障がい者支援に奔走。障がい者と企業をつなぐ

私は、2020年現在渋谷にある就労移行支援事業所「ジョブトレIT・Web渋谷」でサービス管理責任者として勤務しています。IT・Webを学ぶというコンセプトの事業所の中で、運営全般、利用者さんの相談と求人開拓を担当しています。

障がい者雇用は、約7割が一般事務で、IT・webなどクリエイター系の求人ってまだまだ少ないんですよね。そこを開拓していかないと利用者さんにたくさん来てもらっても出口がないので、今はそこが急務だと感じています。

ジョブトレ渋谷では、利用者さんと企業様のマッチングの場として、「クリエーターズスクランブル」というイベントを隔月で実施しているんです。そこで企業様に障がい者雇用に興味を持っていただくキッカケと、利用者さんと企業が出会うキッカケをつくっています。

企業様にクリエーターズスクランブルの案内もしているのですが、初回のイベントには、障がい者の雇用義務がない企業様も参加してくれました。初めは、障がい者雇用の情報収集として来てくれたんですが、利用者さんの様子を見たり話したりしていく中で障がい者雇用を前向きに考えてくださって。最終的に就職決定につなげられました。

現在ではこうした障がい者支援に携わっていますが、もともと私自身、高い志を持っていたわけではありません。

大学では経済学を学んでいましたし、卒業後は機械系の専門商社で働いていました。福祉の領域に関わるようになったのは、専門商社退職後の、海外での経験が大きいですね。

子どものころから映画が好きだったのですが、中学生のころに「リトル・ブッダ」という作品を観たとき、いつか自分の目で映画の舞台であるチベットを見たい、そこに行きたいと考えるようになっていきました。中学生のときから大学卒業後、一度就職してお金が貯まったら海外に行こうと決めていたので、3年半後には会社を辞めて、中国へと旅立ちました。チベットという場所は当時簡単に行ける立地ではなかったのですが、2カ月後にはその地を踏むことができました。

インドで見てきたことが自分を見つめ直すきっかけに

▲ネパールにいた時、一緒に遊んでいた子どもが撮影

チベットに着いた後、せっかくここまで来たなら他の場所も回ろうと考え、ネパール、インド、バングラディッシュ、パキスタン、イラン、トルコ、タイと1年半ほど旅を続けていました。

日本を出たときからチベット以後どうするのかを考えていませんでしたが、帰国後を決定づけたのは、インドにいるとき、3カ月ほど障がいのある子どもたちのいる施設で働く経験でした。誰でも参加できる施設があるという情報を旅行者から耳にして、行ってみることにしたんです。

それまで福祉領域には縁がなく、どちらかというと偽善的な印象がありました。大学時代に、ボランティアをしている人からも「就職活動に有利になる」といった理由を聞くことが多く、なんとなく好きになれませんでした。ただ私自身は一度もやったことがない。海外にいるという特殊な状況でない限り自分が接点を持つことはないかもしれないと感じ、ある程度まとまった期間やってみようと決めたんです。

インドの施設は世界的に有名な施設だったので、欧米人からアジア人まで常にボランティアの人たちが訪れていました。インドという、第三世界の国で社会的なマイノリティとして生活をする子どもたちのことも印象深かったのですが、私は「支援したい」と考えているボランティア側の方々に関心を持つようになっていました。

そこにいると、働いている人たちの抱えるいろんな矛盾ばかり目につくようになっていくんです。中には日本の学生もいて「途上国の人たちのためになにかしたいと思って日本を出てきました」と熱い想いを持ってきているのですが、半日参加して午後は観光するために帰っていくんですよね。あるいは、子どもたちの世話をする仕事の中でも、可愛がる子と可愛がらない子の差が露骨だったり、子どもと遊ぶ仕事は積極的にするけど、排泄や掃除の仕事は手伝わない人がいたり。

最初はその矛盾を見て腹が立ったり、嫌な気持ちになったりしたんですが、そのうち自分に視点が跳ね返ってきたんです。「自分にそうした矛盾やずるい部分はないか?」という「自己点検」が始まって、人に言える立場じゃないなと自分を素直に見つめ直すようになりました。

人のためにやる仕事という側面が注目されていますが、私はそのとき「対人援助は自分と向き合わないとできない仕事」であることに気づき、しっかり自分と対話できるところに魅力を感じたんです。

ゼネラルパートナーズへの入社。統合失調症と難病の支援

▲「IBDとはたらくプロジェクト」キックオフイベントに登壇

そんな海外での経験をして日本に帰国した後、対人援助の分野で働こうと考え、精神保健福祉士の専門学校を経て、社会福祉法人で働き始めました。

最初は、高齢の統合失調症の方が住むグループホームの管理者として配属され、生活の支援を1年間しました。その後、就労移行支援事業が始まったばかりのタイミングであったため、その立ち上げに携わってから、9年間この仕事を続けてきました。

仕事と並行して、日本社会事業大学が主催する移行支援事業のボトムアップを図るというプロジェクトにも参加していました。就職実績を出している就労移行支援事業所の良い実践をマニュアルに落とし込んで、全国に普及させるというプロジェクトで。そこにゼネラルパートナーズの担当者も参加しており、ここで最初の接点を持ちました。

