コミュニケーションから排除される人を作らないために

こんにちは。ゼネラルパートナーズの戸田 重央です。

私は障がい者に関する調査・研究を行う機関「障がい者総合研究所」で所長を務めています。

前回は、情報保障の基礎や合理的配慮という言葉を中心に「その配慮で本当に伝わっていますか?──だれも排除しないための『情報保障』」をお伝えしました。では具体的に「情報保障」とはどのようなものなのか、今回はゼネラルパートナーズ(以下、GP)で実際に活用しているツールとともにお伝えします。

世の中、情報を伝える手段は非常に多様です。聞こえる人には声をかければ良くても、聞こえない人、聞こえにくい人にとっては声は役に立たない情報となることもあります。

情報保障とは、ハンディキャップにより情報を収集することができない人に対し、代替手段を用いて情報を提供することです。しかし、「障がいのある方には、こういうものを用意しておけばいいだろう」と短絡的・表層的な配慮だけでは、問題の本質を見落とすことになりかねません。

たとえば、聴覚に障がいのある方が映画館に行ったとします。映画に字幕は付いているものの、文字が小さくて読みにくいなど、準備されていても読めない状態では情報保障がないのと一緒。この場合、文字サイズを大きくするとか、字幕表示ができるタブレットを貸し出すなどの対応もできると言った想像力が大切です。

配慮する側が「これでいいだろう」と情報保障をしているつもりでも、できていない場合があることを認識しなければなりません。

「聞こえない人は手話」とか「目の見えない人は点字」などといったように、マイノリティを一括りにカテゴライズしてしまうのは非常に乱暴だということも広く知ってほしいと思います。情報保障は、わかった気にならず常に謙虚な姿勢で行わなければいけません。

聴覚障がい者の場合、約8割が「聞いて話す人」。どちらかというと手話を主に使う人は少数派です。ただし、字幕があると理解できる人が大半だから字幕だけあれば良いという考え方では、少数派である手話言語を主とする人を排除することにつながりかねません。情報を保障する側が自己満足してしまうことは、絶対避けねばならないことなのです。

それぞれの事情や状況に応じて、コミュニケーションから排除される人を作らないためにどうすべきなのかを考えることが重要となります。そう考えると、参加する相手と状況に合わせながら対応することこそが、共生社会におけるコミュニケーションの基本になってくるのかもしれませんね。

では、情報保障についてGPでは具体的にどんな取り組みをしているのか、今回はここからが本題です。

3つのバリアフリーを推進するアプリは社員コミュニケーションに不可欠

GPには、聴覚に障がいのある社員がいて、情報保障のひとつの手段として「UDトーク」というアプリを使っています。UDトークは、音声認識を使って声を文字にして、会話を“見える化”するアプリです。

UDトークはコミュニケーションの「UD=ユニバーサルデザイン」を支援するためのアプリで、スマホに向かって話しかけて音声を認識させます。誤認識されることもあるのですが、間違って表示されたとしても、自分たちで文字を修正することができます。

また、キーボードで入力した文字を読み上げる機能もあるため、しゃべることが苦手な人、発音障がいのある人でも、自分の声の代わりにアプリを使って読み上げてもらうことが可能です。それにより、目が不自由な方ともコミュニケーションが取ることができます。

視覚、聴覚に障がいがあっても、UDトークを使えば、障がいがあるなしに関わらず全員でコミュニケーションを取ることができます。つまり、障がい者同士のバリアフリーも促進できるというわけです。

UDトークは、言語のバリアフリー化にも使えます。英語だけではなく、100以上の言語にも対応しており、音声を文字化したあと翻訳のボタンを押すだけで希望する言語に翻訳されます。さらに、再翻訳という便利な機能があり、日本語を多言語に翻訳してから、もう一度日本語で要約できるため内容を容易に把握できます。

もうひとつ、世代間バリアフリーにも対応しています。日本語には漢字があり、年齢によって習っていない漢字があるため、それがバリアとなってしまうことも少なくありません。たとえば、小さいお子さんにとって難しい漢字があると読めないので学習レベルに応じて表示する漢字を制限できる仕組み。たとえば小学校1年というレベルに設定すると小学校1年に習う漢字は使うものの、それ以外は全部ひらがなで表記してくれます。

