣に引っ越してきた人が障がいを抱えていたとしても「そうなんだ」とお互いに認め合えるような社会になれば良いですよね。

しかし、多様性を認めることは難しいことです。たとえば、お好み焼きをご飯のおかずにできる人とできない人、これくらいの違いなら笑って認め合えるんですよ。

ただ、「余裕をもって5分前に来るのが当たり前」と時間に関する価値観が強い人がいる一方で「5分くらい遅れても平気だよ」という人では、なかなか認め合うことは難しい。

自分の価値観を基準にしてしまうと違った価値観を持つ相手が許せなくなってしまったり、考え方を押し付けてしまったりするんです。

「自分はやろうとはしないけれど、お好み焼きをご飯のおかずにできる人もいるよね」と思うのと同じように自分とは相いれない価値感を持っている人がいても、そういう人もいるよねっと思える寛容さがあれば、多様性を認めあうことができると思います。

困った時はお互い様。助け合いながら生きていく。私の発信が、そういう気持ちを持つきっかけのひとつにでもなれたらうれしいですね。