当時から「一緒に働かないか」と声をかけてもらっていたのですが、事業所の管理者と法人の常務理事を担当していたためすぐにはかなわず、4年越しで入社をしました。入社後は、統合失調症の方専門の事業所「リドアーズ」と難病の方専門の事業所「ベネファイ」で支援員として従事し、施設長を経験して、現在に至ります。

ベネファイでは、難病でまだ一度も就労経験がない方もいました。自身の職業適性や志向性が言語化できない方に対しては、「社会人訪問」と題して、さまざまな社会人と直接話をする機会を設けて、職業を選んだ理由、どうモチベートしているかなどを話していただき、やりたいことを考える上でのヒントにしてもらいました。その中で、私も一社会人としてこの仕事を選んだ動機や職業観を話したことがあります。

難病は、疾病に加えて障害者雇用のカウントにならないという大きな社会的障壁があるため、難病の方の就職は非常に難しい現状もあります。しかし、「難病」というイメージの払拭と人物を知ってもらうための企業との接点をつくるアプローチ自体は、精神疾患も難病も変わりません。リドアーズに興味がある企業が事業所に来たときは難病の方の現状をお伝えし、利用者とも直接会話をする機会を設け、それがきっかけで就職決定に至ったこともあります。

私がこの仕事を始めた当初は、精神障害者に対するイメージが今よりも悪く、「働けない人たち」という認識がずっと強い時代でした。ですから、難病の方たちの現状は20年ほど前の精神病の方が置かれていた状況と類似する点があります。そこに加えて障害者手帳を取得できない方も多いという問題があるため、難病の方たちの就労が進展しないわけですが、まず知ってもらうという啓発的なアプローチと具体的な場の創出は同じように感じます。

最近だと2020年8月に安倍総理が辞任した際、難病のひとつでもある「潰瘍性大腸炎」がメディアでも取り上げられ少し話題にもなったんですが、ネットで「潰瘍性大腸炎」と検索すると検索候補で出てくるキーワードが「潰瘍性大腸炎 読み方」だったんです。 潰瘍性大腸炎もですが、まだまだ難病は一般的な認知度が低く、知られていないんだなと感じましたね。

ベネファイでの経験もあり、ジョブトレ渋谷に異動した現在も難病に関するイベントへの登壇のお誘いをいただくことがあります。多くの方に難病の現状を知っていただくきっかけをつくれればと思っています。

人が自身と向き合って迎える変化に興味がある

14年間就労移行に関わってきたんですが、利用者さんの就職決定までのプロセスで私ができることは最大限やりつつも、誤解を恐れずにいうと、私の中で重要なのは利用者の方々の就職決定という結果ではないんですよね。

今の社会って実績を上げている企業で働いているとか、生産性が高い仕事ぶりとかで評価されるじゃないですか。ではそこに理由があって参加できない人とか、処理能力が高くない人って評価できないのかというと、そこの尺度は違うんじゃないかと思うんですよね。就労できるか否かやパフォーマンス以前に、その人であることに本来的な価値があると思います。最終的に彼らが仕事に就けるかどうかをジャッジするのは社会と企業ですので。

だから就職したいと考えている利用者さんと話をしながら思うのは、「やるべきことをやる」というところは障がいの有無を問わず一緒だなと。私は就職を目指すプロセスに関わってるんですけど、その人たちがちょっとずつ自分と向き合ったり、変わっていったりするところに興味があって、そこが重要だと思うんです。最終的に就職ができましたというところにはあまり興味がありません。

一度ある利用者の方から「藤さんは就職してほしいとか思わないんですか?自分に期待することないんですか」って聞かれたことがありましたが、「ないよ」って正直に話すようにしているんです。就職したあなたも就職してないあなたもあなたには変わりないでしょって。人がどう思うかではなくて、自分のためにやりなさいよって感じでずっと関わってきたんですよね。

そしたらその方に「藤さんは冷たいのかあったかいのかわからないですね」って言われた記憶があります(笑)。結構同じようなことをこれまでにも何人かに言われました。

「社会課題を解決したい」、「身近な人に障がいを抱えている人がいて力になりたいと思った」など、いろんな動機からこの仕事をしているゼネラルパートナーズの仲間の中で、私が働くモチベーションは少し特殊なのかもしれないと感じています。

私はただ「今よりも良い人間でありたい」と考えているだけで、社員の方や同業者の方、利用者の方と向き合う中で得られる、学びや気づきが働くことの原動力となっています。職員も利用者さんも「人」であることには変わらず、両者に関心があるんです。

難病や精神疾患を抱えた際には、今の状態を客観視して、疾病や障害の特性と必要な配慮を言語化する必要があるのですが、利用者さんに「やりましょう」と言っているのに、「支援者」「職員」と呼ばれる自分が自身を客観視できていないのでは本末転倒だと思います。

インドの経験で感じたように、自己に対する批判的な知性を備え、現状に満足するだけでなく、一歩引いた目で自分を見つめ直して行動すること、「自己点検」が大切だと考えています。

難病や精神疾患には社会の鏡のような側面があり、患者さんという個人を通して社会の病理が見えてくることがあります。最初にこの仕事を始めたときと比べて、福祉の領域は問題が複雑化・多様化していると感じているので、これからも勉強を続けていきたいです。そして、これまでのキャリアの中で培った知見の中で、若手の人たちに還元できるものがあれば、していきたいと思っています。

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