「誰かのために手を貸せる大人になりたい」という想いの原点

▲高校時代まで過ごした実家

私は2020年現在、障がい者のための求人転職情報・雇用支援サービスサイト「atGP(アットジーピー)」のコンサルティングセールスとして約90社の企業を担当しています。

障がい者雇用を検討しているお客様のニーズを聞いたり、情報提供や提案をしたり、ニーズを踏まえて求人票や「atGP転職」の求人ページをつくるお仕事です。お客様とお話をしながら、障がいに対する理解を深めていただき、相談をしながら採用条件を決め、採用以外の面でも課題に対して役に立てる部分を探して、研修などのご提案もしています。

私はもともと福岡出身で、大学までずっと地元で過ごしてきました。内装屋として起業した父と母と妹の4人暮らし。職人気質で寡黙な父の背中を見て育ってきました。

小学生から中学生時代までは典型的な優等生で、自分がどうしたいというよりは、どうしたら人から褒められるかという点ばかり考えていたので……(笑)。良い点を取ったり、いろんなスポーツを頑張ったりと文武両道にこなしながら生活をしていました。とくに目立つタイプではなかったですが、友達付き合いで苦労することもないタイプでしたね。ただ、高校で進学校に入ったことで、自分よりも勉強やスポーツができる人がたくさんいることを知り「自分は天才じゃなかったんだ」という挫折も感じました。

大学受験のときには、上京してみたいと考えていました。しかし、経済的事情から地元の大学に進学してほしいという両親の希望もあり、九州大学へと進学を決めました。正直、「なんでお父さんってこんな稼げない仕事をしているんだろう?普通のサラリーマンだったら良かったのに」と感じることもありました。

大学入学後は、不登校児のサポートとしてボランティアをしたり、学生団体に入ったりと外部での活動に力を入れていました。こういった活動をしていると「意識高い系!」という印象があると思うんですが、自分ひとりの力で何かをやったとは思っていなくて。

活動する中で出会った社会人の方々が教えてくれたり助けてくれたりしたおかげで、学生だけではできない経験をさせてもらえました。そこで、今後は私も誰かのために手を貸せる大人になりたいと考えるようになったんです。

“環境づくり”と“出会い方”次第で、関係性はいくらでも変えられる

▲高校時代、バドミントン部

私は将来、公務員になろうと考えていました。人の役に立って支えられる仕事だし、何より親の影響から安定した仕事に就きたいと。ただ公務員になるためには、予備校に通ったり、講座を受けたりといった勉強するにもお金がかかることに気づき、就職へと方向転換をしました。今考えるとかなり安直ですね(笑)

就職するとしたら自分のしたいことなんだろう? 誰に貢献していきたいんだろう? と考えたとき、真っ先に浮かんだのは妹の顔でした。私の妹がダウン症だったので、「福祉」「障がい者」「マイノリティ」といったキーワードにずっと当事者意識があったんです。

妹はあまり人に干渉しないタイプで、言葉で意思表示をするのが苦手です。私が外出に誘っても断られることもありますが、周りの影響を受けずにマイペースでいるのが得意です。妹とは、雰囲気でコミュニケーションを取っています。

そんな妹との小学生のときのエピソードで、記憶に残っていることがあります。私が家に帰ろうとしていたとき、自分より学年が上のお姉さんに声をかけられて「あんたちーちゃん(妹)のお姉ちゃんなん?」っていわれたんです。

派手で怖そうな人だったので、何をいわれるんだろうと身構えていたんですが、「あの子ひとりで帰りよったけど、一緒に帰ってやった方がいいんやない?」といわれて。妹が愛されているなと思ってホッとしました。

私の小学校では先生が生徒たちの環境づくりに力を入れていて、障がいのある子との交流の場も積極的につくってくれていました。理解のない人に出会ってしまうといじめられることもあるのではないかと思っていたんですが、周りが支えてくれたおかげで妹の純粋な魅力を知ってくれている人が多かったんです。そのとき環境づくりと出会い方次第で、障がい者との関係性は変わるんだと感じました。

大学卒業後のことを考える中で、やりたいことを仕事にするなら「福祉」「障がい者」「マイノリティ」といった領域だなと思い、調べていたときにゼネラルパートナーズと出会いました。

当時、ゼネラルパートナーズではまだ19卒の採用活動中で、ホームページには20卒向けの情報が何もなかったんです。でもとにかく一度話してみたいと思ってメールを送ったら、当時新卒の担当だった人事の方と会えることになりました。