UDトークは、障がい者バリアフリー、言語バリアフリー、世代間バリアフリーを推進するコミュニケーションツールとして、コミュニケーションのユニバーサルデザインを実現しています。

では、実際にどういったシーンでUDトークを活用しているか、具体的に紹介します。

全社員が情報共有する場面で「UDトーク」を活用

▲社内向けの勉強会でUDトーク使用

GPにおけるUDトークの使用シーンは、社員研修や社員総会、外部向けのセミナーなど多岐にわたります。たとえば社員総会だと、発言する人がスマホのアプリを立ち上げて音声を文字化します。Zoomなどのオンラインで全社会議をするときも活用しており、Zoom画面上に字幕を出すことも可能ですが、GPではブラウザで字幕を見る方法をとっています。

話した言葉が全部テキストとして残るため、会議に出ることができなかった人でも、録画のデータと合わせて字幕を見ることが可能です。社員全員が参加する報告会や共有会などもあるのですが、ログを多少手直しすれば議事録作成が簡単にできるので、参加できなかった人にもその日のうちに共有することができます。

現在GPでは、コロナ禍でリモートワークが中心になっています。自宅から各部門の部門長に進捗状況を報告するミーティングが定期的に開かれますが、そこでもUDトークは大活躍。手持ちのスマホに話しかけるだけで全部文字化され、字幕として出てきます。

社員全員の拠点がバラバラでも、話をする人の音声を文字に変えることができ、誰のスマホで音声を拾っているのかも表示されるので、今誰が発言しているのかもわかる仕組みになっています。

ただし、音声認識は万能ではありません。話し方のクセなどによって精度が低くなったり、誤認識してしまったりすることがあります。そこで、毎回テキストの誤入力を編集してくれるボランティアを社員の中で募り、修正してもらっています。集中力も必要ですので、毎回6〜10人に参加してもらい、2〜3人ずつ・20分交代などルールを決めて対応しています。

情報保障、つまりコミュニケーションのバリアフリー化を実現するためには、正確な情報を提供することが大切です。誤認識されたままの文字データは、情報保障として不十分です。ボランティアで編集を手伝ってくれる社員も増えているので、情報保障に関する意識を定着させる良い機会になっていると思います。

修正ボランティア募集のたびに手伝ってくれる社員も多く、慣れてきた人も増えているので、社員間でグットプラクティスが蓄積されていると実感することも多いです。

新しいICT技術で壁を乗り越える。環境保障が行き届いた日本にしたい

▲広報室のミーティング風景

UDトークを使うことは、伝えたい側にとっても大きなメリットがあります。アプリを使うと、健常者に対しても、障がい者に対しても自分の話を届けることが可能です。

2016年に、「障害者差別解消法」が施行されました。この法律は、障がいの有無によって分け隔てられることなく、人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することを目的としています。障がい者を排除するのではなく、建設的に考えていこうという思いが込められていると私は解釈しました。法律ができたことにより、社会の変化を感じています。

またディープラーニングが普及し、音声認識の精度がここ1~2年で急速に向上していますね。使い勝手の良さが普及の後押しになっているように感じます。新しいICT技術によって、今まで乗り越えられなかった壁を克服できるようになるのは非常に良いことです。

福祉業界はもっと積極的に新しいテクノロジーを取り入れるべきだと思います。音声認識技術も、テープ起こしに従事する人にとっては仕事を奪う脅威となると考えられるかもしれません。しかし私は、仕事をラクにしてくれるツールだという見方の方が適切だと思っています。

UDトークの開発者である青木 秀仁氏は当初、音声を文字化することだけを考えていたのですが、外国人の方から「あなたの話を聞きたい」と言われたことをきっかけに、翻訳機能を入れたそうです。また、小さいお子さんたちにとっては読めない漢字があるため、文字にルビを振ることを検討していたのですが、世代間バリアフリーがあることに気付き、先ほど話したような学年ごとに習う漢字だけを漢字表記にする機能を追加したと聞いています。

障がい者、外国人、子どもに対するバリアは、UDトークを用いて外すことができる。しかし、まだまだ目を向けなければいけない情報保障の分野が存在するのも事実です。今できる情報保障に満足せずに、常により良い状態を目指す姿勢を持ち続けたいと考えています。