安定を選ぶのか、やりたいことを選ぶのか? そもそも東京に出て働くかどうかまで具体的に決めていなかったのですが、その旨も正直に伝えつつ話を聞かせてもらい、20卒の就職活動が始まったらまた連絡することになりました。

大人になって気づいた父の生き方。自分も“やりたいこと”を仕事にしたい

20卒の就職活動が始まってからも私はまだ迷っていました。やりたいことをするためにゼネラルパートナーズに入るのか、公務員じゃなかったとしても安定していそうな地元の大手企業に入るのか──。そんな中、最後の決め手になったのは、意外にも父の姿でした。

金銭面での不満はあれど、なんやかんや父は自分の好きなことを仕事にして生きてきたんだなと思ったんです。中学時代の家庭訪問のときに、担任だった技術科の先生が「すごい!憧れる!」と父の仕事のことを褒めてくれたことを思い出して。

世の中ひとつの仕事についたらキャリアを変えることは簡単じゃないのに、自分のやりたいことを仕事にしている父は他人から見たらすばらしいと思われる存在なんだなと感じたんです。それで、自分もその親の子なら、やりたいことを選ぼうと決めました。

2020年の4月にゼネラルパートナーズに入社して半年が経ちましたが、仕事はもちろん社風に関しても魅力を感じています。就職活動中に「どんな人が多いですか?」と質問したら「優しい人が多い会社です」と言われました。

そのときは、ざっくりした回答だなと思っていたのですが、実際に入社したらその通りで。私も他の人に聞かれたらそう答えるんだろうなと思いました。非常にフランクで、感情豊かな人は多いけど感情に任せて怒る人がいない環境なんですよね。だからといってなんの指導もしないわけではなく、必要なときに必要なことをしっかりと伝えてくれる先輩が多いです。

就職活動の選考が始まる前、別の企業のインターンで東京に来たときに偶然ゼネラルパートナーズの方と会う機会がありました。事前に知らせていたわけではなかったのですが、以前お話しする機会をいただいた前任の人事の方が「東京にいます」という私のFacebookの投稿を見て、メッセージをくれて急遽本社を訪問することになったんです。

加えて、印象的だったのは、説明会のときです。2月14日だったので、登壇した代表取締役社長の進藤さんが参加者にバレンタインチョコを配り、チョコを頬張りながら会社説明を受けました。そのときからフランクで和気あいあいとした雰囲気の会社だなと思っていましたね。

オリジナリティある提案を目指して。ゼロからお客様の力になりたい

直近の目標は、一人前の営業マンになることです。私は情報を鵜呑みにする癖があって、上からおりてきたアイディアや、お客様からの「今はお任せすることがないよ」といった言葉をそのまま受け取ってしまうんですが、先輩たちは違います。本当にそうなのか? といったん自分で考えて別の道をつくり出したり、提案したりしているので早く先輩たちのようになっていきたいですね。

入社前は、お客様に障がいに関する知識やノウハウがないことがネックになっていると思っていたのですが、知識があるからこそ考えが固まってしまうこともあるんだと感じます。

また、人事の方だけに働きかけるのではなく、会社の文化であったり私が直接関わることができない部分だったりが決め手になっていることもあります。お客様の社内で起きている事象にどう対処するかは、まだまだもどかしいところですね。

そして、コンサルティングというポジションであるため、採用面に限らずお客様に対してより良い解決策を提案できるようになっていきたいと思っています。課題解決のためにどんな提案をしてもいい、周りを巻き込んでいっていいという環境であるため、その点をもっと生かせるようになりたいです。

今はある程度自分でパターン化した中からお客様に提案をしていく形を取っているのですが、尊敬する先輩方は今までになかったものをゼロからつくり上げて形にすることで、お客様の力になっています。私ももっと顧客の課題に合わせてオリジナリティある還元をしていきたいです。

「長期的な目標としてどんな風になりたいですか?」という質問は就職活動時から困っていたのですが、超長期的な目標は持っています。

現役引退後、地元に帰って子どもたちに自分なりの「還元」ができる人になりたいんです。団地の近くでたこ焼き屋さんとか駄菓子屋さんを開きたいと思っていて。酸いも甘いも経験している物知りなおばあちゃんに会いに、近所の人が話しに来たり子どもたちが集まったりする場所をつくるような、そんな存在になっていきたいですね。そんな人になるためにも、今は何事も精一杯チャレンジしていきたいです。